化学肥料は人類史のなかでいかに偉大な発明か。
どーも、冨安です。
4月が近づき北海道での農業のシーズンが近づいてきました。最近は肥料会社との打ち合わせがあり、目標を達成するためにどう肥料を使うか話しています。
まだ有機肥料を使うまでの段取りができておらず、化学肥料を使っています。
農業をしているなかで、化学肥料の偉大さを感じますが、どこ辺りが偉大か?書いてみます。
現代の食料供給は化学肥料があるから実現する。
僕たちは日々スーパーマーケットにいけば、当たり前のように野菜や魚、肉が並び、食材を選ぶことができます。
人類の長い歴史のなかでも、これほどに年中何でも食べれる時代はないと思います。
この食料供給を実現する技術の1つが、化学肥料。
農地は使い続ければ疲弊していき、やがて豊かな農地であっても不毛の土地になっていく。
古来、豊かな土地に恵まれ育まれたメソポタミア文明なども、土地の疲弊と森林伐採の加速により文明が滅んでいきました。
文明の栄枯盛衰は土地に縛られるものでした。
化学肥料は人類の歴史を変える発明
化学肥料がはじめて登場したのは1800年後半。
当時増加し続ける世界人口は、農地拡大という方法により何とかされていました。
だが農地拡大の限界がきて、人口を支えきれない!さあどうする?
という状況のなかで化学肥料の発明は急がれました。
まず化学的な知見が進み、どうやら農産物は窒素、リン、カリという化学要素をぶち込めばうまく育つぞ。
という発見が水耕栽培の成功により分かった。
そして窒素、リン、カリ、という農業に必要な三要素のうち、窒素は空気中に含まれており無人蔵にあると。
空気中にある窒素を使うことができれば、農地の生産性は上がり食料問題は解決できるぞと。
だが空気中にある窒素をいかに肥料として使える形にするか、技術的な課題がありました。
その課題を克服しハーバーボッシュ法により、1900年に入り化学肥料は誕生しました。
産業革命がはじまり、今の時代まで200年ほどで世界人口が10倍以上に爆増できたのは化学肥料の発明により、食料の安定供給が可能になったから。
ほかの技術や社会背景もありますが、現在の人口の規模感で世界が回っているのは、化学肥料なしではありえないなと思います。
空気中にある窒素を肥料として使える形にする、という発明は人類史史上でかなりトップクラスで歴史を変えた発明と認識しています。
日本でいえば化学肥料なしの江戸時代の人口のピークは3000万人。有機肥料を使う完成された循環社会だったといわれますが、ここが限界だったよう。
現在1億2000万と4倍ほどの人口を養えるのは、化学肥料の恩恵か功罪か。
現代の農業は永遠に続くものなのか?
北海道の農業は効率化重視で、化学肥料を駆使します。
化学肥料の問題はリン、カリなど鉱石資源で限りあるものな点と思っています。
今後2、3年、10年とかでなくなるものではないとしても、100年後にあるか?
同じ農業が続いているのか?
と問われれば疑問です。
資源輸入国の日本では窒素、リン、カリはほぼ輸入に頼っている現状。
肥料の枯渇や高騰は、食糧生産に直接的に影響し、どう安定的に食料供給を続けていくか?
問われる時代も来ると思っています。
そこをどう乗り切るのか?解決方法としては、化学肥料に代わる発明がポイントの1つになるかと考えています。
そこで最近は培養肉などフードテックと言われる領域に興味津々です。