誰がAIDMAと言ったのか? ②S. R. Hallの著作を検証する
■S. R. Hallの人物像
Samuel Rolland Hallは、多くの書籍を残している一方、本人の画像はどこにも見当たらない。今回の原稿に登場する多くの関係者の画像は、ネット上で簡単に検索できる。しかし、日本でこれだけ有名なHallの画像だけは、いまだ見つけることができない。顔立ちを拝見できれば、人となりがなんとなく想像できるものだが、それができないのはなんとももどかしい。Hallに関係しそうな画像で、唯一見つかったのは、墓碑だけである(Find a Graveというサイトにある)。
Hallは、実はWikipediaにも名前がない。AIDAに関係する、E. St. Elmo Lewis など他の関係者はある。しかし、Hallはない。AIDMAが日本特有の言葉であることに加え、S. R. Hallという人物像がなんとなくうかがい知れることである。
S. R. Hallは、1876年、アメリカ・バージニア州Northumberland Countyで生まれた。第二次世界大戦中の1942年、短い闘病生活の末、66歳で亡くなっている。これは墓碑からわかる。
アメリカの古い本では、著者の肩書きは、中表紙のタイトル下にある著者名とともに記されている。現時点で確認できるHall最後の書籍は、”Advertising Handbook, 2nd Edition”であるが、そこには次のように記されている。
▽S. R. Hallの肩書き(1930年時点)
International Correspondence Schoolsは、通信教育を主体とし、日本でいう専門学校のようなものらしい。現在はICS Learnとして、英国スコットランドに本社を移して存続している。Hallは、広告と販売の担当をしていたここの校長先生だった。校長であるから、当然教科書類も残しているようで、ICSのテキストを出典にあげる著者もいたのだが、その実物はネット検索では出てこなかった。
学校長になる以前は、セメント会社とビクター蓄音機に勤めていた。研究・学術畑の人間ではなく、実務家であることがポイントである。最初の著書と思われる” Writing an Advertisement”に、「私は広告業界で15年間働いており」「その間ずっとさまざまなコピーを書いてきた」と書いている。いまでいうコピーライターだったようだ。
Hallは、広告と販売セールス双方の著書を残しているが、重きをおいたのはAdvertising Counselorを筆頭にしていることから広告分野だったのかもしれない。
そしてAIDMAは、広告に関するモデルということに日本ではなっているが、広告(Advertising)と販売(Selling)のどちらにも関係していることが、混乱に拍車をかけている。
1900年代初頭は、大量生産が本格的に始まった時代であり、それとともに広告も強く意識されるようになった。しかし、当時は「広告は結局のところセールスと同じだろう?」との考えも強く、今ほど、両者は切り分けられていなかったと思われる。
そんな時代背景を考慮しつつも、Hall自身は、自らの仕事に誇りを持ち、その価値を高めようと努力している姿勢が、著書のそこかしこからうかがえる。広告と営業・販売はどちらも「人を騙すこと」が安易に行われてきた。そんな業界の悪習を、少しでもよい方向に改善したいという、強い意欲を著書から感じる。極めて真面目な人物だったのではないかというのが、率直な感想である。
■S. R. Hallの著作
Hallが「AIDMAを提唱した」とされる著書は、「Retail Advertising and Selling」(小売業における広告と販売)である。1924年、McGRAW-HILL BOOK COMPANY, Inc.から出版されている。
下の画像は、実際の本を入手できた。Amazonで69.55ドル。船便で1か月ほどかかってアメリカから送られてきた。
▽「Retail Advertising and Selling」(実物)
今からちょうど100年前に出版された本を入手するのも、なにかの縁だろうか。そして、図表や写真がとても多いことに驚かされる。
Hallの著作は、ネット検索にかかったものや、書籍内にある情報をもとにすると、下記の11冊である。
▽S. R. Hallの著作一覧
1. Writing an Advertisement, 1915.
2. Short Talks on Retail Selling, 1915.
3. The Advertising Handbook, 1921.
4. The Handbook of Business Correspondence, 1923.
5. The Handbook of Sales Management, 1924
6. Retail Advertising and Selling, 1924.
7. Business Writing, Articles, House Organs, Reports, Advertisements, 1924.
8. How to get a position and how to keep it, 1925.
9. Theory and Practice of Advertising, 1926.
10. Mail-Order and Direct-Mail Selling, 発売年不明
11. The Advertising Handbook 2nd Edition, 1930.
広告分野の書籍は、1、3、6、9、11であり、販売は2、5、6、10である。
4にある「Business Correspondence」とは、ビジネス文書のことで、7、9とともに、社内のビジネス文書から、レポート、DMなど幅広い文書作成の手ほどきをしている。
書いた原稿は、おそらく雑誌や業界紙にも数多くあると思うが、インターネット検索の限界で、これ以上は調べようがなかった。
■”Retail Advertising and Selling”の目次構成
「AIDMA」を提唱しているとされる、”Retail Advertising and Selling”の内容を詳らかにしたいところだが、500頁を超える大著である。ここでは目次構成を紹介したい。
▽”Retail Advertising and Selling”の目次
“Retail Advertising and Selling” INDEX
0 THE DAY OF BETTER RETAILING
1 GETTING READY TO SELL
2 COSTS OF SELLING
3 TURNOVER AND PRICE-FIGURING
4 COMPENSATION PLANS
5 STORE EQUIPMENT AND LAYOUT
6 WINDOW-DISPLAY MERCHANDISING
7 PLANNING AND MANAGING NEWSPAPER ADVERTISING
8 MANUFACTURERS' SYNDICATED AND COOPERATIVE ADVERTISING
9 DIRECT ADVERTISING METHODS
10 STREET-CAR, OUTDOOR, AND SPECIALTY ADVERTISING
11 THE WRITING OF COPY
12 TRAINING THE SALES FORCE
13 MANUALS AND COURSES
14 TALKS ON BETTER SELLING
15 SALES IDEAS, PLANS AND EXPERIENCES
この目次を、翻訳アプリ(DeepLを使用。以下同様)にかけたものが下記である。
▽”Retail Advertising and Selling”の目次(和訳)
0 より良い小売業の日
1 販売準備
2 販売コスト
3 売上高と価格算出
4 報酬プラン
5 店舗設備とレイアウト
6 ウィンドウディスプレイマーチャンダイジング
7 新聞広告の企画・管理
8 メーカーのシンジケート広告と共同広告
9 直接広告手法
10 路面電車、屋外、特殊広告
11 コピーライティング
12 営業スタッフのトレーニング
13 マニュアルとコース
14 より良い販売についての講演
15 販売のアイデア、計画、経験
このとおり、実務的な内容がほとんどである。後に紹介する「AIDMA関係者」の著作には、哲学的な内容や、広告の世界に、いかに理論的な分析を持ち込むかということに腐心しているものが多い。特に、学者畑の著書はそうだ。
しかし、Hallのこの書は、難しい理論的なことは極力排除し、実践力の高い内容だということがおわかりいただけるはずだ。
■AIDMAではなく、AIBA
そして、本書内で「AIDMA」に近いことが語られているのは、セクション14「TALKS ON BETTER SELLING(より良い販売についての講演)」の1か所のみである。
本章はHallの講演録と思われ、「What’s a Sale」という項にそれがある。
本項は、「scientific salesmanship(科学的なセールスマンシップ)」がメインテーマであり、冒頭Hallは「Selling」について、次のように語っている。
広告ではなく、営業・販売の極意に関する文章である。そして、以下のような図が挿入される。AIDMAではなくAIBA(Attention → Interest → Belief → Action)であることをご確認いただきたい。
▽AIDMAではなくAIBA
この図の後に、「4つのステップ」について、次のような文章で締めくくられて終わる。
本書に登場するのは、これだけである。しかもHallは、広告ではなく、営業・販売に関して、AIDMAならぬ「AIBA」が大切だと書いていたのである。日本の多くの書籍、ネットでよく見かける、「AIDMAはS. R. Hallが、”Retail Advertising and Selling”で提唱した」ということはない。
そもそも「提唱した」というからには、よく見る以下のような図が示されていそうだが、そんなことは一切ない。
▽AIDMAの説明でよく用いられる図
Hallや関連する他の著者の本で、このような図で説明されていることはない(これに近い図は、後ほど紹介する)。
■広告におけるHallのAIDMA的思考
では、Hallは広告について、どのような「ステップ」を考えていたのだろうか。
同書(”Retail Advertising and Selling”)では、セクション11「THE WRITING OF COPY(コピーの書き方)」の「Faults and Requirements(欠陥と要件)」の項で、次のように書いている。
広告に対するHallの基本スタンスは、終始一貫してこの4つである。
この4ステップが最初に登場するのは、Hall最初の著書と考えられる”Writing an Advertisement”の、セクション6「THE ADVERTISEMENT ITSELF(広告そのもの)」にある。引用元といえるのは、ニューヨークの広告代理店である、ジョージ・バッテン社の標語である。
ジョージ・バッテン社は、ジョージ・バッテンが1891年に創業し、現在のBBDO社につながる広告代理店だ。BBDOとは「Batten, Barton, Durstine & Osborn」の略である。
Hallが「Remember」を追加したことは、AIDMA(AIDA)問題の重要人物といえるE. K. Strong Jr.が指摘している。
上記は広告の「目的」とHallはとらえているが、この文章に続いて、広告の「機能」を次のように考えていると説明している。
▽”Writing an Advertisement”より当該箇所
Attention → Interest → Confidence → Convince → Action、と「AICCA」であるが、HallがAIDMAに近いことを書いたのは、確認できる範囲ではこれが最初である。
何度も書くが、当時はビジネス現場で、人を騙すようなことがたびたび行われていた。そんな業界を変えたいHallは。Confidence(信頼)ということに重きをおいているのだ。
「Writing an Advertisement」では、「AIDA」を考えたE. St. Elmo Lewisについて言及している(セクション9「INTEREST VALUE AND THE NEWS ELEMENT(興味の価値とニュース要素)。
Lewisが計算機製造のバーローズ・アディティング・マシン社にいた頃に担当した広告を称賛していることからも、HallがLewisの影響を受けたことは間違いないだろう。
”Writing an Advertisement”に続く、広告関係の書籍は、「The Advertising Handbook」がある。1921年に初版が刊行され、1930年に第2版が出ている。
下の写真は、初版が2012年に再販されたもの。Amazonのおかげで、100年前の書籍も容易に手に入るようになったことはありがたい。全36章、782頁の大作である。ちなみに1930年の第2版は、さらに項目が増え、全40章、1088頁となっている。
▽”The Advertising Handbook” ペーパーバック版
両書の目次構成を比較すると、以下のようになる。
▽”The Advertising Handbook”初版と第2版の目次構成比較
”The Advertising Handbook”は、初版では、Section4「 Psychology of Advertising(広告の心理学)」において、広告心理の基本的なことを書いている。しかし、本項にはAIDMA関連の言葉は登場しない。
Section9「The Writing Copy(コピーの書き方)」で、再びジョージ・バッテン社を紹介しつつ、「Must be seen, Must be read, Must be believed, Must be remembered」を紹介しているにとどまる。
”The Advertising Handbook”の第2版では、Section10「Some Basic Principles of Psychology(心理学の基本原則)」で、Seeing、Reading、Believing、Memoryと、順を追って語っている。AttentionやInterestは、この流れでは登場しない。
Hallは、「Believe」なくして、「Memory」されることはないと、強く訴えている。欺瞞の多い広告が多かった時代だからこそ、「Believe」が大事と考えていたのだろう。このことを考慮すれば、日本特有のAIDMAの一部にはめ込まれた「Memory」は、Hallにとって、優先順位は低かったのではないかと思う。
1926年に刊行された” Theory and Practice of Advertising”は、”The Advertising Handbook”の第2版に向けた準備のような印象を受ける内容だ。AIDMA的な表現が登場する箇所はない。
その一方、「INSTINCTS, MOTIVES, EMOTIONS(本能、動機、感情)」という項があることで、広告に対する消費者の受容性について、思索をより深めている印象だ。
■営業・販売におけるHallのAIDMA的思考
「Writing an Advertisement」と同年11月に、Hallは営業・販売に関する本を出す。「Short Talks on Retail Selling」である。200頁足らずのボリュームで、全編にわたりさまざまな実例が取り上げられている。
今から100年以上の前のアメリカでは、買ったもの(売りつけられたもの)が粗悪品でも、騙されて買った方が悪いという意見が主流だったようだ。だからこそHallは、その風潮を是正するために「THE GREAT BUSINESS OF RETAIL SELLING(小売販売という偉大なビジネス)」という項を設けて、以下のようなことを書いている。
セールスという仕事の価値を高めることに対するHallの熱い気持ちが伝わってくる文章である。
そして、「THE STEPS OF A SALE(販売のステップ)」という項に、営業・販売の「ステップ」が登場する。
▽“Short Talks on Retail Selling”より
“Retail Advertising and Selling”にある「AIBA」は、その9年前から語られていたことだった。
この文章は、冒頭の8頁に登場している。以降同様な内容の文章にも、Attention、InterestとともにBeliefが必ず登場している。営業マンは、お客様に信用してもらってこそという気持ちの表れだろう。
営業・販売に関する書籍で、これに続くのは、1924年の” The Handbook of Sales Management”で、こちらは1000頁を超える大著である。
セクション11「SALES MANUALS AND COURSES(販売マニュアルと講座)」は、そのタイトルどおり、販売に関するマニュアルが豊富な図や実例で、詳しく説明されている。その後半に、事前の重要な確認事項の後に、営業・販売のプロセスが図解されており、そこに「AID」が登場する。
▽” The Handbook of Sales Management”より
「D―」とあるのは、日本流でいう「D社」という意味だ。自分自身を分析し、会社の計画をしっかり理解したうえで、お客様に対峙することからはじまり、AttentionをGainingし、InterestをArousingすることで、お客様のDesireをCreatingする。そしてDecisionしてもらう。ここではAIDDである。
ProcessとMental Attitudeの間の細い欄は、下から順に、Respect → Confidence → Faith → Satisfactionである。お客様に対する真摯な姿勢を常に持つことが、お客様から最大の満足を得られるという意味だろう。Hallの営業・販売に対する思想が垣間見える図である。
同書は、最終盤のセクション25「BECOMING A MASTER SALESMAN(一流営業マンになる)」というなんとも直球なタイトルの章は、図解説明こそないものの、Hallの営業・販売に対する熱い想いがあふれた文章が並ぶ。
そして「CLINCHING THE SALE(販売を確定させる)」という項には、次のように書かれている。
▽” The Handbook of Sales Management”
AIDMAでもAIBAでもなく、ここではAIDAである。ただ、DesireではなくDemonstrateであることが、Lewisらの広告モデルとは異なる。
■Hallの思想とAIDMAにつながる要素の整理
Hallの著書に「AIDMA」と明確に書かれた箇所は、現在調べられる範囲ではない。これが現時点でわかることだ。
ここまでたびたび指摘したように、S. R. Hallという人は、「悪質な販売に騙された方が悪い」「粗悪品を売りつけて当たり前」という当時の常識を変えるという強い意志を持っていたことは間違いない。AIDMAやAIDAという何らかの法則を作り上げ、それを自説として広めることが目的ではなく、AdvertisingやSellingの業界を変革したいことが目標だったはずだ。そのように考えれば、「AIDMAを提唱した」という表現は彼の思想に似つかわしくないのではないか。
Hallの一連の著作とそこにあるAIDMA的な要素を整理した。
▽S. R. Hallの著作とAIDMA的要素の整理
前回冒頭に記したように、AIDMAはあくまでも日本特有のもの。アメリカではAIDAのみが展開されている。では、そのAIDAを「提唱」したE. St. Elmo Lewisとは、どのような人物だったのか。次回以降考えてみたい。