BATMAN : The Fear Identity
V FOR VENDETTAの偉大なる著者アラン・ムーア氏、デヴィッド・ロイド氏、
そして翻訳をされた秋友克也氏に最大の敬意を込めて。
V FOR VENDETTAの偉大なる制作者であるジェームズ・マクティーグ氏、アンディ・ウォシャウスキー氏、ラリー・ウォシャウスキー氏と、
ともに制作に関わった多くの方々に最大の敬意を込めて。
表紙のイラストも描いています。
イラストのイメージソースに使用させていただいた作品はこちらです。
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BATMAN : The Fear Identity
Prologue
――古井戸から助け出された私は、その後の記憶は曖昧だった。ただ父は、ずっと私の手を握ってくれていた。そうしていつの間にか私は、私のベッドに寝かされていた。母はベッドに寄り添うように椅子に座って、私の名を呼んでいた。
「気が付いたのね、ブルース」
母はそう言うと、目尻の雫を細い指先で一払いして私の額に一つキスをする。それがくすぐったくて、むずがる私は顔を背けてしまう。母は困った様に微笑む。
「父さんが助けてくれた」と私は零した。
母は「ええ」と頷く。
「どうしてあそこにいるとわかったんだろう」と私は母に向き直る。
母は「ええ?」と零して、次いで「ふふっ」と笑った。
私はそれが、酷く子ども扱いされているような気がして、口を窄める。
「……母さんはわかるの?」
母は頬笑む。
「勿論、わかるわ」と眉を上げた。
「貴方を『愛して』いるからよ、ブルース」
母が私の頬をその柔らかい掌で撫ぜる。それがとても心地よくて、私は急に瞼が重くなったような気がした。目を瞑り、母の言葉に耳を寄せる。
「貴方を『愛して』いるから、必死になれるの」
母が私の瞼にキスを落とす。
「貴方を『愛して』いるから、見つけられたのよ。……ブルース」
――私はそこで、再び意識を手放した……。
The Fear Identity
「今日は厄日だ」と呟いたのはアーロン・キャッシュだった。傍らに立つジェームズ・ゴードン市警本部長は渋い顔をしてこちらを見た。周囲の警官は忙しなく所内を歩き回っている。時折怒号が飛び交うのは、もはやGCPDの名物と言っていい。
……今晩は、長い夜になる。
そんな予感がした。
「アーカム・アサイラムの建物の一部が爆発したのを確認した。ジム、状況を教えてくれ」
彼は変声機を通した私の声に臆することなく「ああ」と頷き、キーボードパネルを操作する。GCPDのオフィスの中央に設置されたウェイン・コープ製の大型モニターにいくつかの映像が次々と表れる。
「爆発の原因となった起爆装置を設置したのは恐らく“ハーレイ・クイン”だろう……。“ジョーカー”が安置されていた建物の半分が吹き飛んだ。“奴”は“ジョーカー”さえ助かれば、ほかの人間の安全なんざ考えちゃいない」
ジムが吐き捨てるように言う。
「そして“ジョーカー”だ。自分たちが安全にアーカム・アサイラムを脱出するためだろうが、収容者の殆どを解放した。――混乱に乗じたんだ」
キャッシュが後を引き継ぐ。
「“リドラー”が上手いこと手を貸したらしい。お陰で『“ジョーカー”の血みどろ脱出ショー』にはならずに済んだが、少なくない人間が重軽傷を負っている。……爆発に巻き込まれた医師の中には……死者も出ている」
苦虫を噛み潰したような表情の彼を見て、ジムが溜め息を吐いた。
「“ジョーカー”と“ハーレイ・クイン”、加えて“リドラー”はアーカムから姿を消したと情報が入っている。……してやられたよ」
厄介な収容者が一度に二人も、アーカム・アサイラムから脱走した。ジムはこの後すぐに記者会見を開くことになるだろう。しかし、こういった事態に際してマスコミに対する彼の文句は決まっている。「目下捜査中の案件については、何も言えない」だ。
私は重い口を開いた。
「金融街で同時多発的に銀行強盗が起きたと聞いている」
ジムは再び渋い顔をした。
「……相変わらず耳が早いな。恐らく“ペンギン”の配下の者による犯行だろう。一部の者の面は割れているが、何しろ“ペンギン”との繋がりを示す証拠が揃っていない」
“ペンギン”、本名はオズワルド・チェスターフィールド・コブルポッドは、低い身長に小太りな体型、そして嘴のような鼻をしていることから、そう渾名されている。“奴”はこのゴッサムシティで、アイスバーグ・ラウンジという名の高級レストランを経営している。
しかしその裏ではマフィアと通じ、後ろ暗い仕事に手を貸している。“奴”は巧妙に自身の痕跡を消し、忠誠と理解のある配下が犯罪を実行に移すのだ。
「……“ペンギン”は後だ。アーカム・アサイラムの鎮圧を」
ジムは自身を納得させるように言う。「ああ、そうだ。その通りだ」
「ウェイロン・ジョーンズは……、“キラー・クロック”はどうだ?」
私の言葉に、今度はキャッシュが応じる。
「問題ない。爆発は収容して間もなくのことだった。それにあいつは、もう……――」
それ以上、彼の言葉を聞く必要は無かった。右手を翳して彼の声を遮る。
「アーカムに行く。医師や警備員らが取り残されているんだろう。連絡は取れているのか?」
ジムが口を開く。
「守衛室に立て籠っているようだ。武装させていたから何とか持ちこたえているが、そう長くは持たんだろう……」
二人がモニターを見上げ、途方に暮れたという風情で立ち尽くす。時間は限られている。私は素早く屋根裏へと上がり、通気口へと滑り込んだ。真下に居るジムが「君は……」と振り返り、キャッシュと共に息を吐いた気配がわかった。
※※※
――私は兎を追っていた。理由などなかった。ただ単にその時、眼前に居た兎が目に付いて、興味を抱いただけだったのだ。
ウェイン邸の庭はゴルフ場が二つは収まる程度の広さがある。やんちゃな少年が走り回るには十分過ぎる広さだとも言えるが、自宅の庭でうっかり遭難する危険性すら持ち合わせていた。
薄茶色の兎は私をあざ笑うかのようにひょこひょこと庭を駆けまわり、木々を駆け抜けていく。私は夢中だった。ただそんなことで、無我夢中になれる齢だった。
兎が右にステップを踏む。私の足も追いすがろうと地面を強く踏み抜く。
……そうして、足元の地面が抜けた。
兎を追いかけて“穴”に落ちるとは、宛ら「不思議の国のアリス」だ。
瞬時にそう考えたが、次の瞬間には“穴”の淵に頭を強かに打ち、そして私の身体は下方へと自由落下していった。“穴”の底は暗闇だ。私は右足で着地し、そして右足の骨を折った。それは酷く痛んだ。大きく呻き声を上げた。
「助けて!!」と叫んだ。しかし、ゴルフ場が二つも収まる庭の一角で大声を出したところで、ウェイン邸に居るはずの父と母に届くとは到底思えなかった。
途端に恐ろしくなった。ここで死んでしまうのかもしれないとも思った。
折れた右足を庇いつつ、壁伝いに這い上がって周囲を見回す、どうやら此処は古井戸なのだとわかった。煉瓦造りの壁がそれを物語っていたからだ。
「助けて!」と再び天に向けて叫んだ。私の声は古井戸の中で反響するだけで、遠くに見えるあの青空には届かない。つい先ほどまで、あの青空の下に居たはずだった。
私の周囲は闇に包まれている。青空は、陽の光は、決してここまで届きはしない。此処は、果てしの無い闇黒が支配している。
もう一度叫ぼうとした。
咽喉が微かに鳴った。
刹那、古井戸の奥の暗闇から物音が聞かれた。私は息を殺した。そっと、息を止めて闇を見つめた。見つめる事しかできないでいた。私はまだ、無垢な少年だったのだ。深淵の奥底には、何か禍々しい怪物が居る様に思えた。
一秒、二秒、或いはもっと長かったのかもしれない。……いいや、短かったのかもしれない。
“彼ら”は群れを成して現れた。
――私は『恐怖』した。
※※※
「ゴホッ」と咳を零すと、鮮血が床一面に広がる。これには己自身で驚いた。霞む眼でそれらを見下ろし、次いで前方を見据えた。
“奴”、“デスストローク”は荒い息を吐きつつ人の背丈はあろうかという長大なロッドを肩に担ぐ。“奴”がアーカム・アサイラムに居ることは予想していなかった。
“デッドショット”=フロイド・ロートンや、“スケアクロウ”=ジョナサン・クレーン、“ポイズンアイビー”と呼ばれるパメラ・アイズリーらを鎮圧してそれぞれの“部屋”に封じ込めたことは十分な成果と言えたが、いずれも無傷では済まなかった。
20年という月日は、人間を等しく老いへと導いていく。そしてそれは、私も例外ではなかった。しかし、“バットマン”に限界はない。人ではない『恐怖』の象徴としてゴッサムシティに君臨する以上、限界が存在してはならない。
戦い続けた20年だ。そうして勝ち得た経験値を以って、更なる強敵を相手にしてきた。魔術を扱うものも居た。カンザスの“あの男”のように、人間を超えた存在とも出くわした。いくつもの死線を掻い潜ってきた。その自負があった。
眼前に立つ“デスストローク”の正体は心得ている。本名はスレイド・ウィルソン、暗黒街の“汚れ仕事”、暗殺を請け負うプロフェッショナルのこの男は、私よりも20歳は若い。動きに張りがある。機敏だ。それでいて迷いがない。“奴”の動きには全く無駄が無い。
……比べてこの様はどうだ。
40代の“私”は無様に血反吐を吐き、壁に手をついて立っているのがやっとだ。
限界は眼に見えている。“奴”はまだ余力を残している。アーカム・アサイラムの鎮圧は殆ど完了しているが、暗殺のプロフェッショナルの“デスストローク”の目的はそこにはない。
“私”、“バットマン”の死が目的なのだろう
「……誰に雇われた?“ペンギン”か?“トゥーフェイス”か?」
“奴”は嗤った。
キャッシュの『――今日は厄日だ――』という台詞が脳裏を過る。
「これから死ぬ男が、暗殺者の雇い主を聞いてどうする?」
“デスストローク”が軽やかにステップを踏むと、ロッドが私の脇腹を抉る。私の身体は左方に投げ飛ばされた。地面を二回、三回と転がり、四回目を転がろうとしたところで、左腕で地面を捉えた。再び咳き込む。血反吐がびしゃりとコンクリートを紅く染める。
「……貴様を倒した後に、雇い主に会いに行く必要がある」
右腕で体を支え、ゆっくりと立ち上がる。“奴”はすぐ目の前に居た。ロッドが私の側頭部を強かに打つ。私の身体は意図も簡単に右方に倒れる。“デスストローク”が腹を蹴り上げる。私はのたうち回る。
「無様だな、ダークナイト。あんたが俺の雇い主に会いに行くことなんざあり得ない」
左の拳で地面を叩いて上体を起こす。両足も、両の腕もまだ動く。軽い脳震盪を起こしているが、それはいつものことだ。
……なんてことはない。歯を食いしばり、私は立ち上がる。
「……何故起き上がる」
“デスストローク”の回し蹴りが鳩尾に捻じ込まれる。私は後ろにもんどり打って倒れた。腹部にはプロテクターを仕込んでいる。痛みは多少軽減された。しかし咳き込むと、胸いっぱいに鮮血が広がった。内臓のいくつかが損傷しているらしい。
……大した問題ではない。
仰向けの状態から腹ばいになり、膝をついて体を起こす。“奴”を振り返って睨み付けた。
「……何故、死なない」
思えば、死に場所を見つけ損ねた生涯だ。“あの日”、父と母が亡くなった“あの日”に、父と母と共に死にたかった。如何なる苦しみも痛みも、“あの日”に味わったそれに比べれば、どうということはない。
……ここでは死ねない。
……ここでは死なない。
“私”は私に誓った。
“私”の魂の中の英雄が叫ぶ。
「“私”は死なない」
※※※
――古びた井戸がそこにあったことは、ウェイン家の当主である父だけが知っていた。父に嫁いだ身の上の母はそうだが、アルフレッドまでもが知らなかったことは正直に言って意外だった。
……兎に角、私の姿が見えなくなったことにアルフレッドと母が気が付いた時、父は既に私の傍らに居た。右足の骨を折って、群がる蝙蝠に怯えて、立ち上がる気力すら失って、只管に泣いている私の傍らに寄り添い、そっと頭を撫でてくれた。
私は「どうして蝙蝠は向かってくるの?」と父に聞いた。
父は息を一つ吐く。「お前のことが『怖い』からだよ、ブルース」
「どうして『怖い』の?」と私は問うた。
父は困ったように笑う。「お前のことが解らないから『怖い』んだ」
私は蝙蝠が解らなかった。だから『怖』かった。父に縋りついた。
「父さんは蝙蝠が『怖く』ないの?」
父は即座に言う。「『怖く』なんてないさ。だって――」
「――蝙蝠の正体を解っているから」
私は矢継ぎ早に問う。「正体が解ると『怖く』なくなるの?」
話をすることで痛みから私の気を逸らそうとしていたのだと、今になってみればわかる。
父は大きく頷く。「そうさ」
「蝙蝠は臆病なんだ。だから、お前から逃げ出そうとしているだけだ」
父が私の顔を覗き込んで言う。「……良いかい?」
私は頷く。
「人や動物は、自分が理解できない者を『恐怖』の対象にして、忌み嫌う」
眉の間に皺を寄せて、父は続ける。
「でも、正体が解ればなんてことないんだ。人が人を差別する際にも、それは同様に言えることなんだよ」
父は洞窟の奥を見つめる。それに倣って、私も洞窟の奥の暗闇を見つめる。
「『恐怖』は片時だけだ。理解した時、それは『安心』に代わる」
蝙蝠が二匹、闇の中から飛び出す。
私はもう『怖く』などなかった。
蝙蝠を解っていたから。
彼らを理解していたから。
――蝙蝠を見て、私は『安心』を覚えていた。
※※※
「何故だ。何故、立ち上がる。……ダークナイト」
“デスストローク”は心底理解できないという声色で私に問う。その視線は、信じられない者を見ているものに相違ない。私は血の滴る唇を曲げて、ニヤリと笑って見せた。そうすることで、“奴”が『恐怖』に苛まれるであろうと思ったからだ。
“デスストローク”はびくりと肩を震わせた。
……思った通りだ。
身体のあちこちが悲鳴を上げている。あばら骨の何本が折れているのか、正直把握できていない。スーツの一部が破け、鮮血が滲んで滴る。私は血溜まりの中で立ち上がり、そうして“奴”を睨みつける。
“奴”が喚く。
「なんだ……、なんなんだ。何者なんだお前は!?」
私はといえば、例の通りに応じるだけだ。
「“私”は“バットマン”」
私は蝙蝠の正体を解っている。
私は“バットマン”の正体を解っている。
私は“奴”の正体を解っている。
だから『恐怖』はない。
『恐怖に』支配されはしない。
……だが、“奴”は違う。
“奴”は“私”の正体が解らない。
“奴”は“バットマン”の正体が解らない。
“奴”は蝙蝠の正体が解らない。
だから『恐怖』に支配されるのだ。
「何故死なない!?」
『恐怖』に侵された人間は、もはや敵にすらなりえない。
「このマスクの下にあるものは『恐怖』だからだ。……スレイド・ウィルソン」
“デスストローク”がロッドを振り回し、私に襲い掛かる。本名を知られていることに動揺を隠すことが出来ていない。その動きは目に見えて精彩を欠いている。手に取るように次の動作が予測できる。
「『恐怖』は死なない」
腰を屈めると、ロッドが頭上の空を切る。私の拳が“奴”の鳩尾に捩じ込まれ、次いでアッパーカットが顎に当たる。“デスストローク”は瞬間、無防備になった。“奴”の首を掴まえ、コンクリートの地面に叩きつける。“奴”が「ぐうっ」と呻く。
私は“デスストローク”の右足を持ち上げた。
“奴”は先程の一撃で脳震盪を起こしている。私を捉えられていない。
「……『何故、立ち上がるのか』と、貴様は私に問うたな」
“デスストローク”の身体を全身を使って振り回す。折れたあばらが軋む。切り傷から血飛沫が噴く。歯を食いしばって耐え、“奴”を壁に叩きつけた。呻き声が再び漏れる。
「この街を『愛して』いるからだ、“デスストローク”」
“奴”の胸ぐらを掴み、その頬を殴りつける。……何度も、何度も。
「この街を『愛して』いるから、必死になれる」
“奴”の脇腹に拳を捩じ込む。骨が折れる感触がした。
「この街を『愛して』いるから、……何度でも立ち上がることが出来る」
“デスストローク”は横に倒れた。
気を失ったようだ。
……終わった。
私もその場に崩れ落ちた。
コンクリートに頭を打ち付けた。
それは酷く固く、冷たい。
寒い。
凍える。
……遠くに声が響いている。
私の周囲が、光で満たされていく。
――私はベッドに寝かされている。
ベッドの傍らの椅子に座る母は、私が瞼を上げたことに気が付くと、そっと息を吐いて、母は微笑んだ。
……母さん。
私の喉は声を発しない。
母は首を横に振った。
そうしてゆっくりと立ち上がり、光の彼方へと歩みを進める。
どうして!
一緒に居たいのに!
私は起き上がることが出来ない。
全身が痛む。
あばら骨が折れている。
スーツの一部が破け、血が滴っている。
母さんが居るのに!
漸く会えたのに!
叫ぶ私を振り返り、母は微笑む。
光が、収束していく。――
Epilogue
――アーカム・アサイラムから助け出された私は、その後の記憶は曖昧だった。そうしていつの間にか私は、私のベッドに寝かされていた。私は重い瞼を持ち上げた。アルフレッドがカーテンを開いて間も無くのことだった。彼は安堵したように息を吐いた。
「気が付かれましたか、ブルース様」
アルフレッドはそう言うと、ベッドの傍らに置かれた椅子に座り、私を見つめる。
「母さんが助けてくれた」と私は零した。
アルフレッドは、それがさも当然ことのように「ええ」と頷く。
「私の正気を疑わないのか?」と私はアルフレッドに問う。
アルフレッドは「ええ?」と零して、次いで「ふふっ」と笑った。
私はそれが、酷く子ども扱いされているような気がして、眉の間に皺を寄せる。
「……私の言葉を信じるのか?」
アルフレッドは頬笑む。
「勿論ですとも」と眉を上げた。
「貴方を『愛して』いるからです、ブルース様」
アルフレッドが私の頬を皺だらけの掌で撫ぜる。随分の間、私たちはそうしたコミュニケーションを取ってこなかった。彼は慈しむ様に、そっと頬を撫ぜてくれる。それがとても心地よくて、私は急に瞼が重くなったような気がした。目を瞑り、アルフレッドの言葉に耳を寄せる。
「貴方を『愛して』いるから、お母さまは助けてくださったのです」
アルフレッドの掌が瞼の上を撫ぜた。
「貴方を『愛して』いるから、お母さまは見つけられたのですよ。……ブルース様」
――私はそこで、再び意識を手放した……。
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