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ディレイ -ファミコン全ソフトを集めた男- #11(全13話)

#11 アイアムアティーチャー

 コレクター仲間からの交換や情報提供、「おもしろ館」での未所有ソフトの購入、そして使える限りの時間を使ってのゲーム探索。ついに光希の所有ファミコンタイトルは1000本を超え、コンプリートが現実的なものになってきた。

 しかし、そこからが増えない。考えてみれば当たり前の話だった。所有1000本を超えたということは残りは240本。1240本の中からまだ持っていない240本を探すわけで、しかも未所有タイトルが探索先のショップに必ず置いてあるなんて限らない。砂漠で落とした針を探すとまではいかなくても、地図もなしにオアシスを見つける程度には骨の折れる道のりだ。
 目標にしていた総数1240本にしても、この時点まで来るとどうやら必ずしも正しい情報ではないらしいと光希は気づき始めていた。根拠である「大技林」に載っていないファミコンソフトが手元にあるのだ。『究極ハリキリスタジアム'88 選手新データバージョン』などは明らかにそれだった。だが本当の総数は何本なのかというと、いくら調べようとも正確な情報がない。
 大技林の1240本を基本として+α。それがコレクター仲間内で出ていたファミコンソフト総数の結論だった。+αの部分には自分がこれは含むべきだと思うものを入れればいい。それぐらいゆるい結論でなければ水掛け論になるだろうことを、皆が心の内で何となく気づいていたのかもしれない。

 正確なファミコン総数の疑問は横に置いといて、とにかく減らせるところから減らしていこうと光希は考えた。
 まずはいつでも買えるからと後回しにしていたスポーツゲーム系を埋めていく。野球は「ファミスタ」や「燃えプロ」シリーズを筆頭に有象無象のタイトルがあり、さらにサッカー、バスケットボール、ゴルフ、果てはラグビーにバドミントンにアイスホッケーなどそうそう実際に体験する機会のない競技まで網羅されている。これもまたファミコンの懐の深さだ。ルールすら知らない競技も多くあり、正直言って食指が動かないものもあったがここまで来たらもはや無視するわけにはいかない。

 次に手を付けたのはテーブルゲーム系。悪夢まで見る羽目になった『囲碁名鑑』がそうだったように、興味がなければまず普通手を出さないジャンルのためこれも後回しにしてきた。囲碁、将棋、麻雀、パチンコやパチスロ……。これまたルールすら知らないものもあるが、片っ端から購入を進めていく。それでも頑張れば遊べるだけこの辺はマシで、今となっては何の役にも立たない競馬予想ソフトや株式投資シミュレーションにまで手を出し始めた時はさすがの光希も一体何をやっているのだろうかと自問自答するしかなかった。

 最後にディスクカードをかき集め、任天堂に送った。ディスクカードの書き換え専用タイトルを入手するためだ。かつてはおもちゃ屋の店頭に“ディスクライター”というマシンが置かれ500円で別のゲームに書き換えできたのだが、ディスクシステムが下火になるにつれ撤去されていった。
 しかし書き換えサービス自体は任天堂に希望タイトルと手数料とディスクカードを送れば書き換えて返送してくれる形で続いていたのだ。『SDガンダム』の別マップバージョン、『ゼビウス』『ソロモンの鍵』などのファミコン初期の名作をディスク化したものなど書き換えサービスでしか手に入らないタイトルもいくつかあり、これもまたコンプリートを目指すうえでは避けて通れない存在だった。収集が煮詰まっている現在、一気に集めるにはいい機会だったのだ。

 出来る限りの手は尽くして、やっと残りは100本強。
 高くてなかなか手が出せないプレミアソフトはまだいい。高いとはいえ「おもしろ館」やレトロゲーム専門店で売っているのは確認できているし、極端な話お金さえあればいつでも手に入るからだ。真の問題は本当にこれまで一度も見たことのないタイトルの方にこそあった。『ピザポップ』『Jリーグウイニングゴール』『エキサイティングラリー』『マジックキャンドル』……。タイトル名を聞いてゲーム内容を即答できる人などほとんどいないであろうマイナー作品たち。おそらく光希もファミコン全ソフトをコンプリートするという目標がなければ死ぬまで気にも留めなかったはずだ。しかし、いざ認識して探し始めると本当に見つからない。運よく発見できればたいてい驚くほど安値で確保できるものの、そもそも発見までのハードルが高すぎる。

「買える時点でレアなんかじゃないんだよ」

 いつか真琴がそう言っていたことを光希は思い出した。その時はあまりにコレクターレベルの高すぎる発言だと感じたものだが、今なら分かる。仮にいくら金を積めたとしても、無い物にはどうあがこうが積めないのだ。

 この時点まで残っているものとしては、周辺機器付きの特殊パッケージや周辺機器専用ソフトも多かった。例えばキーボードが付属した音楽作成ソフト『ドレミッコ』、付属したビニールの人形を殴ってゲームをプレイする『エキサイティングボクシング』、ゲーセンの体感ゲーム機さながらにビニール製バイクにまたがる『トップライダー』、そしてバーコードをスキャンして遊ぶ周辺機器「データック」の専用ソフトたち……。特に最後の「データック」は発売が1992年とファミコン末期も末期で、さらにその専用ソフトとなればほとんど市場に出回っていない。売っている場面を見かけること自体が至難なソフトの筆頭だった。
 だが、まだそれ以上に高い壁が待ち構えている。特殊なルートで販売されたソフトたちだ。前述のディスク書き換え専用タイトルの中には版権の関係やメーカーの倒産で書き換えサービスが終了したものがいくつかあり、これらはゲームショップを地道に探して見つけるほかなかった。特に書き換えサービス期間が異様に短かったディスク版『クルクルランド』は鬼門で、もはや実在するか怪しいレベルで見つからない。運良く真琴が持っていたダブりを譲ってもらえて早めに危機は乗り越えられたが、それが無ければ最後の1本まで残ってもおかしくなかっただろう。
 そしてファミコンコレクター最大の壁として君臨していたのが、手芸店のみで販売され書き換えサービスもなかった『アイアムアティーチャー 手編みのきそ』『アイアムアティーチャー スーパーマリオのセーター』のディスクカード2枚だ。そもそもゲームショップに卸されていないゲームなため、八百屋でパソコンを買うようなものでいくら中古ゲームショップを巡ろうとまず巡り合えるものではない。

「『アイアムアティーチャー』2本さえ入手できればコンプリートは時間の問題」

 そうファミコンコレクター間でささやかれるほどに入手困難で、光希もあらゆる手を尽くした。手芸店の片隅に眠っているかもしれないと一縷の望みをかけ知らない町ではおもちゃ屋やゲームショップに加え手芸店も覗く。手芸用品の問屋店にも連絡先を探して在庫がないか確認する。ゲーム発売元のメーカーにコンタクトを取る。フリマで見かけたとの未確認情報があればフリマを重点的に探す。返事はなしのつぶてだろうと分かりつつも所有している人をネットで見つければメールで交渉する。
 だが、どれも成果を挙げることはできない。
 当たり前だった。光希が思いつくような手段はとっくに凄腕のコレクターたちが通った道であり、それでも影も形も見えないからこそ幻のソフトと呼ばれるのだ。

 入手はひょんなことからだった。
 大学の休み期間に、久しぶりに戻った地元。久しぶりの友人たちに会い、光希は「ファミコンソフト、残ってたら譲ってくれない?」といつものように持ちかけた。相変わらずファミコンソフトを収集していることは周りに伝えずにいたが、それでも気のいい友人たちは乗ってくれる。
 承諾してくれた友人のひとりの家へ行き、埃のかぶったソフトを見せてもらった。
 すると、あったのだ。数枚のディスクカードの中に『アイアムアティーチャー』シリーズ2本が。

 心が震えた。
 大学入試の合格発表を見た時よりも。好きだったバンドのライブに初めて行った時よりも。幼い頃の家族旅行で体験したディズニーランドよりも。あったんだ、奇跡は。こんな平凡な自分にすらも舞い降りるものだったなんて。
 手の震えを隠し、平静なふりをすることで精一杯だった。その場で譲ってもらい、家に持ち帰ってから改めて確認をする。問題なく動作することを確かめ、じわじわと喜びと希望が湧き上がってきた。

――いけるかもしれない。ファミコン全1240本コンプリート。
 まだ未所有は数十本ある。だが『アイアムアティーチャー』という最大の壁を超えた今、もはや残りはそれほど大きな問題ではないようにすら思えた。


→第12話


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