■E. K. Strong Jr.の経歴 E. K. Strong Jr.(Edward Kellog Strong Jr.)は、1884年生まれ。スタンフォード大学、応用心理学の教授で、組織心理とキャリア理論、能力開発を専門としていた。 カリフォルニア大学を1906年に生物学の学位で卒業後、米国林業局に勤務する。その後大学に戻り、コロンビア大学での研究で、H. L. Hollingworthの研究室を手伝った(HollingworthはAIDA関連の参考文献でたびたび登場する)。コロンビア大学では商業広告の利点に関する研究をすすめ、これらの論文が、Strongの主著である“The Psychology of Selling and Advertising” につながったとされる。
その後のキャリアは、3年間広告会社に在籍した後、1914年から、George Peabody College for Teachers (現在のVanderbilt Universityの一部)で教鞭をとる。この期間に、” Introductory Psychology for Teachers.” を出版しているので、やはり心理学の道は捨てがたかったのだろう。 第一次世界大戦中の1917年からは、陸軍人事分類委員会に加わり、軍人をその興味と適性において軍内のポジションに引き合わせる役割を担っていた。この業務は、後のStrong の仕事に大きく関わってくる。
兵役後、カーネギー工科大学の研究員となり、キャリア理論、産業・組織心理学の研究をはじめた。この間、生命保険セールスマン向けの“The Psychology of Selling Life Insurance.” を出版する(この本も自著の参考文献にたびたび登場する)。 1923年には、スタンフォード大学の専任教員となり、以降のキャリアをここで過ごすこととなる。
本稿では、Strongを「広告と販売の分野の専門家」として取り上げているが、主要業績は、陸軍時代の仕事につながる「職業指導・測定(the field of psychology and vocational guidance and measurement)」で、「Strong Interest Inventory(SII)」はキャリア評価で現在でも使われている。 1963年12月、カリフォルニアで亡くなっている。
■“The Psychology of Selling and Advertising”の構成 Strongの主著である“The Psychology of Selling and Advertising”は、1925年出版された。Hallの” Retail Advertising and Selling”の1年後であるが、同書は参考文献に記されていない。参考文献に登場するHallの著作は、1915年出版の“Writing an Advertisement."、1921年出版の“Advertising Handbook”、そして” Retail~”と同じ1924年に出版された、“Handbook of Sales Management"の3冊である。
Strongは、冒頭でこの本の目的を、「販売の効率化」「購入者を顧客に確実に転換すること」としている。「営業マニュアルの代わりではないが、マニュアルの補足にはなる」とも書いている。ただ、その内容は、セールストークの実例も豊富にあり、初心者から中・上級者向けの幅広いビジネスマンが対象となっている。
“The Psychology of Selling and Advertising”の目次は、次のようになっている。
▽“The Psychology of Selling and Advertising”目次構成 黄色く色付けした「Section22 THEORIES OF SELLING(販売の理論)」が、AIDA(AIDMA)の核心部分となる。
PARTⅠのSection1~6は全体のまとめで、1の「THE TWO POINTS OFF VIEW(二つの視点)」に、Lewisの名が登場し、AIDAのことを書いている。Strongは、「Apprentices(見習い社員)」は、ここだけ読めばよいとしている。 PARTⅡ、Ⅲは、人間の欲求や満足、モチベーション、記憶などをかなり細かく分析している。具体的には、Section9と10で、「Man Wants to~」という接頭辞に、Eat、Hunt、Escape from Pain and Sufferingなど、全部で20の項目について、人間(おそらく当時は男性という意味が主だろう)の欲求について書いている。 見習いよりも、少し経験のある営業マンは、PARTⅣを読んだうえで、PARTⅡ、Ⅲを読むとよいと指南しているように、PARTⅡとⅢは、かなり専門的な内容である。
■AIDA関連の記述は2箇所 E. St. E. Lewisのところで述べたように、“The Psychology of Selling and Advertising”に登場するAIDA関連の記述は、全体のまとめであるPARTⅠに簡易的に記され、PARTⅢには、Lewis以来の数多くのAIDA関連著者の名前が並ぶ。 同じものであるが、ここに改めてその内容を記しておく。
Many changes in selling procedure have of necessity been made in the past fifteen years. Among them is the growing recognition of the buyer's point of view. The development of the famous slogan-“attention, interest, desire, action, satisfaction"-illustrates this. In 1898 E. St. Elmo Lewis used the slogan, “Attract attention, maintain interest, create desire," in a course he was giving in advertising in Philadelphia. He writes that he obtained the idea from reading the psychology of William James. Later on he added to the formula, "get action." 過去15年間、販売方法には多くの変化が生じてきた。その中で、買い手の視点がますます認識されるようになった。 「注意、関心、欲求、行動、満足」という有名なスローガンの発展がそれを物語っている。1898年、E・セント・エルモ・ルイスはフィラデルフィアで行っていた広告講座で、「注意を引きつけ、関心を維持し、欲求を生み出す」というスローガンを使った。彼は、ウィリアム・ジェームズの心理学を読んでこのアイデアを得たと書いている。その後、彼はこの公式に "行動を起こす "という言葉を付け加えた。
(“The Psychology of Selling and Advertising”, P9) E. St. Elmo Lewis formulated the slogan, “Attract attention, maintain interest, create desire,” in 1898. Later he added the fourth term “get action.” These four words represent four states of consciousness which must pass through the mind of the prospect before he will buy. In other words, if the prospect experiences attention, interest, desire, he will be more likely to act; and, consequently, an advertisement or sales talk must be planned to arouse these feelings in him. E. St. Elmo Lewisは1898年に「Attract attention, maintain interest, create desire(注意を引き、興味を維持し、欲求を生み出す)」というスローガンを考案しました。その後、彼は4つ目の言葉「get action(行動を起こさせる)」を追加しました。この4つの言葉は、見込み客が購入に至るまでに必ず通過する4つの意識状態を表しています。つまり、見込み客が「注目」「興味」「欲求」を経験すれば、行動を起こす可能性が高くなります。したがって、広告やセールストークは、見込み客にこれらの感情を起こさせるように計画されなければなりません。
(“The Psychology of Selling and Advertising”, P349)
■もう1人の重要人物 Strongが、Lewis以外にAIDA関連の記述をした著者として、Hall以外にも多くの人物が取り上げられている。その中で、Lewisの直後に大きな影響を与えた人物として、前記の2箇所に登場するのが、A. F. Sheldonである。
About 1907, A. F. Sheldon made the further addition of "permanent satisfaction" as essential to the slogan. Very few in 1907 felt the need for the last phrase, but on every hand today is heard the necessity for rendering service, of securing the goodwill of the buyer, of selling him what he needs, of establishing permanent satisfaction. 1907年頃、A.F.シェルドンは、スローガンに欠かせないものとして、さらに「永続的な満足」を加えた。1907年当時、最後のフレーズの必要性を感じていた人はほとんどいなかったが、今日では、サービスを提供すること、買い手の好意を確保すること、買い手が必要とするものを売ること、永続的な満足を確立することの必要性が、あらゆる人の耳に入ってくる。
(“The Psychology of Selling and Advertising”, P9) Sheldon is apparently responsible for adding the fifth term, “secure satisfaction.” In his writings of 1905 and 1910 the term does not occur. In his correspondence course of 1911 he lists the “four states that occur in the mind of the customer in every sale,” and then adds, “while these four mental states are sufficient for a sale, two more must be added for the purpose of business-building, namely, confidence and satisfaction. In his “ Art of Selling” published the same year, he lists satisfaction with the other four as ‘the successive steps in the process of a selling transaction.” 5 番目の用語「絶対的な満足」を追加したのは、どうやらシェルドンの責任であるようです。1905 年と 1910 年の彼の著作には、この用語は出てきません。1911 年の通信講座で、彼は「すべての販売において顧客の心に生じる4つの状態」を挙げ、さらに「これらの4つの精神状態は販売には十分ですが、ビジネス構築の目的のためには、さらに 2 つ、つまり自信と満足を追加する必要があります。同じ年に出版された「販売の技術」では、他の4つの満足を「販売取引のプロセスにおける連続的なステップ」として挙げています。」と付け加えています。
(“The Psychology of Selling and Advertising”, P349) この349頁の文章の後に、次のような言葉が続く。
This slogan of Lewis and Sheldon has had a very profound effect upon the selling world. At the time it appeared there was no clear and definite formulation of what was implied in selling. Books on selling and advertising were hardly more than a jumbled collection of opinions on a great variety of topics. The formula has caused order to come out of chaos. ルイスとシェルドンのこのスローガンは、販売の世界に非常に大きな影響を及ぼしました。当時は、販売に何が含まれるかについての明確で明確な定式化はなかったようです。販売と広告に関する本は、多種多様なトピックに関する意見の寄せ集めに過ぎませんでした。この方式により、混沌から秩序が生まれました。
(“The Psychology of Selling and Advertising”, P349) 1925年当時のStrongの見解としては、LewisのみがAIDA(的なもの)を考えたのではなく、Sheldonも大きな影響を与えたと考えているのである。 日本の書籍やインターネットサイトには、まず登場しないSheldonについては後述する。
■その他の登場人物 “The Psychology of Selling and Advertising”のSection22「THEORY OF SELLING」に登場する人物は、本文とともに、各頁下に参考文献が明示されている。このあたりが、学者の文章のありがたいところであるが、ここではその人物をStrongが参照した書名とともに記しておく。前項に登場したSheldonとStrong自身も含めている。
▽Section22「THEORY OF SELLING」の参考文献一覧(アルファベット順) 1. ADAMS, H. F., “Advertising and Its Mental Laws," 1916. 2. BLANCHARD, F. L., "The Essentials of Advertising," 1921. 3. CHARTERS, W. W., "How to Sell at Retail,". 1922. 4. EASTMAN, G. R., "Psychology of Salesmanship," 1916. 5. HALL, S. R., "Writing an Advertisement," 1915; "The Advertising "Handbook," 1921; “Handbook of Sales Management," 1924. 6. HAWKINS, N., "The Selling Process," 1918. 7. HERROLD, L. D., "Advertising for the Retailer,” 1923. 8. HESS, H. W., “Productive Advertising," 1915; "Creative Salesmanship," 1923. 9. HOLLINGWORTH, H. L., "Advertising and Selling," 1913. 10. KITSON, W. D., "The Mind of the Buyer," 1921. 11. NYSTROM, P. H., "Retail Selling and Store Management,” 1915. 12. OSBORN, A. F., "A Short Course in Advertising," 1922. 13. RAMSAY, R. E., "Effective Direct Advertising," 1921. 14. RUXTON, R., "Printed Salesmanship," 1922. 15. SCOTT, W. D., "Theory of Advertising," 1903; "Psychology of Advertising," 1908. 16. See chap. XXIII for consideration of this point. 17. SHELDON, A. F., "The Science of Business Building," 1905 and 1910; Salesmanship," 1911; "The Art of Selling," 1911. 18. SLOAN, C. A., and MOONEY, J. D., “Advertising the Technical Product," 1920. 19. STARCH, D., "Principles of Advertising," 1923. 20. STRONG, E. K., JR., "Psychology of Selling Life Insurance," 1923. 21. TIPPER, H., HOLLINGWORTH, H. L., HOTCHKISS, G. B., and Parsons, F. A., "Advertising," chap. IV, 1915. 22. WATSON, H., “Knack of Selling," Book II, 1913. 23. WHITEHEAD, H., "Principles of Salesmanship," 1917.
(“The Psychology of Selling and Advertising”, Section22の参考文献) 上記の著者以外に、“Printers' Ink”という雑誌も記載されている。この雑誌は、1888年アメリカで創刊された広告関係の業界誌で、1967年Marketing/Communicationsと改名したが、1972年に休刊している。1911年に「虚偽広告」に対する刑事罰を設けるモデル法を提案したことで有名で、広告関連業界の正常化に貢献した雑誌といえる。
Strongは、ここにあげた全員ではないが、何人かはAIDA関係について、どのように表現しているのかを書いている。 例えば、Strongと交流のあったHollingworthは「Attention, Interest, Desire, Conviction, Action」だとしている。AIDAとするパターンが主流なのだが、Kitsonは、「Attention, Interest, Desire, Confidence, Decision, Action, Satisfaction」とAIDCDASであるし、Eastmanに至っては、「(1) Pre-approach (a) Investigation, and (b) Preparation; (2) Approach and Securing Attention; (3) Solicitation: (4) Objections; and (5) Closing」と、頭文字をとるだけならPIPASASOCとなり、もはや収拾がつかない状況になっている。
■話題としてのAIDAの終焉 1910年代なかばあたりから、AIDA関連の重要性は、さまざまな人物によって「拡張」されたことは、Strongは第1章で、米国議会図書館の「Salesmanship」に関する蔵書数を調べ、その増加の勢いを示している。ここでは数表だったものを、グラフ化した。
▽米国議会図書館「Salesmanship」に関する蔵書数推移 (“The Psychology of Selling and Advertising”, P8の表より作成) 1890年代までは、わずかにすぎなかった蔵書が、1900年に入ったころから増え始め、1910年代に爆発していることがわかる。最新の1920年代は、わずか3年間で、1910年代に近い数字になっている。 「Salesmanship」についての蔵書は増える一方だったようだが、AIDAに対する関心は、1920年代以降は薄れつつあると、Strongは書いている。
Judging from a perusal of recent literature, interest in this theory is dying out to some extent. Several books like those of Sloan and Mooney on “ Advertising the Technical Product,” 1920; Blanchard, “The Jssentials of Advertising,” 1921; Ramsay, ‘Effective Direct Advertising,” 1921; Ruxton, ‘Printed Salesmanship,” 1922; and Herrold, “Advertising for the Retailer,” 1923; devote only a few pages to the subject. 最近の文献をざっと読んでみると、この理論への関心はある程度薄れつつある。スローンとムーニーの「技術製品の広告」(1920年)、ブランチャードの「広告の基本」(1921年)、ラムゼイの「効果的な直接広告」(1921年)、ラクストンの「印刷されたセールスマンシップ」(1922年)、ヘロルドの「小売業者のための広告」(1923年)などの書籍は、この主題に数ページしか割いていない。
(“The Psychology of Selling and Advertising”, P353) ただHall、Lewisのような民間系の人物も、Strong、Hollingworthのような学者も、「AIDAという理論」をことさら強調していたわけではないことに、100年後に生きるわれわれは注意しなくてはならない。
彼らは、当時未成熟だった広告・販売の分野を健全なものにし、いかに科学的に、効率よく販売理論を広めることが第一義だった。自説を開陳し、広めんとする意識は、その文章からは全く感じられない。そういう観点から、「●●がAIDAを提唱した」という言い方は、適切ではないと感じるのである。