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ディレイ -ファミコン全ソフトを集めた男- #08(全13話)

#08 Wit's

 新品同様のファミコンソフトが山のように眠っていた“聖域”。
 そこを知る者は真琴、チェリィ、光希。そしてもうひとり。
 光希がその人物の詳細を真琴から聞いたのは、遠征してレトロゲーム探索に行こうと誘われたタイミングだった。関西を出発して岡山、広島へ。車を使っての1泊2日ファミコン漬けのツアーだ。そこに一緒に参加し、4人で行くという。

「実は私の彼氏でね。運転も得意だからドライバーは任せて問題ないよ」

 いきなりの情報に困惑するが、真琴もファミコン収集という変わった趣味を持つとはいえうら若き女性だ。彼氏のひとりやふたりいてもおかしくはないと光希はすんなり腑に落ちた。聞けばその彼氏もレトロゲーム好きであるらしい。

「あ……君がコウ君……だね? はじめまして……コテツです」

 待ち合わせの日。真琴と一緒にワゴン車から降りてきたのは長身でスマートな外見ながらどこか自信なさげな雰囲気の男だった。いつも堂々として自信に満ちている真琴とはまったく正反対のタイプだ。きっと普段から真琴が主導権を握っているのだろうな、と第一印象で光希は思った。もっとも光希も自分に自信があるわけではなく、常に一歩引いて仲間の輪に加わるようなタイプだ。少しシンパシーを感じたのも事実ではある。

「よろしくお願いします、コテツさん。レトロゲーム好きとは真琴さんから聞いてますが、どういう系統のゲームが好きなんですか?」
「僕は……どちらかというとマイナー系のシューティングかな」

 そこで一旦会話が止まる。光希からするとマイナーといってどのレベルのソフトを出してくるのかと身構え、おそらくコテツ側としてはどの辺を挙げればマイナーとして納得するレベルの相手なのかとラインを探り合う、初対面のマニア特有の間だ。ここで読み間違うと相手に合わせた会話が一気に難しくなり、特にこれから泊まりで出かけようなんて今の状況なら旅路の楽しさにダイレクトに響く。

「どうした? いつも言ってるじゃないかコテツ君。ファミコン離れした技術力の『クライシスフォース』はもっと評価されるべき名作だ、って」

 見かねたのか、それとも深く考えずなのか。沈黙は真琴の助け舟によって破られた。

「おお!あれ好きなんですかコテツさん。いいですよね、ファミコン末期ならではのコナミの技術の集大成って感じで」
「分かりますか! 本当あの多重スクロールはファミコン離れしてますよね。また音楽もこれぞコナミックサウンドって感じで。同時期だと『ガンナック』なんかも良いゲームですけど知ってます?」
「持ってないんです……。『ザナック』と同じコンパイル製と聞いて興味はあるんですけど」
「あ、じゃあ今度貸しますよ。見た目コミカルだけど内容は歯ごたえありますよ」
「それは是非!」

 最初こそ計りづらいが、一度共通項を見つければ一気に仲良くなれるのもまたマニア特有の距離感だ。特にマニアックな知識が通じる相手となれば距離は一気に縮まる。これなら間違いなく大丈夫だと光希は安心感に包まれた。
 遅れてきたチェリィが合流し、4人が揃う。ワゴン車は関西から岡山に向かって出発した。

 岡山に到着して4人が最初に行ったのは、電話帳で目ぼしい店を探すことだった。規模の大きい古本屋、昔から営業していそうなおもちゃ屋、個人経営のゲームショップ。そのひとつをとりあえずの目的地として選ぶ。そこに向かう途中で気になる店があれば立ち寄っていく。効率は悪いかもしれないが、土地勘のない場所で空振りを避けるためにはこれが最善策だった。

 とりわけ岡山県は古本屋の数が日本有数に多く、立ち寄る場所には事欠かない。目に入る場所には次々と寄って行った。
 天井に届くほどの本棚が所狭しと並ぶ、どこか埃っぽい店内。そこには時代を感じさせる古書から誰が読むのかも分からない専門書、雑誌のバックナンバーに新作漫画まで脈絡なく無造作に陳列されている。その中にはファミコンの攻略本も当然あった。
 情報が古くなった何十年も前のビジネス書を好んで読む者などなかなか居ないように、世間的にとっくに過去のゲーム機となったファミコンの攻略本はそう売れない。店側としては不良在庫以外の何物でもなく、ほとんどは捨て値同然の価格付けがなされていた。だいたいは1冊100円。下手をすれば十円単位の場合すらある。4人にとってそれは宝の山同然で、フルスロットルで端から買い漁っていった。
 そして個人の古本屋には、本に混ざってCDやゲームソフトがひっそり陳列されていることもよくある。メインの商品ではないため値付けは適当そのもので、掘り出し物を探すにはこの上ない環境だった。こちらも発見次第、示し合わせたように誰かが買っていく。

 足りない。
 足りないのだ、1日ではとても。

 それほどまでに岡山の古本屋群の懐は深くて、時間も所持金も湯水のように消えていく。次の目的地である広島に宿を取っているため、後ろ髪を引かれながら岡山の地を後にした。

 広島のホテルに辿り着いた時、夜はすっかり更けていた。
 通常の旅行なら街に繰り出し、今日はお疲れ様と居酒屋で一杯ひっかけるところだろう。だがここに居るのは全員がレトロゲームコレクターだ。酒や料理に使う金があるならゲームの購入費に充てたいと思う者ばかりだ。ましてゲーマーでもあるのだから、やる事はひとつしかない。
 ホテルのひと部屋に皆が集まる。コテツがTVの後ろを覗き込み、手慣れた様子で持ち込んだファミコンの配線を繋げた。もちろんソフトだってある。今日の岡山探索で購入したもの、そしてこの機会にとめいめいが用意したオススメ作品や希少なタイトルも。深夜のゲーム大会の幕開けだった。

「では最初は僕から。知ってはいると思いますけどね」
 コテツが1本のソフトをファミコン本体に差し込む。それ自体は見慣れたソフトだったが、右上に見慣れない三角形のシールが貼ってあることを光希は見逃さなかった。起動して画面に映し出されたのは『グラディウス』。コナミの代表作ともいえる名作横スクロールシューティングゲームだが、パワーアップに必要なカプセルの形が明らかに変わっていた。まるで弁当箱のようなアイテムに書き変わっている。
「これはアルキメンデス版『グラディウス』! 初めて見ました!」
 かつて存在したカップ麺「アルキメンデス」の懸賞商品として4000名に配布された特別バージョン、いわゆる非売品ソフトだ。言うまでもなくレア度はとんでもない高さで、光希は秋葉原や日本橋のレトロゲーム専門店でさえ販売されているのを見たことがなかった。アイテムの書き換え以外は市販品とまったく同じ内容で、コテツはすいすいと1周クリアまで進めていく。幻のソフトを見られたことと同じくらい、コテツのゲームの腕前にも驚かされた。

「被らんでよかったー。俺はこれを出しますわ」
 チェリィが持ち込んだのは末広がりになった台形のカセットだ。表面にはどこかで見たようで絶妙に違うポップなイラストが添えられている。真琴は一瞬で何であるかを察したようで口を挟んだ。
「ほう……。『ミスピーチワールド』だね。これはきちんと遊んだことないな」
 アジア製のパチモノソフトと同じく、日本にも少数ながら任天堂の許可なく発売されたファミコンソフトがあった。『ミスピーチワールド』はその内の1本で、任天堂の代表作「マリオ」シリーズのヒロインであるピーチ姫を勝手に主役にしてしまったゲームだ。もっとも同じアクションゲームとはいえ元ネタの「マリオ」シリーズとクオリティは天地の差で、ピーチ姫にしても言われなければマリリン・モンローにしか見えない。理不尽な難易度、まるで任天堂を挑発するかのような設定、これぞインディーズ作品と呼べるようなアイデア一発勝負の粗削り具合だった。

「なんか凄いの続きで気後れしますが……これで対戦してみたいです」
 光希もこれぞという一本を持ってきていた。市販品でレア度は他と比べるべくもないが、せっかくファミコン好きが4人集まったのだから皆で遊べるものをと考えたのだ。それもできる限り、こんな機会でなければ対戦プレイなど望めないマイナー作品を。
「『Wit's』ですか。確かにこれの対戦プレイやったことないですね」
「これは気になってた。いいチョイスやねぇ」
「でしょう? ちゃんと4人対専用のアダプタも持ってきたので早速やってみましょう!」
『Wit's』は陣取りに近い1画面固定のゲームで、自機は決して止まることができず、走った後には壁ができていく。ゲーム後半ともなると画面は自機やライバルの作った壁で埋め尽くされていき、これに当たらず最後まで生き延びることができた者が勝ちとなるシンプルなルールだ。袋小路に入らないよう、かつライバルの邪魔になるよう壁を作る駆け引きはどこか『ボンバーマン』に通ずるものがある。ファミコンでは珍しく最大4人での対戦プレイが可能で、1プレイの短さはパッと遊んで盛り上がるにはこの上ないタイトルだった。最初こそ皆が独特のルールに翻弄されるものの、駆け引きの深さに気づき始めると異様に熱い対戦が何度も何度も繰り広げられる。目論見通り対戦プレイが盛り上がる中、光希は密かに安堵の気持ちと、それ以上に何の気兼ねもなくゲームを楽しめる愉しさをかみ締めた。

「最後は私だね。とっておきの1本を用意したよ」
 真琴が取り出したのは、ラベルに何も描かれていない青色の大きなカセットだった。明らかに市販されていたものではなく、この時点で桁違いの期待をそそられる。丁寧に起動が実行され、画面に映し出されたのは「ドラクエ」風のRPGだった。チェリィが興奮気味に、独り言とも話しかけてるともつかない言葉をこぼす。
「見たことないでこのRPGは。おい知ってる?」
「いや……あ、タイトルロゴが出てきたよ」
「え? これってまさか!」
「『ラブクエスト』のファミコン版!?」
『ラブクエスト』はスーパーファミコンで発売されたRPGだ。現代世界を舞台に女の子を口説き落とすことが戦闘の代わりとなる風変わりなゲームで、それ以上に随所に散りばめられたパロディが語り草となっているカルト作品でもある。最初はファミコンで開発が進められていたという話は光希も情報として知っていたが、まさか動くものが現存しているなんて想像もしなかった。おそらく開発中に作られたものが流出し、真琴の手に渡ってきたのだろう。
「どうやってこんなの入手したんですか真琴さん!?」
「当時の開発の人と知り合ってね。残っているものは数本もないらしいよ」
 真琴はさらりと言ってのけるが、そもそも当時の開発スタッフと繋がること自体がとんでもないレアケースだ。まして発売中止となったゲームの開発版を譲ってもらうとなれば、語りこそしないものの色濃い駆け引きがあっただろうことは想像に難くない。光希は改めて、真琴のコレクターとしての底知れなさを思い知った。

 翌日。
 夜遅くまで盛り上がった4人だが、疲れはまったく感じていなかった。むしろ精神的には誰もがこれ以上もないほどに充実している。好きなものを心ゆくまで語り、遊びまくったのだ。しかも今日は広島探索というメインイベントがまだ控えている。疲れている暇などあるはずがない。

「広島か。コウは今まで来たことあるん?」
「中学の修学旅行で来たかな。正直言って宿のゲームコーナーで遊んでた思い出くらいしかないけど」
「ゲーマーやったら誰もが通る道よなーそれ。俺も修学旅行はゲーセンで「ストII」の対戦しまくってたわ」

 ワゴン車の後部座席で、光希はチェリィとたわいもないゲーマーあるあるに花を咲かせる。そんな間にコテツの運転する車は広島の中心部を離れ、瀬戸内海寄りの街へと向かっていく。
 レトロゲームを探すうえでは、都市の中心部よりも人があまり来ない地方を狙うべき。それは経験則として光希たちが知っていることだった。
 街に着くたび、目についたおもちゃ屋やゲームショップを巡っていく。当たりもあれば外れもある。だが成果はそれほど問題ではない。気の合う仲間と出会い、こうして見知らぬ地を一緒に回っていることが光希にはとても得難く、特別な時間に思えた。

 やがてワゴン車は尾道にまで辿り着いた。
 関西に戻る行程を考えれば、おそらくこの地がファミコンツアーの最終地となるだろう。残り少ない時間を噛み締めるように、商店街内のおもちゃ屋へと足を運ぶ。最初に店へ入った真琴が、珍しくうろたえる様子を見せた。

「ヤバい。これは……とんでもない店だぞ」

 少し遅れて入った3人は、真琴がつぶやく声を聞き逃さなかった。続いて陳列された商品たちを見る。それは確かに、誰もが声を出さずにいられない光景だった。
 ファミコンソフトは無い。それどころか売られていた形跡すら見当たらない。しかし、その時代よりもさらに古い商品が平然と陳列されている。セガの『ロボピッチャ』、トミーや学研製のLSIゲーム、何より驚かされたのは任天堂が1970年代に発売した『光線銃シリーズ』が置かれていたことだ。
 ファミコンを置いていないのではない。このおもちゃ屋はファミコン発売以前で時が止まったまま今を迎えていたのだ。もはやそれ自体が博物館のような存在で、4人は興奮を内に収めながら商品を物色する。ツアーの最後にふさわしい戦果を得て、ワゴン車の荷台はパンパンになった。

 帰ったら早速、このツアーの出来事をホームページに書こう。
 光希は帰りの車内で心に誓っていた。こんなに心許せる仲間たちのことを、レトロゲーム探索の楽しさを、一刻も早く広い世界へと伝えなくては。勝手な使命感かもしれないが、この気持ちは止められそうになかった。


→第9話


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