前回からの続き。はじめての方はぜひ一周目からご覧ください。
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二 周 目
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村上から誘って二人は出かけたのだろうか。だが主人公は「私」は、実は村上に隠している秘密があるのだ。
妹の「千枝子」について話題にする旧友。おまえの妹と隣にいる男とは、不倫関係にあるということを、お前はまだ知らない・・・
素知らぬ顔をする主人公・・・なんてやつだ。
会えなかった千枝子さんについて、何かわかるかもしれない・・・そんなふうにでも思ったのか、関心のある素振りをする私。
どきっ、千枝子のやつ、村上に余計なこと話してやいまいか―――主人公はそんなふうに思ったにちがいない。
そう、千枝子さんの夫が日本にいなかったこのタイミングで、二人は不貞をはたらこうとしていたわけだ。
夫がいない寂しさから、兄の友人との関係に―――そしてその負い目から、彼女は不安を抱えてしまったというのが、真相なのではないだろうか。
結婚半年・・・もしかしたら二人の関係は、結婚以前からという可能性も。
紀元節というのは今の建国記念の日、つまり二月十一日。主人公はきっと休みの日だったのだろう。
千枝子さんは友達のところへと言っているが、本当は私との約束があったというわけだ。なるほどそれなら、日にちを変えるわけにもいかない。
嘘がばれてはまずいからと、つい感情的になってしまった千枝子さん。
帰りがいつになるかあいまいなのは、相手次第でわからないという事情があったわけだ。しかし、会うことができず帰ってきてしまった、と。
私に会えなかったから、一人で帰ってきてしまったのか、それとも・・・
しかし二人が会えなかったことと赤帽とは、どんな関係があるのだろうか。
村上さん、ちょいちょい回りくどい言い方しますね。(二周目)
千枝子さんはこの時、地中海の夫のことを考えていたのか、それとも朝鮮半島の主人公のことを考えていたのか・・・
いずれにしても彼女の心は、日本にはなかったということだ。
しかし、そんな細かい心象まで、千枝子さんは兄に語ったというのだろうか。
赤帽登場。彼は千枝子夫婦を監視していたのだろうか。それとも主人公との関係を・・・
この赤帽の言葉を、素直に受け取るべきか否か・・・
さらりと答えているあたり、実はそこまで夫のことを心配していないのでは・・・?
赤帽はどうやって欧州にいる夫に会いに行けたのか。当時の移動手段はもちろん船である。
千枝子さん、不貞を前に夫を想い出しハッとする。
今いちばん触れられたくないところを突いてくる赤帽、密偵のごとく素早く身を隠す。
顔が思い出せない、とは何を意味するのか。赤帽が非人間的だからなのか、それとも疚しい心ゆえなのか。
そして気になるのは、やはり赤帽の正体。軍人の夫の身辺を探っている、という可能性も?
気味が悪い、ということになっているが、不貞の現場で夫について問われ探られてると考えたら、一刻も早く逃げ出したくもなるだろう。しかも相手が何者なのかもわからないのだから。
村上は赤帽のことを信じていないようだが、鎌倉に遊びに行く、という嘘には気づいていないのだろうか。
この台詞、二周目になると全く意味が変わってくる。夫に会えないつらさというより、不貞に走った自分の罪悪感とも聞こえてくる。
赤帽は今も自分を監視しているかもしれない、そう思うときが気じゃなかったのではないか。ちなみに当時は姦通罪なるものがあり、妻の不倫は処罰の対象であった。赤帽は本来駅員だが、千枝子さんが制服姿の彼を警察や取締官のように感じてしまっていたとしてもおかしくはない。
とはいえ、看板の画に恐れをなすというのは行き過ぎた反応だな。もしかしたら、話を可笑しくしようと村上が話を盛ったという可能性も?
ここでいう鏡花の小説は『紅雪録』と思われる。日清戦争中、スパイ容疑をかけられるのが主人公で、淫婦が赤帽に断罪されるシーンがある。ズバリ千枝子さんの境遇に一致する。
密会の約は二度だった。
千枝子さん、一度目の約束を破った主人公に、まさか素知らぬ顔をして会うなんてことはできなかったわけだ。
夫の同僚の出迎えに行く、ってよく考えて違和感がある。兄がついて行ったわけでもなし。そして実際には、主人公私に会いに行っていた。
村上、自分で見てきたかのようにしゃべるな。(二周目)
風車と言えば子どもを象徴するもの―――千枝子さん、まさか暗に妊娠の可能性におびえているのでは。
不貞行為への罪悪感と、一度約束を破った後ろめたさとの間で葛藤しているようにも思える描写である。
赤帽に出会わなかった。主人公にも、ここまで出会わなかった。
赤帽、今度は声だけで登場。
とはいえ姿を見せなかったので、その声が赤帽とは限らないわけだが―――
ほかの連中とあるように、このときは他にも人がいたということだろうか。
夫が帰って来る―――うれしい知らせか、今聞きたくはない話か、とにかく千枝子さんをドキッとさせたに違いない。
自動車の乗り場近くにいた赤帽。さっき見送った同僚とのかかわりをも伺わせる。そしてにやりと笑って見せた意味を、千枝子さんはどう受け取ったのだろうか。
知ってるぞ、お前の秘密を。そんな笑みにも感じられたに違いない。いやなタイミングで現れる赤帽に、まるですべてを見透かされているかのようだ。
すぅといなくなる赤帽、未だ謎の存在である。
潜在的に、記憶することを避けているのだろうか。それとも千枝子さんが、兄に語りたくない部分があるからなのだろうか。
しかしなぜ千枝子さんは、赤帽のことをそんなに詳しく兄に語るのだろうか。隠し事があるからこそ、別の話をすることでごまかしている、ということかもしれない。
千枝子さん自身は、この奇妙な一致をどう思ったのだろうか。赤帽を信じていない村上自身は、やはりどう思ったのだろうか。
旦那様思い―――この言葉の重さを、発言したお姉さんはわかっていないだろうが、千枝子さんにはぐさりと刺さったことだろう。
三度目の妙な話は、千枝子さんが兄にあてた手紙に書かれたものだった。と、兄が言っているわけだが、果たしてほんとうなのだろうか。だんだん村上の話自体が、なんだか信用できなくなってくる。
赤帽の話をするときの村上は、なぜかずっとその場にいたかのように語っている。
やはり中央停車場に赤帽が現れたことになっている。しかし、その場にいた千枝子さんの反応について全く触れていないのは不思議でならない。
何度も言うが、日本にいた赤帽が、どうやってマルセイユまでやってくるというのだろう。
あきらかに不自然なできごとなのに、なぜか普通に答える千枝子さんの夫。カフェだといえども、海外にいてこうも無警戒に他人に身の上話をするものだろうか。
実に細かい描写。夫が千枝子さんに、千枝子さんが兄に、そしてその村上が主人公に語るのに、こんなに具体的な話ができるだろうか?
だんだんと、語り口が村上自身のものとなっていく。まるで本人が体験したかのように。
不貞の件があるというのに、わざわざ千枝子さんが夫に赤帽の話をするだろうか。こうなると、最後の手紙だけではなく、村上の話のすべてが怪しく思えてくる。
怪談じみている理由、そのひとつは村上の語りそのものだと、もはや断言できる。そういえば、話の途中に出てきた泉鏡花が怪奇譚で有名な作家だということも、偶然ではないように思われてきた。
もはや完全に、村上自身の言葉で語られている。本人もそのことをまるで隠す気もないようだ。つまり、村上の話の真の目的は、赤帽が何者なのかなどはどうでもよく、主人公に千枝子さんの一連の不可思議な行動について伝えることにあったのではないか。
ここで入ってきた村上の友人たちは、主人公とは顔見知りではない。主人公との交友関係とは別の友人グループということになる。これが意味すること、それは主人公とのある種の決別なのではないか。
主人公には言うべきことがある、しかしそれは今は言えなかった。朝鮮へ発つとき、そのときが本当に最期の別れとなるのだろうか。
村上はすべて気づいていた―――それが主人公にもわかった瞬間だった。赤帽だ妙な話だなんて言いながら、妹千枝子のために村上は今日、主人公に会って話をしたのだ。暗にすべてを伝えるために。
一周目では読み飛ばしていたが、村上の話―――中央停車場での出来事から、すでに三年経っていたのか。村上は千枝子さんが完全に落ち着くのを待っていたのかもしれない。あるいは真実に気づくまでに時間を要したのかもしれない。
鏡花の作品のように、誰かを殺すわけでもなく、しかし確実に村上は、断罪を成し遂げたのかもしれない。
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語りの内容の真実よりも、語りそのものの真意こそ、読むべき真の内容だったという話―――そういうふうに読んでみました。
※この企画および本稿タイトルは、noruniru様のフォーマットを拝借し作文したものです。
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