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誰がAIDMAと言ったのか? ⑤A. F. Sheldonという人物

■A. F. Sheldonの経歴

Strongの書中でAIDAの元祖といえるLewisとともに、「This slogan of Lewis and Sheldon has had a very profound effect upon the selling world.(ルイスとシェルドンのこのスローガンは、販売の世界に非常に大きな影響を及ぼしました。)」と、名をあげられていたA. F. Sheldon(Arthur Frederick Sheldon)は、叩き上げのビジネスマンといった印象の人物である。
生年はわからないが、1900年頃には、シカゴのビジネス界で存在感を示すようになったとの記事があるので、1870年代以降の生まれだと推測される。

セールスマネージャーとしての経験をもとに、「科学的アプローチと倫理的な行動を組み合わせたセールス理論を構築した(Sheldon developed a theory of salesmanship combining scientific method and ethical behavior.)」とされている。著書に記されている肩書きは、「Formulator of the Science of Business Building and Editor of " The Business Philosopher "(ビジネス構築科学の考案者および『ビジネス哲学』編集者)」となっている。
叩き上げのビジネスマンでありながら、科学的アプローチを取り入れつつも、情緒的な面も考慮する。バランス感覚の優れた人物だったと想像できる。

Sheldonは、1902年にシカゴで通信制のビジネススクール「The Sheldon School」を開校する。そのプログラムは、“The Science of Successful Salesmanship”として、今でも閲覧できる。
タイトルどおり、「Science」を重視すると同時に、次のような文言を冒頭に掲げてもいる。Sheldon先生の熱い気持ちが伝わってこないだろうか。

A Few Don'ts.
Don't skim or try to anticipate.
Don't read ahead out of mere curiosity.
Don't hurry, make haste slowly.
Don't procrastinate.
Don't allow yourself to grow indifferent.
Don't make excuse for mental indolence-WAKE UP.
Don't give up to feelings of weariness.
やってはいけないこと。
読み飛ばしたり、先読みしようとしたりしないこと。
単なる好奇心で先を読まないこと。
急がず、ゆっくり急ぐこと。
先延ばししないこと。
無関心になることを許すな。
精神的な怠惰を言い訳にするな。
倦怠感に屈するな。

(“The Science of Successful Salesmanship”, P13)

Sheldonの学校は大好評だったようで、1915年には、世界中から1万人が入学したという。学校の成功とともに、シカゴからイリノイ州リバティビルに移転した。
通信制学校なので、地元郵便局に多くの郵便物が送られてくることになるが、その結果、郵便局の取扱量は当然増える。そのため、郵便局のランクが格上げされたほど、人気を博したようである。

しかし、第一次世界大戦の余波で、生徒たちが戦地に赴いたことから、学校は徐々に衰退し、1921年には所有地を売却、Sheldon自身はその後も講演などを続けたようだが、1935年に亡くなった。


■Sheldon Schoolのプログラム

「The Sheldon School」のプログラム“The Science of Successful Salesmanship”は、1906年に発刊したものが、現在でも閲覧・ダウンロードができる。内容は、いろいろな講座をつなぎ合わせたもので、1904年の原稿もある。Sheldonの単著ではなく、数人の講師との共著である。ただ、Sheldonが50~60%ほどの分量を執筆している。

本題に入ると、いきなりSheldon Schoolの「公式」が示される。

▽Sheldon Schoolの「公式」

(“The Science of Successful Salesmanship”, P25をキャプチャ)

Vは「Value」、Eは「Employe」、Sは、「Supervision」とのことだが、21世紀の今でも、いきなりこれを見せられたら、かなり面食らうのではないか。Sheldonは、このような公式をつくることも好きだったようだ。

そして、この本題より前に、「AIDA」の源流となる文章がある。

Synopsis Of The Course.
In order that each student may understand the method of development in this science of Successful Salesmanship, we give the following synopsis of the manner in which the lessons are presented:
Since success depends entirely upon what the man really is, being directly traceable to his character, character-building is discussed at length in the first six lessons from the standpoint of the Mental Law of Sale, illustrations being given in the discussion of all topics to show the relative importance of each one in securing Attention, arousing Interest, creating Desire and bringing about a Resolve to buy. In order to present the subject clearly, the positive or desirable qualities of body, mind and soul are examined into very closely and methods of training calculated to strengthen all of these various qualities are clearly described, so that the man who is willing to practice as well as study can begin a system of character-building with the very first lesson.
コースの概要
各受講者がこの「成功するセールスマンシップ」の科学における開発方法を理解できるよう、以下にレッスンが提示される方法の概要を示します。
成功は、その人が実際どのような人間であるかによって完全に決まるため、性格に直接起因するものである。そのため、最初の6つのレッスンでは、セールスの精神法則の観点から、人格形成について詳しく説明している。また、すべてのトピックの説明の中で、注意を引き、興味を喚起し、欲求を生み出し、購入を決意させる上で、それぞれの相対的な重要性を示す例を挙げている。このテーマを明確に提示するために、身体、心、魂の積極的な、あるいは望ましい性質を非常に詳細に調査し、それらを強化するためのトレーニング方法が明確に説明されています。そのため、学習だけでなく実践も望む人は、最初のレッスンから人格形成のシステムを始めることができます。

(“The Science of Successful Salesmanship”, P6)

Attention→Interest→Desireの次が、「Resolve to buy」なので、AIDAではなくAIDだが、Lewisの書籍にAIDAは確認できない。そのため、現在日本で確認できる範囲では、最古のAIDAはこれだと思われる

また、本プログラムの最終盤「Advertising: Its Relation to Scientific Salesmanship」のIntroductionでは、次のように書いている。

What we aim to do through advertisements we write is to attract attention, arouse interest, create desire and bring about the conclusion to buy. From a practical standpoint, unless a very large space is used in advertising, about all the advertiser can do is to accomplish the first two, attract attention and arouse interest.
私たちが広告を通じて目指すのは、注意を惹き、関心を呼び起こし、欲求を生み出し、購入という結論に導くことです。実際的な観点から見ると、広告に非常に大きなスペースを使わない限り、広告主ができることは、最初の2つ、つまり注意を惹き関心を呼び起こすことだけです。

(“The Science of Successful Salesmanship”, P387)

非常に大きなスペースを使った広告、つまり、相当な費用をかけて広告を打たないかぎり、Interestまでしか呼び起こせない。購入はおろか、欲求を生み出すこともままならないというのである。1900年代初頭における、広告の限界について、最も明確に示している言葉なのではないか。

ラジオ広告がアメリカではじまったのは1922年といわれる。テレビは当然まだない。新聞は、日本のような全国紙というものはない。おそらく、雑誌、地元紙と、屋外看板が広告の中心なのだろうが、そんな時代に、どこまで費用をかけて広告を打つのか。そして、それには限界があるということを、Sheldonは理解していた。だからこそ、SuccessfulなSalesmanshipにならないといけないということなのだろう。


■Sheldonの書籍を確認する

Sheldonが著した書籍で、現在閲覧できるのは、1911年出版の“The Art of Selling”である。表紙に「The Sheldon School」とあるので、前項の書物と同様、学校のプログラムとしていたものと思われる。
Sheldonは自身で印刷施設(The Sheldon University Press)も持っており、出版というよりも、テキストの印刷というイメージのものだったと考えてよいだろう。

“The Art of Selling”は、全196頁の小編であるが、Lesson1から50の項目に細かく分けて論じている。

▽“The Art of Selling”の目次構成

黄色く色付けした「Leeson8-THE ANALYSIS OF SALE(販売の分析)」の冒頭に注目すべき箇所が登場する。

Now in selling goods the first thing to aim at is to obtain favorable attention. When you wrote a well-worded and well written application, stating your qualifications for the vacant position, you took the first step towards securing this favorable attention; and when you presented yourself at the office, neatly dressed and with senses and mind alert, you turned it into interest. So far all is clear.
The Manager looked into your record, compared it with that of the other applicants and perhaps tested your gifts.
Finding you were a shade better than the other men, he began to desire your services, and after thinking the matter over, he decided to engage you at the salary offered in the advertisement. If you do your duty, the sale will end in permanent satisfaction. Note these successive steps in the process of a selling transaction:
1. Favorable attention
2. Interest.
3. Desire.
4. Action.
5.Permanent satisfaction.
さて、商品を販売するにあたって、まず最初に狙うべきことは、好意的な注目を得ることです。あなたが、その空席にふさわしい資格を明記した、言葉遣いも文章も洗練された応募書類を書いたとき、あなたは好印象を得るための第一歩を踏み出しました。そして、きちんとした身なりで、感覚を研ぎ澄ませ、気を引き締めてオフィスに現れたとき、好印象は関心へと変わりました。ここまではすべて順調です。
マネージャーはあなたの経歴を調べ、他の応募者の経歴と比較し、おそらくあなたの才能を試したことでしょう。
他の応募者よりも少し優秀であることが分かったので、彼はあなたのサービスを欲しがり、熟考の末、広告に提示された給与であなたを雇用することを決めたのです。あなたが義務を果たせば、販売は恒久的な満足で終わります。販売取引のプロセスにおけるこれらの連続したステップに注目してください。
1. 好意的な注目
2. 興味。
3. 欲求。
4. 行動。
5. 恒久的な満足。

(“The Art of Selling”, P36)

▽AIDAが図式的に表現された最古の例

(“The Art of Selling”, Lesson8の画面をキャプチャ)

受講者がセールスマンに応募した時のことを分析し、それをAIDA(+S)に当てはめて考えさせている。AIDA(+S)を、このような図式的に明確に示したものは、1911年に著されたこのテキストが、確認できる範囲では最古となる。

この章に続くLesson9では、下記のようにPOSITIVE、NEGATIVEと対比して示している。

▽“The Art of Selling”、Lesson9の画面をキャプチャ

(“The Art of Selling”, Lesson9の画面をキャプチャ)

この示し方を見てわかるとおり、「AIDA」とか「AIDAS」という頭文字をつなげてわかりやすく示すことは重視していない(先頭の大文字だけをとれば、FIDAPだ)。

Sheldonだけでなく、HallやLewisも同様だが、肝心なのは営業マンをきちんと正しい方向に育成することが第一で、AIDAという自説を開陳して、承認欲求を満たすような気持ちは全くない。その意味からも、現代の多くのインターネットサイトや書籍で、「○○が提唱した~」と表現することは、適切ではないと感じる。

本書内には、Attention、Interest、Desireの言葉が、あちこちに登場するが、それは、他の著者も同様だ。しかし、このようにまとめて図式的に著しているのは、唯一Sheldonだけである。

ただ残念なのは、Sheldonの著した書籍に、出典や参考文献はない。その点、Sheldonの思考過程が全くわからない。時代からすると、Lewisや、W. Jamesの影響を受けていないとは考えにくいが、過去の文献などに、どれだけあたって自分の説を磨いたのかがわからない。Sheldonの功績が今ひとつ広まらなかったのは、このような要因もあるのではないだろうか。


■広告と販売が未分化だった時代

“The Art of Selling”のLesson49「SALESMANSHIP AND ADVERTISING(セールスマンシップと広告)」にも注目すべき文章がある。

It has been said that “advertising is salesmanship on paper," a definition which , though not wholly true , is true enough to indicate the fact that advertising is a branch of selling .
A salesman , whether wholesale , retail , or specialty , generally appeals to one person : an office salesman appeals to thousands at the same time , and he may do it by letter and circular - like the promoter - or through the advertising space of a newspaper or other journal .
「広告とは紙の上のセールストークである」と言われてきました。この定義は完全に真実であるとはいえませんが、広告が販売の分野であることを示すには十分なほど真実です。
セールスマンは、卸売、小売、専門を問わず、一般的に一人の人に対してアピールします。オフィスで働くセールスマンは、同時に何千人もの人々にアピールします。また、宣伝者と同じように手紙やチラシで、あるいは新聞やその他の雑誌の広告スペースを通じてアピールすることもあります。

(“The Art of Selling”, P185)

今のように広告が溢れている時代ではない。消費者は、自ら情報を取りに行かねばならない時代である。だから、1910年前後のアメリカでは、広告も営業マン(セールスマン)みたいなものと考えられていたのである。AIDA(AIDMA)の問題を考える時、このような時代背景をおさえておく必要がある。

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