悩むくらいなら筋トレしろ
多くの人がそのニュースを見聞きしたと思う。ヘップ前で男子高校生が飛び降り自殺をし、下にいた女子大生も亡くなった。
どうして彼は飛び降りたのか。
勿論彼にもそれなりの理由があったはず。受験勉強がうまくいっていない、いじめや家庭の事情なども。もう何も考えたくない、生きたくない、生きていても楽しくない、そんな状態だったのではないか。
しかし、全く関係のない人を巻き込みさらに命まで奪っていいはずがない。それとこれとはまた別の話である。気の毒すぎる、という言葉で果たして終わらしていいのか。
今回の事件で亡くなった大学生のご家族はどこに気持ちをぶつければいい。行き場のないむなしみ、憎しみ、悲しみ、怒り。喪失感。虚無感。受け入れたくない現実。
なぜ彼女が。
彼女は知人と梅田に来ていたということだが、もしかしたらその知人の方が被害に遭っていたかもしれないし、近くにいたほかの人にも言える。ただこれだけは間違いない。
彼女は何も悪くないし、悪いはずがない。
考えてみてほしい。知人と楽しく会話している中の突然の出来事。その知人は被害には直接遭ってはいないが一番間近で見ている。目の前で流れる血、あらぬ方向に曲がっている肉体。はかり知れない恐怖。そのトラウマはどれほどか。
前に、ある男性がTwitterでリアルタイムで現況を報告し、駅のホームで飛び降り自殺をした事件があった。
この事件は朝方に発生したが、当然多くの人に影響を及ぼした。「なぜ朝のラッシュ時に」「ほかの人のことを考えろ」「自分勝手」「迷惑」「他人を巻き込むな」と様々な声があった。
私も様々な悩みがあった。恋や勉学、家族との仲。現実逃避や先延ばし、黄昏にふけ思い悩む。死にたい思うことも何度かはあった。ある人からすれば「そんなことで」と思うことでも、当の本人にとっては重大なことだったりする。そう、「そんなことで」だ。
コロナ禍の中、一時に比べ自粛ムードは感じづらくなってきているが、自分ひとりの時間が増えてきたように感じる。
自分のことを考えすぎ、他人と比べ、さらに自分を追い込んでいく。そうして自分の悪い部分ばかりに目が行ってしまう。特に若い人に多いと感じる。
でも私は思う。
自殺は現実から逃げているだけ。
その現実をなんとか乗り越えるため、その先のまだ見たことのない景色を見るために努力し、苦難を経験し、前にすすむことが人生。これから待っている楽しみを経験せずしてこの世を去るのはもったいない。そう思わないかい。