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亡き妻は、全てを知っていた

13年前に妻を亡くした90代男性。
妻が亡くなった後、独り暮らしを続けてきたが、先のことが不安になり最近入居された。歩行する姿はしっかりしていて、認知症もなくお元気そう。

ある日、血圧が高いので入浴をどうしたらいいかとケアスタッフから連絡を受けて、再検のために訪室した。

居室の奥には小さめの仏壇があり、亡くなった奥様の写真が何枚も並んでいた。

血圧を測るとやはり高く、どうしたものかと考えていると男性が話し始めた。

「少し歩いて体操してきますよ。お風呂は午後だから、屋上にでも行ってきます。」

「時間をおいて、また測りにきますね。」と伝えて部屋を出ようとしたところで男性が話を続けた。

「毎日、屋上で死んだ妻に謝るんです。○子ー!ごめんな!愛してるよーーーって、大きい声で叫ぶんです。周りに誰もいないからね。」

私は足を止めて、耳を傾けた。

「妻は俺より10歳も若かったのに、70歳の時に急に胸が苦しいって言って、救急車で運んだけど数日で亡くなった。俺は隠れて悪いことばっかりしてたんだよ。人には言えない様なこと。妻は何も言わなかったけど、妻の友人から『奥さんは全部知ってるのよ。』と言われたことがあるから、何か知っていたのかもしれないなぁ。今思えば、俺よりもずっと大きな人間だったんだな...本当に後悔してる。何であんな事してたんだろう。取り返しがつかない事をしてしまった。」

仏壇には、奥様が亡くなる直前に病院で書いたメモが写真と一緒に並んでいた。メモを読ませてもらうと、お世話になった人への感謝の言葉と、夫へ向けて「しっかり生きてください。」と書かれていた。恨み言は一切なかった。

奥様は知っていたに違いない。その上での叱咤、もしくは鼓舞の言葉なのだろう。

奥様の写真はとても素敵な笑顔で、夫を優しく見守っている様だ。
屋上からの声はきっと届いている。

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