ディレイ -ファミコン全ソフトを集めた男- #04(全13話)
#04 メタルスレイダーグローリー
ホームページの作成は、困難を極めた。
本当にいちからホームページを作ろうとすれば、HTMLという専用構文を学んで文章を打ち込んでいく必要がある。しかし光希はプログラムの知識なんてまったくないため、はなからこの方法は諦めた。専門知識を必要としない制作ソフト『ホームページビルダー』を購入することからスタートしたのだ。
だが、それでも難しい。別ページへのリンクを張ることも、文字の大きさを変更することも、いちいちつまづきの連続だった。ビルダーとは名ばかりで、スクラップ&ビルドの繰り返しでようやくおぼろげな形が見える。
一方でコンテンツのアイデアは光希の中に有り余っていた。むさぼるようにファミコン関連のホームページを見たおかげで、自分ならこうする、これは自分でもやってみたいというネタが大量にストックされている。
ひとくちにファミコン系サイトといってもその中身は千差万別だ。光希が最初に根城にした場所のように盛況な掲示板がメインだったり、ひとつのゲームへの徹底的なやり込みが売りだったり、圧倒的な物量のゲームレビューを誇っていたり、コレクションの披露に力を入れていたり……。どれもがホームページ管理人の個性が色濃く映し出されていた。それが刺激になり、こんな風に自分だからこその発信をしたいと制作の手が止まりがちな光希を後押ししてくれていたのだ。
「せっかくホームページを作るからには、多くの人に見てもらいたいな。そのためには他にないコンテンツを作って目立たないと……」
目立つ?
今、自分は目立とうと考えていた?
できる限り波風を立てたくなくて、ファミコンソフトを集めていることを周囲にも隠していた、こんな自分が?
同好の士がいることは、認めてもらえるかもしれないって希望は、こんなにも心強いものなのか。
苦労の末、何とか公開までこぎつけた光希のホームページ。
その訪問者数は悪くないものだった。レンタルで設置した掲示板での訪問者の書き込みを見る限り、コンテンツの評判も上々に感じる。特にファミコンソフトを探索している時に見かけたお店やちょっとした事件を書き記した“探索記”は、面白いとの声が多かった。
「なるほど、これは探索記を中心に据えていくのがいいか」
運営の方針は決まった。だが、問題はネタが続くかだ。ソフト探索には相変わらず足繁く通っていたが、そんなに都合よく毎回変わった成果物やお店に出会えるわけがない。いずれ書くことが枯渇するのは目に見えていた。
だったら――逆に考えよう。面白いお店や変わったソフトがある場所を探すのではなく、確実にそれらがある場所へ自分から赴けばいい。そんな可能性がある所といえば。
「日本橋!」
電撃のように閃く。光希は今まで一度も行ったことこそなかったが、西の電気街と名高い地、きっと何かがあるに違いない。
ネットのゴールデンタイムである深夜帯だったが、その冴えた思いつきに光希は今すぐ大阪へ向かいたくなるほど高揚していた。
“ミナミ”と呼ばれる大阪指折りの繁華街・難波と、通天閣が屹立する新世界。その中間に日本橋はある。正確には日本橋の隣駅である恵美須町周辺が電気街になっており、メインストリートの“でんでんタウン”には「ソフマップ」「スタンバイ」のパソコンショップ2大巨頭、「ニノミヤ」「中川ムセン」「喜多商店」などの家電量販店から、一見には用途すら分からない電子パーツを販売する小規模店までが軒を連ねる。そこにビデオソフトの激安販売、鉄道模型、果ては仏壇屋まであり、雑多としか言いようがない街並みだ。
地下鉄恵美須町駅から地上に出て、光希はその街並みの情報量に圧倒された。ここなら何でもある、有無を言わせずそう感じさせるだけの雰囲気があったのだ。
目移りせずにはいられない。だがあくまで目的はひとつだ。ファミコンソフトが売っている店を探し、未所有のものがあれば購入する。そして可能ならホームページ更新のネタにもする。
行き先はすでに決めていた。この日本橋にはレトロゲームを専門に扱う酔狂な店があるとネットで情報を得ていたのだ。
店の名前は「もんきち」。雑居ビルをエレベーターで上がり、扉が開くとそこには桃源郷としか言えない景色が広がっていた。
「凄ぇ……! 一体何百本、いや何千本のゲームがあるんだよ、ここ!」
ワンフロア丸々使ったゲームショップ。棚にも壁にもゲームソフトがこれでもかと並べられており、さらに入りきらなかったソフトは床に置かれたダンボールの中にまで雑然と放り込まれている。しかもプレイステーションやセガサターン用ソフトすらその中にはない。あるのはファミコン、PCエンジン、メガドライブ、さらにそれより以前の電子ゲーム……。まるで80年代のゲームショップが店ごとタイムスリップしてきたかのような、時間の流れが完全に止まった風景が展開していた。
はやる気持ちを抑えつつ、光希は棚の端からソフトを物色していく。さすがの物量だけあって、今まで見つけられなかったファミコンソフトも次々確認できた。
「でもこれ、ちょっと高いな……」
物色を続けるうち、気づいた。明らかに光希がこれまで探索してきたゲームショップ達よりも高めの値段設定なのだ。かつて光希が480円で買ったソフトが、ここでは980円や1480円。これまで見てきた店が捨て値販売だったからといえば実際その通りなのだが、何だか下手にここで買っては損するような気持ちがあった。
それでもいくつかの未所有ソフトを手に持ち、光希はレジへ向かう。その時、レジ横に巨大なガラスケースがあることに気づいた。中には何十本かのソフトが綺麗に陳列されている。何気なく眺めていると、光希は驚愕で購入前のソフトを取り落としそうになった。
「に、2万5000円!?」
とてもゲームソフト1本の値段とは思えない。だが、間違いなくその金額の値札が1本のファミコンソフトに貼ってある。常識外れな価格と化していたのは『メタルスレイダーグローリー』というゲームだった。実物を見たのはさすがに初めてだったが、存在自体は光希も知っている。ファミコンの性能を限界まで引き出したと高い評判を得たものの、長い開発期間が災いしスーパーファミコンが脚光を浴びる中でひっそりリリースされたためほとんど市場に出回らなかったという、まさに隠れた名作と呼ぶべきアドベンチャーゲームだ。
よく見れば、高額タイトルは他にも何本かある。パステル調のグラフィックと辛口難度のアクションが特徴的なファミコン末期の秀作『ギミック!』は9800円、カセットテープが付属する『アテナ』は12800円、自由にクエストを選べるファミコン時代には先進的すぎたシステムのRPG『ダークロード』は8800円……などなど。いずれも箱や説明書などまで綺麗に揃えられており、中古のはずだが傍目には新品としか思えない良コンディションだ。
「これがプレミアソフトってやつか……」
1200タイトルを超えるファミコンソフト達は、当たり前だがすべてが数十万本、数百万本と景気よく売れたわけなどではない。大半はほとんど話題にもなることなく埋もれていった。だが、何かのきっかけ――例えば前述の『メタルスレイダーグローリー』のように耳目を惹く逸話と出来の良さが知られた場合など――があれば、マニアを中心に需要が高まる。しかし元々多くは出荷されていないうえ、ファミコンはすでに展開を終了したゲームハードであるためソフトの再生産なども絶望的。需要は急激に高まったが、供給は少ない。すると高い値段でも欲しがる人が出てくるのは世の常だ。こうしてレトロゲーム市場には、本来の定価すらも余裕で超えたプレミアソフトが生まれる。
プレミアソフトが並ぶガラスケースの中には、光希がすでに安価で手に入れたタイトルもあった。自分の選択眼が認められたようで、それはちょっと嬉しく感じる。しかし、喜んでばかりもいられない。このケースに入っていて自分が未所有のソフトは、ファミコンソフト全部を集めようと思うなら避けては通れない壁だ。いずれ何らかの手段で手に入れなければならない。
根気よく安いものが出てくるまで探すか、それとも大枚はたいてプレミア価格で買うか。悩ましき命題はひとまず保留とすることにした。今はまず所有ソフトを増やすことが大事だ。ここ日本橋なら、まだまだ見たことのないゲームが眠っているはず。「もんきち」を出てでんでんタウンの通りに戻ると、光希は次の店へ向けて足早に歩き出した。
→第5話