【エッセイ】喫茶店のピリついた店主と絶品フード
ふとした心の動きがシナプスを増やし、"あの瞬間"として脳に長期記憶される。
仕事、恋愛、旅、日常、生きること全ての瞬間。
寸前のところで逆転したあの試合も、ショッキングだったあの一言も、知らないだれかに助けられたあの旅も、地獄の空気椅子を命じられたあの頃も。
感情を強く揺さぶられた場面は、良くも悪くも忘れられない思い出になる。
そうして2024年の梅雨の時期、とある喫茶店で新たな長期記憶が刻まれた。
2泊3日のひとり旅にて
僕はライフスタイルYouTuberとして、日常から旅まであらゆる動画を作っている。
6月21日に旅行撮影の一環で、大分駅から少し歩いた商店街にある喫茶店に行くことにした。
10時半ごろ喫茶店前に到着。
店は2階に構えられているようだ。
階段を上がって戸を開けると、目の前でカウンターで雑誌のようなものを読んでいる店主が目に入った。
僕が挨拶をすると、チラッと僕を見るなりどこか不満げな表情のままゆっくりと席を立った。
僕は無意識の中で「ミスったな」と思いながら、奥のテーブル席へ向かう。
他の客はいないようだ。
窓が解放されていて、すぐそばで聞こえる工事の騒音が、轟音と思えるほどに強く鳴り響いている。
店主を呼びつけ、注文を始めた。
アイスコーヒーに加えて、適当に美味しそうなフードの写真に指をさす。
「セットはこれでおねが・・・」
言い終わる前に、素早くそっけない動作でメニューが下げられ、作業に取り掛かった。
店主の発する空気からは静かな苛立ちを感じたが、その空気に飲まれては食事を楽しめなくなると思い、その時は何も考えないようにした。
今あえて推察してみると、ゆっくりできるいつもの時間に来られたことへの苛立ちだったのかも知れないし、そもそも常に苛立っているのかも知れない。
5分ほどして、コーヒーと一緒に美味しそうなホットサンドが運ばれてきた。
淡々とテーブルに乗せる。
用を済ませ、店主が厨房に戻っていった。
「よし、食べるか。」
パンはこんがり焼けて少し焦げ目がついている。
早速食べてみると、ザクザクの生地を貫いて、そのあとにジュワッとしたモノが口の中に浸透した。
肉汁溢れるジューシーなひき肉、細かくスライスされたオニオン、それにモッツァレラチーズが絡み合っていた。
咀嚼していると、スパイシーカレーのような風味も広がりはじめた。
「なんて旨さだ・・・これはウマい・・・」
あの冷徹さからは想像しがたいほどの繊細さを感じ、そのギャップに評価がガツンと上がる。
不覚にも感情が揺さぶられたのだ。
普段は高級料理や美食といった類とは無縁の生活を送っているが、初めて「ゆっくりと噛んで味わいたい」と思ってしまったのだ。
外面はガサツでも、中身は洗練されている。
古き良きラーメン店のような、そんな抑揚だ。
行列ができるほどウマいラーメン店には「店員が差し出したドンブリを見るなり、スープに親指が突っ込まれていた」なんて話をよく耳にするものだ。
そんな具合で絶品フードを味わっていると、僕がコーヒーフレッシュを使わないことを比較的早い段階で判断した店主が、テーブルからスッと引き取って厨房へ戻した。
戻しに来るにはかなり早すぎる気もしたが、もはや店主の抑えられない気質がそうさせているのだろうとも思った。
店主の動きが気になりながらも食べ終わり、コーヒーを飲み干した。
少しゆっくりしたい気持ちも思ったが、外から聞こえる工事の騒音と、店内の殺伐とした空気に落ち着けず、そそくさと席を立った。
会計が終わってすぐに「あのフードはなんて名前ですか?」と、つい気になったため聞いてみた。
「ミートロール」
「ミートロールですね、美味しかったです」
「・・・」
店主が仕方なさそうにコクリとうなづいた。
店を出て早速Googleで検索してみたが、「ミートロールサンド」だとなぜかお子さま用ロールパンの画像しか出てこない。
少しワードをずらして調べると、「ミートローフサンド」だということが判明した。
あれは僕の聞き間違いではなかったはずである。
確かにあの店主は、僕の復唱を聞いて頷いたのだ。
なんと言えばいいだろうか、その乱雑なスタイルに気持ちよさまで感じてきた。
あの美味しさを超えて、むしろあの憎めない店主が記憶に残るだろうと僕は確信した。
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