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[ショートショート]魔法の銃

 薬を飲んだり放射線を浴びたりして人間や動物が大きくなったり小さくなる話はフィクションの世界では良くあることだが、これを真面目に研究している科学者も実際に存在する。
 その科学者は物体の構成要素である原子に注目し、原子を小さくすればその物体を小さくすることが出来、逆に大きくすればその物体を大きくすることが出来ると考えていた。
 原子を構成するのは原子核と電子であり、それは太陽と地球の関係に似ている。電子は太陽である原子核の周りを地球のようにグルグル回っている。
 そこでこの科学者が考えた事は太陽と地球の距離を変えるが如く原子核と電子の距離を変えることである。原子核と電子の距離を縮められれば原子が小さくなり、原子が小さくなれば分子が小さくなり、分子が小さくなれば物体も小さくなる、という理論だ。もちろん原子を大きく出来れば物体も大きくなる。

「博士、どういう方法で原子核と電子の距離を変えることができますかね。もう私は行き詰まってしまいました。」

 助手は閉塞感から思わず弱音を吐いた。

「そうだな、今までの研究では電子の大きさを変え遠心力を変えることで距離を変えようとしたが、それは実現出来なかった。そこでこれからは電子の速さを変える研究をしようと考えている。」

 理論上は電子の速さを変えると原子核と電子の距離は変わるはずだ。
 博士はアルファ線、ベータ線、ガンマ線などの放射線を照射したり、低周波、電波、エックス線などから紫外線まで思いつく限り電磁波を原子に照射したり、放射線や電磁波を混ぜて照射したりした。しかし結果は出ない。

「もっと細かく周波数を変更して試してみるか」

 そう博士が呟き周波数を微調整しながら実験を続けていた。しばらくして特殊な電子顕微鏡を覗いていた助手が叫んだ。

「博士!電子のスピードが変わりました!」
「なんだって!何をしたら変わったのだ!?」

 不思議なことに電子のスピードが何かのタイミングで変わったのだ。これで再現をすることが出来れば研究成功に一歩近づく。
 博士は今まで試した放射線や電磁波の順番や照射時間を変え、どうにか再現しようとした。
 数十回、数百回、実験は続いた。だが一度成功しているので苦には感じない。それどころか楽しくて仕方ないのだ。何百回目かの実験で電子のスピードが変わった。期待していた通り電子の速度が上がると原子は大きくなり、下がると原子は小さくなった。博士はこの波長を電子速度変更波と名ずけた。

「成功だ。これは大発明だぞ!」
「おめでとうございます!これで長年の苦労が報われますね。」

 博士と助手は飛び跳ねんばかりに喜んだ。この実験が成功するとは、今までに夢描いていた事が実現できるとは、何度も諦めかけたがやり通して本当に良かった、心の底から湧き出る思いを止められなかった。

「いや喜んでいる場合ではない。これを実用化レベルまで落とし込まなければ。実験室でしか成功しないのは成功と言えないからな。」
「さすが博士です。大発明の後にも関わらずもう次の目標に頭を切り替えていらっしゃる。」

 博士のやる気は実験の成功によって加速していたので、休むことなく黙々と作業を続けた。
 そして何十日かが経ち博士の研究は形となった。それは小さな銃の形をしている。だが先端からは弾ではなく電子速度変更波が照射される。

「とうとう完成だ。理論上はこの銃で物体の大きさを変えれるはずだ。大きさの調整は照射時間でコントロール出来る。早速、何かに照射してみるぞ。」

 博士は手元にあったペンが目に留まったので、このペンに銃を向け引き金を引いた。ウィーンと音がして目には見えない電子速度変更波が照射され、ペンは、小さくなった!

「やった!成功だ!」
「やりましたね!」

 机の上には小さなミニチュアのペンがキラリと光っていて、博士は指で摘んで持ち上げた。重く感じる。

「そうか質量保存の法則か。大きさは変わっても物体の重さに変更はないのだな。小さいからと言って軽くは無いのか。確かに理屈ではそうなるな。」

 これは冷静に考えればわかる事だったが、舞い上がっていた博士には想定外だった。博士は車を小さくして駐車スペースを節約したり、旅行カバンを小さくしてポケットに入れることなども考えていたからだ。しかし車の重さと同じ重量の物は持ち上げられないし、旅行カバンはポケットに入れるとポケットが破れるだろう。しかしそれ以外にも使い方は無限にあるはずだ。
 小さくするのは成功したので次は大きくする実験だ。博士は銃に付いているレバーをカチャリと切り替え、小さくなったペンに照射した。ペンはみるみる大きくなり通常の大きさになったが、博士は照射を止めなかった。ペンが5倍くらいの大きさになったところで博士は照射を止めた。博士がペンを持ち上げると普通のペンの重さなので軽々と持ち上げられた。

「これはいいぞ。小さく作り後から大きくすると軽くできる。ロケットや飛行機等に応用出来るかもしれない。強度がどうなっているか分からないのがこれからの課題だな。」

 まだまだ実験は残っている。次はいよいよ動物実験だ。動物実験は慎重にしなければならない。電子速度変更波を照射して性格が凶暴になったり、寿命が短くなっては困るからだ。また身体を構成している原子が通常の原子と異なるため通常の水と食事で平気なのかも分からない。
 動物実験は時間をかけて行なわければ正しい結果が得られないので、慎重に行われた。実際、時間も十分にかけた。
 その結果全て安全なことが証明された。研究を始めてから長い道のりだった。

「ミニ動物園を作ることもできるし、大きな昆虫は子供に人気だろう。ペット業界も大きく変わるな。」

 物体、動物では成功した。最後に残っているのは人間での実験だ。もちろん博士は自ら買って出た。気のせいかその時助手は笑を浮かべたように見えたが博士は気付いていない。
 さあいよいよ人間に向けての照射だ。助手は緊張した面持ちで銃を持った。そして博士に向かって引き金を引いた。
 博士は笑顔だ。痛みなどは無いようで苦しんでもいない。そのまま博士は自分が10cm位まで小さくなったのを確認して喜んだ。

「よし!人間にも使える。人間を小さくするとまずは食料問題が解決するぞ。住宅も小さくていい。力仕事の時だけ大きくなっていれば言い訳だ。」

 博士は非常に甲高い声で叫んだ。声帯も小さくなったので声が甲高くなったようだ。

「今度は大きくしてくれ。」

 博士がそう言った時、助手は何故か薄笑いを浮かべて低い声でこう言った。

「博士、素晴らしい発明をありがとう。私はこの銃を量産し、各国に軍事兵器として売る。博士も気付いているだろう。これはミサイルや戦闘機、戦車に潜水艦、兵隊、何にでも応用が利く。ミニ動物園を作るだなんてバカバカしい。この銃は金を産む。各国がこの銃の価値を高めてくれるだろう。そうすれば私は大金持ちだ。そして博士、あなたはもう不要な存在だ。この銃を作れる人間は二人は要らない。あなたには死んで頂く。」

 助手はそう言うと足を上げ、思いっきり博士を踏みつけた。助手は世紀の発明の前に人が変わってしまった。もちろん博士は一巻の終わり、と思ったが怪我などなく骨なども折れていないし、痛みは足を踏まれたくらいの痛さだ。質量保存の法則で身長10cmながら体重は成人の体重だ。密度が違う。

「私を殺そうとしたらしいが残念だったな。私の体は密度が高くなっている。今は金属より固いだろう。」

 博士の反撃だ。しかしこの小さな体では出来ることはそうは無い。博士は助手の足を踏みつけた。いや踏みつけたといっても博士の体は小さいので足の甲に飛び乗ったと言った方が正しい。
 すると博士の足が助手の足の甲を貫通し、助手は悲鳴をあげた。当然だ鉛筆のような細い足に大人の体重がかかるのだ。助手は戦意喪失だ。酷い痛みに声を上げて泣いている。
 博士は助手に自分を元に戻すように言った。もちろん助手はこれ以上攻撃されては大変だとばかりに、足を引きずりながら銃を持ち博士に向かって引き金を引いた。博士は元に戻った。助手は泣きながら博士を見ている。

「時に発明とは恐ろしいものだ人の心の悪の部分を引き出してしまう。嘆かわしい。ダイナマイトを発明したノーベルも同じ気持ちだったに違いない。私の発明は世の中のためになると思っていた。軍事利用され人の命を奪うことに使われくらいならこの銃は封印しよう。」

 博士は銃を鍵の付いた箱に入れ、そっと蓋を閉じ二度と開けることはなかった。


<終>

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