ちょい恐ストーリー『ロングヘアのミニスカ美女の顔は…』
今回はちょっと季節外れの、ちょっと恐いお話を…。
ちょい恐ストーリー『ロングヘアのミニスカ美女の顔は…』
仕事が好きでもなければやる気もない、夢もなければ貯金もない。イケメンなどには程遠い、当然彼女もいるわけない。仕事帰りに同僚と飲むのが楽しみの、俺はしがないサラリーマン。
一泊二日の出張から今朝戻ってそのまま出社し、とくに何事もなく一日の仕事を終えて、また同僚と一杯飲んでの帰宅となった。
「ふーっ。ちょっと飲み過ぎちゃったかな」
出張疲れもあってか、ほんの少しボーッとした頭で俺は、最寄りの駅を出た時にいつものように吸い始めたタバコを、いつものようにマンション前の植え込みあたりにポイと捨て、エントランスへと入って行った。
俺が住んでいるのは駅近のワンルームマンションの5階。古い建物だからか家賃も安かった。当然エレベーターも付いているが、なんせ古いからゴウンゴウンと耳障りな音がしてけっこう狭い。
それでももうすっかり慣れて、これに乗ったらもうすぐ我が家。すぐにバッタリ、そしてグッスリ朝まで眠れる。明ければまた同じような一日が待っているのだが、そこはもう考えない。ただ眠り、出来ればいい夢でも見られたらいいなと、ちょうど1階に止まっていたエレベーターのボタンを押した。
乗り込もうとしたその瞬間、突然中から人が降りて来た。
「ぅあっとォ! す、すいません…」
完全にぶつかったかと思ったが、どうやら相手がうまく避けてくれたのか、とくに感触もなくすれ違った。たしか髪が長く超ミニスタイルの女性だったような気がして、あんな人ここに住んでただろうか、それとも誰か住人の彼女だろうか…と振り返った時にはもうその姿はなかった。
残念。顔くらい見たかったな。しかし足速っ! もう外に出ちゃったのか…。そんなことを思いながらエレベーターに乗り込んだ。
ゴウンゴウンゴトゴトといつものように小さな音を立て少し揺れながら、エレベーターは5階へと上昇し始めた。ここは立地条件も家賃も住み心地も悪くはないが、こいつだけはあまり乗り心地がいいとは言えない。扉にガラス窓が付いているタイプのヤツだ。
マンションにエレベーターは一機だけ。各階とも扉から真っすぐに外廊下が伸び、左側に各部屋のドアが四つ、俺の部屋は最上階の一番奥だった。俺の部屋がエントランスから一番遠いんだナ…と、どうでもいいようなことを考えながら、ようやく自分の部屋に辿り着き、簡単にシャワーを浴びて眠りについた。
翌朝、あんまり疲れの取れていない体を何とか起こし、出社するため玄関ドアを出てエレベーターの前まで来ると、ちょうどそのそばのドアが開き、「おはようさん」と声がした。その部屋の住人、年輩男性が手にゴミ袋を持って出て来たのだ。
あいさつを返すと、「あ、そのエレベーター、昨日の午後から故障してて動かないよ。修理は明日になるんだってよ」と言われ「えっ? そうなんですか」と見ると『故障中』と書かれた紙が扉に貼ってあった。
「まったく、最上階だってのに、階段の上り下りはキツいワ。カンベンして欲しいよな」とその人は横の階段を下りて行った。
しょうがないなァと思いながら俺もその人のあとに続いて階段を下り始めて、唐突に疑問が湧いた。たしか俺はゆうべ帰って来てこのエレベーターに乗って5階まで上がって来たのだ。しかも下では下りて来た女性とすれ違っている。どういうことだ?
「昨日の午後から故障って…」と先に下りた男性に確認しようと声をかけてみたのだが、「足速っ」…、もうその人の姿はそこにはなかった。
部屋に戻ったのか? イヤイヤイヤ、それは有り得ない。何が何だかわからないまま、俺は外に出て駅へと向かった。
その日の帰りも俺は同僚に誘われて一杯飲んで帰ることになった。何をそんなに話すことがあるのか、ほとんど記憶にはないが、多分仕事のことでの不満や上司への愚痴をそれぞれくっちゃべって発散しているのだろう。そしてまた同じようなサラリーマンがひしめく酒臭い電車に乗って帰宅するのだ。
「ふぅーー、疲れた」
駅からまたくわえタバコで帰途に着き、ため息混じりに声が出た。とくに好きでもない仕事に疲れ、もしかしたら帰りのグチりながらの飲みにも俺は疲れているのかも知れない。だとしたら、
「意味ねぇー…」
また声が漏れた。
フラフラ歩いて5分くらいで我がマンション。いつもの所でタバコをポイ。エントランスのドアを開け中に入る。するとエレベーターの扉が開き、中から人が出て来るところだった。また昨夜の女性だ。今夜もセクシーな超ミニスタイルだ。
「こ、こんばんわ」
今夜は顔を見てみたいと思ったが、ロングヘアがまるであの「貞子」のように前に垂れ、素顔を黒くぼやかしている。
(うわっ、ぶつかる!)
髪の毛で前が見えていないのか、まるで昨夜の再現のようにこっちに向かって来た。しかし…
(???)
またギリギリで避けた? 向こうが? それとも俺が?
一瞬ボー然となり「俺そんなに酔ってないよな」と振り返ると…、もうそこに彼女はいない。今夜も足が速かった。
そしてエレベーターに乗ろうとすると、上で誰かが呼んだのだろう、すでに箱は上に上がっていてまた1階に降りて来るところだった。
(何だ。エレベーター、もう直ってるんだ。たしか明日修理とか言ってたのに…)
とか思ってわきにどいて待っていたら、すぐに1階に着いたエレベーターの扉が開いて、中から髪の長い超ミニスタイルの女性が降りて来た。
(えっっ!! さっきの彼女??)
するとその彼女が、ロングヘアをひるがえらせてクルッと俺の方を振り向いた。
「ヒィィィ~~ッ!!」
叫びにならない声が俺の喉から搾り出た。
顔がない! 真っ黒なのだ。
俺は慌ててエレベーターに飛び込んで閉ボタンと5階ボタンを押し、狭い箱の奥の壁に張り付いて(早く閉まれ!)と祈った。鈍いスピードで扉が閉まり始める。そして黒い顔の女がゆっくりとこちらに近づいて来る。
女が中に入って来ようとする前にかろうじて扉は閉まり、女の黒い顔が扉のガラス窓に張り付いた。しかしゴウンゴウンと音を立ててエレベーターがようやくゆっくりと上昇を始め「助かった…」と俺はほっと胸を撫で下ろす。
(何なんだ、あれは。俺に一体何をしようと近づいて来たんだ?)
恐怖と疑問で震えながら「早く5階に着いてくれ」と祈りつつも俺はエレベーターの扉の窓から目が離せずにいた。
ゴウンゴウン・・・。ゆっくりゆっくり上昇するエレベーターはやがて2階に…。すると、
「うわあーッ!!」
何でだ?? ガラス窓の向こうにまたユラユラと近づいて来るあの女の黒い顔が…。そしてその女は3階にもいた。さらに近かった。黒くて目も鼻も口もないのだが、恨めしそうな表情を感じた。
やめろ! 来るな! 早く、早く5階へ! とにかく自分の部屋に戻りたかった。
何でそんなことを思ってしまうのか、4階にもいたらどうしよう…などと余計なことを考えてしまう。いるな! いないでくれ!
うわあぁぁー!! やっぱりいた! 女の黒い顔がボワンとガラスを突き抜けてエレベーターの中に入って来た。ヒィィ~助けて!
首だけが入ったままエレベーターが上昇。扉の上の壁にゴツンと当たり、黒い顔の頭部がゴロンと床に落ちた。
有り得ない! こんなことが実際にあるもんか! 夢だ夢! これは夢なんだ! 俺は酔っ払っているんだ! 5階には女はいない! 絶対いない! 俺は自分の部屋にふつうに帰る! イヤ、ちょっと走って帰る。とにかく無事に帰る。帰ってすぐ眠るんだ!
5階に着いた。床の女の首はいつの間にか消えていた。
「いいか。慌てるな。慌てずに部屋まで走るぞ。落ち着け、俺」と俺は自分に言い聞かせた。
ゆっくりとエレベーターの扉が開いた。「走れ!」と俺は箱から飛び出した。と、突然すぐそばの部屋のドアが開き、中から住人のあの年輩の男性が出て来た。
「ああ、今帰り? おかえり」
そう言った男性の顔は真っ黒で目も鼻も口もなかった。
「うわあああぁぁぁーーーー!!」
叫んだとたん、ガラガラガラと建物が崩れ落ち、俺はそのガレキの上に落下した。
俺が目を覚したのは自分の部屋のベッドではなく、病院のベッドの上だった。看護師さんによると、俺はここに運ばれてからかなりうなされていたと言う。ケガはしていないが何かによるショック症状があり、念のための検査を受けたらしい。
「どうしてあんなマンションの焼け跡のガレキの上で寝ていたんですか?」
看護師さんに聞かれたがワケがわからない。
(マンション…焼け跡?)
聞けば、俺のマンションはおとといの昼間、火事で全焼したということだった。俺が出張に行ってる時だ。出火原因はマンションの表の植え込みに捨てられた火の消えていないタバコの吸い殻が長時間かけて炎を出し、植木を燃やし建物に燃え移ったということらしい。火はあっという間に燃え広がり、在宅していた何人かの住人が煙を吸って逃げ遅れ焼死してしまったという。
タバコの吸い殻…、植え込み…? そう思った瞬間、俺は愕然とした。そして、人生が終わった…と思った。絶望感に苛まれ「ああぁ~っ」と俺はシーツで顔を覆った。
「どうしました? 大丈夫ですか?」
と声がして、被ったシーツを剥ぎ取り俺の顔を覗き込んで来た看護師は、ロングヘアで顔が真っ黒に焼け焦げていた。
~ End ~
いかがでしたか?
こんな幽霊の話、ちっとも恐くなんかない…と、そうおっしゃる方もおられるかも知れません。その通り。幽霊など恐くはありません。本当に恐いのは「タバコの吸い殻ポイ捨て」なのですから・・・。
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