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ディレイ -ファミコン全ソフトを集めた男- #12(全13話)

#12 まじゃべんちゃー麻雀戦記

 ファミコン全ソフトコンプリートまで、残りは数十本。
 ここまで来るとショップ探索などの正攻法では入手の可能性が限りなく低くなる。ありとあらゆる手段を講ずる必要があった。

 自分のホームページに未所有ソフトのリストを掲載していたのも、その手段の一環だ。譲ってもいいという人が出てくることを願っての藁をもつかむ思いの表れだった。
 はたして、効果は表れた。未所有ソフトのひとつを見かけたという人からメールが来たのだ。そのタイトルは『まじゃべんちゃー麻雀戦記』。ファミコンには珍しくちょっとした脱衣要素がある麻雀ゲームだ。別にプレミアも付いているわけではないのだが、光希は5年以上ゲームショップ探索を続けているにも関わらず一度も見かけたことがなかった。速攻で返信メールを送る。

――是非買ってきて譲ってください! お礼にセガサターン版『レイディアントシルバーガン』を出します!

 はっきり言って全く釣り合っていない。『レイディアントシルバーガン』はセガサターンではトップクラスのプレミアソフトで、店に並んでいれば2万円近い値を付ける一品だ。だが、今の光希にとって未所有ファミコンソフトの価値はそれ以上のものだった。余裕で出せる。なんなら気持ち的にはこれでも足りない。

――ええ……。本気ですか!?

 メール相手からは喜ぶどころか、少し引いているような反応が届いた。当たり前だ。光希が逆の立場だったとしても困惑していたことだろう。いぶかしんで取引を中断される可能性もあるのでは……? と途中で思い至ったが、そんな心配も杞憂に終わり『まじゃべんちゃー麻雀戦記』は光希の手元に無事届いた。セガサターン随一の逸品と引き換えに。

 それから数か月後。光希がいつものように日本橋のゲームショップをはしごしていると、ワゴンセールの中にくだんの『まじゃべんちゃー麻雀戦記』を見つけた。その価格、1980円。
 膝から崩れ落ちそうになった。もう少し待てば何の犠牲もなく、変に気をもむこともなく目当てのソフトが手に入ったというのに! どういうわけか特定のソフトを探そうと思うとその時は見つからず、大枚はたいて手に入れた後でそれよりずっと安い額で見つけたりするものだ。綺麗に発動したゲームコレクターあるあるは誤算だったが、ともあれ1歩ずつでも進んでいるのだから良しとしよう、と光希は自分を無理やり納得させることにした。

 新しい入手の手段として、ネットオークションにも手を出した。
 ヤフーオークションがサービスを開始したのが1999年。意外と掘り出し物があるとの噂は聞いてはいたが、光希はあまり積極的に使う気にはなれずにいた。理由は単純で、やはり自分の足でソフトを見つけ、状態を確認してから手にしたいと考えていたからだ。探す過程もコレクションの大事なステップで、それをすっ飛ばすのは何だかズルをしているように思えた。
 とはいえ、もはや背に腹は代えられない。ものは試しにと未所有ソフトを検索してみる。
 すると、あっけなく出てきた。それも手頃な価格で。
 狐につままれたような感覚だったが、ともかく入札をしてみる。

 結果的に、出費は想像していたよりもかさんでしまった。
 当たり前だがオークションである以上、落札するには他人よりも高値をつける必要がある。ひとりでもライバルが現れればもうそこは金で互いの頬を叩き合う戦場だ。ましてこちらは方々を探しても見つからなかった品を落とそうとしている身。絶対に引くことなどできない。

 落札こそできたものの、これは何でもかんでもと手を出していては資金がもたない。付き合い方を考えるほかなかった。おあつらえ向きに光希が探しているようなマイナー作品は競合する相手も少ない。常にタイトルを検索し、出てくれば全力で入札する作戦に切り替えていく。これには一定以上の効果があった。
 それにしてもパソコンに向き合ったままソフトを探せるのは便利だ。いつか市井のおもちゃ屋やゲームショップの在庫が枯渇する未来があったら、その時にはネットオークションが収集の主流になるのかもしれないな、などと光希は遠い未来を想像してしまうのだった。

 歩みは遅くとも、着実にコンプリートへと近づいていたある日。
 真琴から呼び出しを受けた。どうしても光希とチェリィに話しておきたいことがあるのだという。
 ここ最近、真琴はネットに姿を現わさなくなっていた。光希に連絡を取ってきたのも2ヵ月ぶりくらいだろうか。彼氏であるはずのコテツは方々の掲示板で新たなコレクターたちと交流を深めている様子を見るが、そういえば光希やチェリィと積極的に絡むことは少なくなっている。交友範囲を広げたいのだろう、そう思ってほとんど気にしていなかったが、考えてみれば真琴についてはまったく触れずにいた。
 何か、歯車が狂い始めている。
 久しぶりの真琴の呼び出しで、光希はそう思い至った。

「私は、コレクターの世界から身を引くよ」

 真琴の第一声はそれだった。やはり、という思いと、どうして? という疑問が光希の中でないまぜになる。隣にいる友人――チェリィはどうやら後者が勝ったようだ。詰め寄るような声で真琴に問いかける。

「なんでです!? 辞める理由なんて無いやないですか!」
「そう言ってくれるのは嬉しいよ。だけど、もう決めたことなんだ」

 踏み込むべきか迷う。だが、ここで聞かなければ真相は永遠に謎のままになるような気がして、光希は思い切った質問をした。

「もしかして、コテツさんが絡んでますか」

 
 沈黙。
 お前それ聞くんかよ!? というチェリィの心の声が聞こえてきそうなほどの静寂。
 長い時間のように思えたが、実際は1分と経っていなかっただろう。
 やがて真琴が口を開く。

「――その通りだ。私は彼と価値観の違いを感じた。それがコレクターから身を引こうと思った理由に繋がっている」

 真琴は続ける。
「君たちが“聖域”と呼んだあの店を、覚えているかい?」

 忘れるはずがない。真琴と初めて会った時に連れられて行ったあの場所は、新品同様のファミコンソフトが無数に眠る楽園だった。ここに居る3人とコテツしか知らないはずの。

「彼は今、関西に遊びに来たコレクターがいれば真っ先にあの店へ案内している。品揃えはずいぶん荒らされたようだ。おそらくもう目ぼしいものは残っていないだろうね」

 本当に穴場といえる場所は、たいてい仲間内だけで共有されるものだ。それは秘密を教えられる相手だと信頼した証でもあり、心無いコレクターに片っ端から買われないため、店に迷惑をかけないための防衛策でもある。コテツの行動はその暗黙の了解を破るものに思えた。

「彼の行動に気づいた時、私は聞いたよ。なんでそんなに簡単に広めるのかって。その答えに愕然とした。凄いコレクターだと思われたいから、だったんだ」

 確かにとんでもない穴場を他人に教えれば、コレクターとして尊敬も称賛も得られるだろう。光希が“聖域”を紹介してくれた真琴を一気に信頼したように。
 だが、光希の中にそもそもな疑問が湧き上がる。仮に周りに認められるような凄いコレクターになったとして、その先に一体何があるというのだろうか? まるでその疑問を読み取ったかのように真琴が続ける。

「聞けば彼の目標は、ゲームコレクター界のご意見番といったところだった。レトロゲームについてはあの人に任せればいい、という感じのね。そうして名が売れればいずれはTV出演だったり雑誌の寄稿だったりで金を稼げるようにもなる、と。私が週刊誌の取材を受けたのも影響したのかもしれないな」

 コレクターとして活動することが金や功名に繋がる。それは光希にとって考えも及ばなかったことだ。
 何故ファミコンソフトを集めるのかと聞かれれば、究極的には自己満足に過ぎない。たまたまネットを介して同好の士と知り合えたため孤独な趣味ではないと分かったが、それがなければ「自分がやりたいからやるだけだ」とずっとひとりで我が道を突き進み続けていただろう。それは周囲に認められることとは正反対だった。

「私はね、好きにゲームを遊んで、それを肴に同じ趣味の仲間と楽しめれば良いと思っている。金や名声などどうでもいい。趣味の世界なんだからね。だが、おそらく今後はそうも言っていられなくなる。あれだけゲームを熱く語っていた彼が功名に駆られてしまったように。自分自身が、周囲がそんな風に変節したとして、自信を持ってゲームが好きだと言い続けられるだろうか? ――そう考えて恐怖を感じたんだ。だから身を引くべきだと思った」

 真琴はいつだってゲームに対して真摯だった。そうでなければファミコンソフトを全て箱説付きの完璧な状態で集めようなんて考えもしないだろう。そんな彼女が出した結論だ。おそらく光希やチェリィがいくら説得したところで翻ることはもう無い。
 光希たちは無力だった。気持ちは同じでゲームをただ楽しみたいだけ。それだけで良かったのに、去ろうとする真琴を引き留めることすらできない。

「コンプリートという一区切りもついたし、私は心残りはない。あるとすれば――そう、君たちのことだ。先達として、仲間として一緒に歩めなくなることを残念に思う。まだまだファミコンには謎が多いからね、それを一緒に解き明かして喜びたかった」

 真琴が言う謎とは、ファミコンコレクターを続けていく中で必ず突き当たる壁だ。例えばファミコンソフトの総本数は一体何本が正解なのか。非売品ソフトは全部で何本あるのか。同じゲームでも細かな内容や外観が違う“バージョン違い”が実はあるのだがその全貌とは……。公式からの回答も絶望的で、誰も明確な答えが出せていない謎が至るところに転がっている。
 その謎を解き明かせるのはコレクターの地道なフィールドワークしかないのだ。どのゲームが面白くてどのゲームが希少なのか語っていたコレクターの声がやがてプレミアソフトを生み、大きなレトロゲーム市場までも形成したように。

「コウ君、チェリィ君。残される君たちに私が言う資格はないかもしれないが――“好き”を突き詰めてほしい。それが伝えたかったんだ」

 光希とチェリィは大きくうなずく。自分たちにコレクターとして、人として数えきれない教えを与えてくれた真琴の最後のアドバイスを噛み締めるように。

 数日後。
 真琴のホームページは、ネット上から綺麗さっぱり消滅していた。
 歯車が狂おうと、時は構うことなく容赦なく進み続ける。今の光希にできるのは、ファミコン全ソフトコンプリートという目標に向かって先に進むことだけだ。

 その日、光希は「おもしろ館」で値段を理由に購入をためらっていた未所有ソフトを数本まとめ買いした。財布的にはきついが、きっと弔いのような今の気持ちがなければ購入には踏み切れない。
「あなたが買う理由を作ってくれたんです」と言ったら、真琴はどんな顔をするだろう?
 いつか再び会うことがあったなら、そんな話をしたいと光希は願った。

 所有ソフトは1200本の大台を超えた。
 コンプリートまで、残りわずか。


→第13話


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