見出し画像

ディテクティブ・ストーリー『プライベイト・アイ』

ディテクティブ・ストーリー《プライベイト・アイ》



   1 交差点


男「ねえ、…どうかした?」
女「えっ?」
男「大丈夫?」
女「……」
男「あ、いや…、
  何だか思いつめた顔をして
  こんなところにいるから…」
女「すみません。大丈夫です」
男「…そ。なら、いいんだけど」
女「はい。
  …どうも、ありがとうございます」
男「いや…。…じゃ」


〈男〉

大都会。昼下がり。快晴。大交差点。

ここでは、
人は波になった方がいい。

行き交う車。クラクション。排気ガス。
ビルの壁。ビッグスクリーン。
さして面白くも、重要でもない
コマーシャルメッセージ。
がなる声。交わるBGM。そして人。

広い交差点の中を縦に、横に、斜めに
入り乱れる人の波。

立ち止まることは許されない。
無心であれば流れて行ける。
意志を持ち、波に抗い立ち止まれば、
たちまちのうちに呑み込まれてしまう。

しかし彼女は、
その中で無心で立ち止まっていた。

やがて信号は赤に変わる。
青から赤までの短い時間。
彼女には、
永遠にも似た長い時間…。


〈女〉

あの人に声をかけられ、
私は我に返った。

人波の中に出来た僅かな空間で、
ほんの短い、ありふれた言葉のやり取り。
しかし、優しい眼差し。
そして私は救われた。

この街で声をかけられることは何度もあった。
勧誘、スカウト、募金、ナンパ…。

以前は、それはそれで楽しかった。
声をかけられ、
自分が確かに存在するのだと感じられた。

いくつの誘いに乗ったかわからない。
華々しい世界に憧れてついて行き、
夢と希望に変わって返ってきたのは、
僅かなお金と汚れた体。
そして自暴自棄。

声をかけて来る男たちに弄ばれ、
さらに堕ちるだけ。
それでも心のどこかで救いを求め、
この街を歩く。

救いなんてあるのだろうか。
私は本当に救いなど求めているのだろうか。
それすらわからなくなっていた。

振り返ると…人の波。
あの人の姿は、もうなかった。



   2 修羅場へと・・・


〈男〉

フロントガラスの枠の中。
カラフルな光たちが後方へと飛び去る。

都会の夜。イルミネイション。
おびただしい数の車のテイルランプ。

やがてその中から二つの光が流れを外れ、
左側の歩道へと寄る。
ターゲットの車だ。
間隔を置いて後ろにつける。

ほどなくして、
その脇のビルの中から現れた一人の女。

助手席のドアが開き、
スルリと中へ滑り込む。
すぐに車は走り出し、
再び尾行が始まる。

こんな夜を何度繰り返してきただろう。
好きで始めた商売とは言え、
人間という生き物の修羅場好きには、
もはや驚きを通り越し、
いささかうんざりしている。

修羅場──。

人間の愚かさは、
常にその身をそこへと導く。

人はいつから考えることを
止めてしまったのだろう。
ほんの少し考えさえすれば、
修羅場など無縁でいられるのに…。

そしてその時には、
私の目“プライベイト・アイズ”は必要なくなる。

今前方を走る車は、
真っ直ぐに修羅場へと向かっている。


〈女〉

毎日が同じことの繰り返し。
それが人生というものかも知れない。

あの人たちは何故あんなに笑っているの?
何がそんなに楽しいの?
あれが、あの人たちの人生?

だとしたら、神様は不公平ね。
私はあんなに笑えない。
私はあんなに楽しくない。

誰かと話をしても、
言葉は乾いた空気に同化し、
耳に届く前に消えてしまう。
誰かの耳に届く言葉なんてあるのかしら。

私が話していた相手は、誰?
友達? 

でも、名前も知らない。
どこに住んでいるのかも…。
何を求め、
何を考えて生きているのかも。

きっと私の言葉だって、
届いていないのに違いない。

だからきっと、私のことも、
誰も知らない。

本当の私…。誰も知らない。

人の肌が温かいと感じたこともない。
誰と寝ても。何度寝ても。


〈男〉

一組の男女が、
ホテルへと入って行くところの写真。
そしてほぼ二時間後、
その二人が出て来るところの写真。

顔も表情もはっきりと確認できる、
数葉の証拠写真。

これが一体、
問題をどう解決させるのだろう。

結論がどう出るにせよ、
それは妥協以外の何だと言うのか…。

私はクライアントが望んだものを、
こうして届ける。

しかし彼らは、
求めたものがそうして手に入っても、
決して幸せになどなれないのだ。

それを手にした彼らが呪いの言葉を吐くのを、
もう何度聞いただろう。

写真に写った男と女の薄っぺらな笑顔。
背負った人生は、
彼らには重過ぎたのだろう。

よく似た人間たちが蠢くこの大都会の、
どこかの片隅で彼らは出会ってしまった。

そしておそらく、
運命などというものを
感じたりしてしまったのかも知れない。

その都会の片隅は、
彼らにとって、
この世の中心にも思えたことだろう。

あとは、
刹那の快楽へと突き進むだけ。

だが、それは同時に、
修羅場への道行き。

いずれにしても、人生は重い。


            ・・・



いいなと思ったら応援しよう!

晃介
どうぞよろしくお願いします。有意義に使わせていただきます。