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完璧な午後に君をオモフ

完璧な午後に君をオモフ

初夏の日差しが、部屋に黄金の陽だまりをつくっている。時々、涼しい風が網戸から入ってきて、白いカーテンを優しく揺らしている。僕は陽だまりの中で、まどろんでいた。僕の頭の上をカーテンがはためいている。僕は完璧な午後だと思った。これ以上、何を求めればいいのか分からないくらい完璧な午後だ。僕の心臓はさっきから鼓動を速めていた。

僕は左側を見た。君がいた。君はぴくりとも動かず、僕の横で寝ていた。君が動かないので、僕は本当に死んでしまったのではないかと、君の小さい口の傍に耳を寄せる。君はすこし寝息をたてていた。僕は安心した。僕は本当に君のことが好きだ。君の目も君の鼻も君の口も君の耳も、そして君のこころも。この完璧な午後と同じくらい。

僕は君に手を伸ばした。君がマボロシだと知りながら。

君は「サヨウナラ」という置き手紙を残して消えた。忽然と。なんの気配もなしに。
なぜだか僕には分からなかった。僕たちは喧嘩をしたこともなかった。それが理由だろうか? 僕には「サヨウナラ」と言う言葉を何回も読んだ。何回も。でも僕には、その言葉がどうしても頭の中に入らなかった。「サヨウナラ」は骸のように感じた。そして、僕のこころは固まった。

君は今、どうしているのだろう? もしかして、他の男の横で、寝息をたてて寝ているのかもしれない。他の男のためにご飯をつくっているのかもしれない。他の男のために…
僕はそれでも何も感じなかった。僕のこころは固まったままだから。


「タダイマ」
玄関で君は言う。僕は吃驚して、起き上がって、ドアのところにかけよる。
「ゴメンネ」
君は言う。僕は何も言わず、ただ首を横に振る。君は笑う。初夏は君によく似合う。君の肩に切り揃えられた髪がふわりと風で舞う。シャンプーの香りが漂った。いつものシャンプーの匂い。僕はその匂いで君を思い出す。君はカワッテナイ。僕の目から、涙がヒトシズク零れる。

君は笑う。
「ゴメンネ」
僕はもう一回首を横に振る。僕のこころは少しずつ、解れていく。涙が止まらなくなった。

君は笑う。僕は君を抱きしめる。君の湿った息が僕の白いシャツの胸を濡らす。
「オカエリ」
僕は言う。この言葉を僕は頭の中で何回言っただろう。やっと言えたんだと思った。

君がマボロシだと知りながら・・・


今日は完璧な午後。でも君はいない。

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