レクイエム(鎮魂歌)
彼女が死んだ。
彼女の亡骸は煙になった。煙突から白い煙が立ち昇る。白い煙は冬の白い風に流され、大気に散っていった。
彼女は暗い夜に睡眠薬を大量に飲んだ。彼女は意識を取り戻さなかった。
僕は彼女の骸に触れた。おそろしく冷たかった。冷たさが「生」と「死」を分けていた。
僕たちは「死」についてなにも知らない。死んだことがないからだ。ただ僕たちは「死」に向って疾走していることだけは分かる。彼女は先に死んだ。
僕は煙草を1本取り出して、火を点けた。白い煙が立ち昇った。煙草は「死」につつあった。
彼女は生前、よく笑った。口に手をあて、くすくす笑った。悲しい思い出だ。
黒い喪服をきた男が言った。
「なんで、死んだんだろう?親が悲しむのに。親不幸ものだね。」
僕は腹が立って、そいつを殴った。
彼女の死に顔は綺麗だった。不謹慎なのかもしれないが、生きているころより綺麗だと思った。
小さい頃、飼っていた犬が死んだ。朝起きると冷たくなっていた。僕は泣いた。でも犬にとっては幸せだったのかもしれない。今は分かる。
彼女は悲しい映画が好きだった。映画を見終わったあと、彼女の目を見ると、赤く腫れていた。僕は言った。
「なんで悲しい映画ばかり見るの?」
彼女は言った。
「泣きたいからよ。」
黒い喪服を着た女が言った。
「自殺なんてねえ。私には分からないわ。」
お前に彼女の何が分かる。
犬は、僕が小さい頃、雨の夜に兄が拾ってきた。兄は泣きながら、親を説得した。僕は兄の隣で見ていた。犬はぶるぶる震えていた。
煙突の煙が立ち昇る。悲しい景色だ。
彼女は綺麗とは到底いえなかった。でも可愛いと僕は思った。笑ったときにでるえくぼが可愛かった。
黒い服を着た子供がニンテンドウDSをしていた。
彼女はパステルカラーの服を好んで着た。
彼女は言った。
「地味な性格の裏返しよ。」
彼女は笑った。えくぼがでていた。
犬はやたらに吠えた。僕たちには見えない、なにかに怯えるように。
煙突から煙が止まった。彼女は完全にこの世からいなくなった。
僕は煙草を捨てた。
もう一度言う。僕たちは「死」に向って疾走している。
彼女は死んだ。それが事実だ。