夜の新宿ストーリー『ハードボイルドに振る舞った夜のダイアリー』
夜の新宿ストーリー《ハードボイルドに振る舞った夜のダイアリー》
あの頃、俺には日活ロマンポルノの女優をしている友達がいて、新宿で彼女の母親がやっていた小さなクラブのカウンターを時々手伝っていた。
お客の中に、いつも一人でやって来てカウンターに着き、店のママや女の子、そして俺などを相手に世間話をしたり日頃の愚痴をこぼしたりして飲んで行く人妻がいた。
楽しい話もさることながら、彼女もそれなりにいろいろ悩むこともあるようで、馴染みの店でもあって他の客同様、飲んでくだ巻き酔っ払い、足元が覚つかなくなることもしばしばだった。
散々話し尽くしていつもより遅くなり、彼女が帰ろうとした時間が、ちょうど俺の帰る時間と重なった。
そして店を出て、俺は彼女がタクシーを拾える通りまで肩を並べて歩くことになった。
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1990年、4月のある夜…。
俺は別に彼女の抱えている問題を
解決してやるつもりも、
また、そんな術(すべ)も
持ち合わせてはいなかった。
ただあの瞬間、あのひと時、
彼女の弱り切った心に一番近い
ところにある、
冷えきった手を温めてやりたい…
と、そう思っただけのことだ。
だが俺の手の力以上の力で、
彼女が俺の手を握り返して来た。
そして、少し驚いた俺の顔を、
彼女がちょっと上目遣いに
見つめて来た。
その時の彼女の目は、
まるで処女か少女の純粋さに
戻ったような、
そんな光をたたえていた。
だが体は、ピッタリと俺に
押し付けられている。
彼女が酔っている証だ。
それでも夜の新宿の街は、
もう春だというのに
寒々としていた。
彼女をタクシーに乗せ、
俺は、
その後はもうどこにも寄らず
寝倉へと帰った。
急いで帰ったところで、
この身に温(ぬく)みをもたらす
何が待っているわけでも
なかったのだが…。
スプリングのいたんだベッドで、
夜気と同じくらい
冷たい毛布にくるまり、
自分の体から発する
わずかな体温を頼りに
眠りにつけるのを待つだけだ。
家庭のある彼女も、
俺のそんな状況と、
大して違いがないのかも知れない。
End