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ディレイ -ファミコン全ソフトを集めた男- #05(全13話)

#05 リップルアイランド

「次に行くべきは、やっぱり秋葉原かなぁ」

 何度目かの日本橋探索から帰宅し、ホームページの更新を終えた光希はひとりつぶやいた。あれから日本橋に行くたびに未所有のソフトを購入し続け、コレクションは順調に増えている。数えてみると500本を超えていた。ようやく全タイトルの半分弱だ。

 ホームページにアップした日本橋の探索記も確かな手ごたえがあった。始めた頃は1日数アクセスだったのが、最近は訪問者数が100に届くことも珍しくない。となればここは攻め時。さらなる記事の充実をしたいところだ。

 そこで思いついたのが、秋葉原へ行くことだった。
 西が日本橋なら、東は秋葉原。言うまでもなく日本最大の電気街であり、オタクなら一度は訪れてみたいと願う楽園地だ。もちろんレトロゲームを販売している店舗だってある。行かない理由が見当たらない。

「この機会に色々な人に会えたら、より楽しいだろうな」

 オフ会。憧れの響きだった。ネット上で交流している人達とリアルで会い、他ではできないファミコン談議に花を咲かせる。どう考えたって楽しいに違いない。ネットでのやり取りである程度どんな人か分かっているわけだから、きっと危険も少ないはずだ。
 光希は早速、ホームページの掲示板に東京行きを検討中だと書き残す。これでもし反応があれば、本格的に秋葉原ツアーを計画しようと考えた。

 1か月後。
 光希は幹線駅の深夜バスターミナルに立っていた。あの告知書き込みを見て、是非秋葉原で遊ぼうと声をかけてくれた人がいたのだ。そこから会う日取りを決め、すぐに深夜バスのチケットを確保した。前日深夜から東京へ向かい、着いたその日には再び深夜バスで関西に帰ってくる弾丸ツアーだ。そう気軽に行ける場所ではない秋葉原、少しでも多くの軍資金で楽しむには交通費を最低限まで抑える以外の選択肢はない。

 初めて乗った深夜高速バス。しかし光希は行きの時点でもう二度と使いたくないと深い後悔を抱く羽目になった。とにかく眠れない。普段とは違った環境が、固いシートが、後ろの席に座った客のいびきが、眠ろうとする体をことごとく邪魔する。途中休憩で立ち寄った深夜のサービスエリアには少し心躍るものがあったが、それ以外は地獄としか言いようのない行程だった。

 まったく疲れの取れない体を引きずり、降り立った早朝の東京駅。それでも合流の時間がだんだん近づくと、光希の心は高揚していった。ここまでは大変だったけど、きっと今日は忘れられない1日になるに違いない。


 午前中は時間をつぶし、光希は秋葉原駅へ向かった。駅前で待ち合わせ、秋葉原を案内してもらう予定となっていたのだ。改札前で待っていると、光希は声をかけられた。
「コウさん、ですか?」
 おそらく自分と同じくらいの年齢の男性。約束した相手だ――と光希は思ったものの、同時に違和感を覚えた。男性の後ろに、さらにもうひとり男性が立ってこちらを覗き込んでいる。おかしい、約束したのは1人だけのはずだ。
「はい、コウです。ところであの……後ろの方は?」
「ああ、友達を連れてきたんです。彼も僕らと同じでファミコンが好きなんですよ。きっと話が合うと思います」
 光希は複雑な思いを抱いた。突然見知らぬ人を連れてこられても困ると叫んでしまいたい気持ちと、でも趣味が同じならこれを機に仲良くなれるかもしれないという淡い期待。せっかく秋葉原まで来たのだし、ここは状況に流されることにした。

 最初の店へ案内してもらう。秋葉原駅を出て数分も歩かない場所に目的の「メディアランド」があった。細長いビルの6階まで全てがゲームショップで、その半分がレトロゲーム専門のコーナー。珍しいレトロゲームにプレミア価格をつけた最初の店として知られるが、同時に客を客とも思わない接客もよく話題に上がる。良くも悪くも個性が強く、光希にとっても秋葉原に行ったら必ず寄りたいと思っていた一店だ。
 さすがプレミアソフト販売の元祖というべきか、小さなフロアながら品揃えは充実していた。値段は日本橋とほぼ同じか、少し高めな設定。しかし光希が今まで見たことがないソフトが当たり前のように鎮座している。ファミコン再末期に発売された女児向けゲーム『なかよしといっしょ』などは存在自体が幻だと思っていたほどのレア物だ。値段もソフトのみで12800円と目玉が飛び出るほど高かったが。
 一方の接客については、これも噂通りだった。お立ち台のような少し高い位置に立った店員が、消臭スプレーを店内全体に振り撒いている。汗臭いオタクが密集しやすい狭いフロアだからこその措置だろう。失礼ではあるのだが、先に噂で聞いていたこともあって光希は本当にやっているんだと変な感心すらしてしまった。

 次に向かったのは、店舗ではなかった。歩行者道路沿いに勝手に開いたとしか思えない露店だ。決して綺麗とは言えないその店先に、何本かのファミコンソフトが並んでいる。
 一体何故……? と思いながら光希はソフトに目をやる。いかにも安っぽそうなプラスチックで作られたそれらは、あり得ないタイトル名を冠していた。
『ストリートファイターZERO2』
『真サムライスピリッツ』
『鉄拳2』
『スーパードンキーコング』。
 どれも本来はアーケードゲームやスーパーファミコン用で、ファミコンでは発売されていないはずだ。いや、ファミコンの性能を考えれば同じ内容が再現できるわけがない。なのに今、確かに目の前に存在している。
 カラクリは、聞けば単純だった。このあり得ないソフトたちはアジアの諸国で勝手に作られたゲーム――“パチモノ”と呼ばれるものだったのだ。もちろんファミコンの発売元である任天堂の許可など受けてはおらず、制作者も販売している者も訴えられたらただでは済まないような商品。何故この屋台が秋葉原では野放しになっているのだろうと不思議に思うほどに怪しい存在だった。
「こんなものまで置いてあるのか……」
 秋葉原の懐の深さに、光希は感服するばかりだった。

 続いて立ち寄ったのは「ソフマップ」。店舗自体は日本橋にも数多くあるのだが、さすがに秋葉原は一味違った。レトロゲームが販売されているフロアの奥、ガラスケースにとんでもない品々が眠っていたのだ。
 ファミコン本体と同時発売された『ドンキーコング』『ドンキーコングJr.』『ポパイ』から、再末期の『星のカービィ 夢の泉の物語』まで。ガラスケース内に任天堂が発売したファミコンソフトが所狭しと並べられている。しかも『ワイルドガンマン』『ダックハント』などで使われた光線銃、ゲームを立体的に表示するファミコン3Dシステムといった周辺機器まで完備。任天堂のファミコンでの歴史がケースの中に詰まっていた。しかもこれらは全部売り物で、その額しめて69万8000円。誰が買うんだと思いながらも、光希は秋葉原ならではのスケールの大きさを思い知らされた。

 その後も光希たちの秋葉原ツアーは続く。70年代~80年代のアーケードゲームが遊べるゲーセン「トライアミューズメントタワー」、レトロではないが海外のゲームが充実している「メッセサンオー カオス館」と「ゲームスアーク」。どれもが秋葉原まで足を運んだだけの価値はあると思わせる、他に替えの効かない個性に満ちた場所だった。

 楽しい。
 そう、そのはずだ。夢に見るほど憧れた秋葉原へやってきたのだから。
 しかし光希の心には、晴れない靄がかかっていた。

 理由は分かっていた。同行者との話がまったく弾まないのだ。元々光希はそれほどお喋りが好きなタイプではない。それでも同じファミコンという趣味を持つ相手なら話題に困らないだろうと考えていたが、あまりにも見ているものが違いすぎたのだ。
 決定的な断絶を光希が感じたのは『リップルアイランド』というゲームの話をしていた時だった。近い時期に『ドラクエIII』が発売されたこともあってリリース当時ほとんど注目されなかった作品だが、登場キャラクターのほとんどが動物という童話のような温かみある世界、その見た目に反してノーヒントの謎解きがいくつもある歯ごたえ十分な難易度、苦労の末に待っている真のエンディングと、その作り込みは隠れた名作と呼ぶにふさわしいアドベンチャーゲームだ。光希にとってもお気に入りの1本であり、その面白さを伝えようと話題に出した時、すれ違いは起こった。

「ああ、『リップルアイランド』結構高いですよね。まだ買ってないんです」
「あ、俺この前寄ったおもちゃ屋で500円で買ったよ」
「マジか!羨ましいなー。他にも掘り出し物ってあった?」
「あったあった。他にも『スウィートホーム』300円とか『暴れん坊天狗』が箱説付いて2000円とか」
「いいねー。あ、ちなみにコウさんはなんか最近いい感じの値段で買ったものありました? 関西は掘り出し物多いって聞きますし」

 違う、そうじゃない。
 光希は心の中で叫ばずにはいられなかった。
 買った値段の話をすること自体は構わない。安く買えれば自慢したくなるのは人の性だし、上昇を続けるプレミア価格も話題の1つとしては十分アリだ。しかし、こちらに来てからというもの金額の話しかしていない。あのソフトは高いだの、この金額なら抑えておくべきだのばかりで、ゲームを遊んだ話はまったく出てこずにいた。仮に光希が話を振っても、いつの間にか話題は価格の話へと戻っている。

 同じファミコン好き? いや違う。彼らの話には忘れられないゲーム体験やエピソードなど、自然に湧き出てくるはずの話題が一切出てこない。まるでゲームの価値にしか興味が無いと言わんがばかりに。

 向こうも価値観の違いを肌で感じたのだろう。オフ会相手は途中から光希と積極的に話すのを諦めたように、2人で相変わらず価格の話や、最近観たアニメの話題で盛り上がっている。クラスでグループを作るように言われたが仲良し集団の中に1人だけ入ってしまった時のような居心地の悪さを光希は感じるばかりだった。
 このままではまずいと誰もが思う中、カラオケに行くことが提案された。光希はほっとする。カラオケなら喋れなくても間は持つし、何なら仲良くなるきっかけも作れるかもしれない。一も二もなく同意した。

 オフ会相手とその友人が、次々に曲を入れていく。
 イントロが始まり、そこで光希は今日一番の困惑をする羽目になった。
 知らない。まったく聞いたことのない曲だ。それなのに2人とも当たり前のように状況を受け入れている。何だこれは、何だこれは。
 歌われている曲は、アニソンだった。それも都内の深夜帯で放送されている、かなりのアニメ好きでないと知らないような曲だ。アニメといえば小学生の頃に見た藤子不二雄作品で止まっていて「ガンダム」や「エヴァ」すら観ていない光希に分かるはずもない。
 この状況で何を歌えばいいんだ、と光希は苦悩するほかなかった。しかし考えている間にも順番は迫ってくる。仕方なく、光希は普段歌っている流行りの邦楽をチョイスした。しかし歌い終えた後待っていたのは、冷ややかな目。なんで空気読んでアニソンを歌わないのか、との声が聞こえてくるようだ。
 全身を貫通するような針の筵。早く時間が過ぎて欲しいと光希は心から願った。しかし願いをあざ笑うかのようにアニソンメドレーは続いていく。しかしそんな中、光明が見えた。光希も知っている邦楽アーティストの曲がリクエストされたのだ。ここぞとばかりに光希は歌い終わりに声をかけた。
「この曲いいですよね! このアーティスト、好きなんですか?」
「いやそこまでは。最近出たRPGの主題歌だったので」
 決して埋められない溝を目の当たりにし、光希は絶望した。彼らは自分が良いと思ったから選曲したわけではない。それがアニメやゲームの関連曲だから、それ以上の理由などないのだ。

 繰り返される価格の話。
 そして曲のチョイス。
 光希は彼らとの間に感じたズレの理由が分かった気がした。彼らが重視しているのは他よりも安い、仲間内で流行っているといった揺るぎない既成事実なのだ。
 みんなが認識済みの事実に乗ることには安心感がある。爪弾きにされず、それなりに楽しい。光希自身、高校や大学ではそんな風に周りの空気や流行りに合わせて波風立てることなく過ごしてきた。
 だが、ここは趣味の場だ。まして星の数ほどあるゲームの中からわざわざファミコンを選んだような変わり者の場だ。当たり障りのない返答なんて求めていない。同意できたって衝突の原因になったって構わない、自分の嗜好をさらけ出して深いところで通じ合いたいのだ。それを望むべくもないことが、光希には何よりも哀しく残念に思えた。

 気が付けば光希は帰りの深夜バスに揺られていた。分かり合えないしんどさと、秋葉原での戦利品を抱えて。


→第6話


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