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【掌編小説】チンピラ

 間もなく四十になろうというのに、俺はチンピラだった。正式な盃は貰えず、アダルトグッズ店の店長におさまっている。表向きはグッズを販売していることになっているが、裏では薬物を売買していた。警察の手入れが入れば俺が真っ先に引っ張られる。組は助けてくれない。使い捨てだ。あくまで俺個人が経営していることになっているからだ。
 警察は組が経営していることはもちろん知っているが、知らぬ顔だ。警察とヤクザは凭れ合い。俺のようなチンピラを挙げることで警察としての使命を果たしたと世間にアピールしている。組としても俺を差し出すことで警察の面子を保たせることができ、また、自分たちも見逃してもらえる。まさに凭れ合い。
 俺は今まで何度もブタ箱に入っている。だが、入ったからといって組から褒められることも盃が貰えることもない。それまで通り、アダルトグッズ店の店長におさまるだけだ。そしてある程度月日が流れると、警察の手入れが入り、俺はしょっ引かれる。つまり俺は、組の警察に対する中元、歳暮の類であり、警察にとっては点数稼ぎの材料だった。
 だが俺は、今の仕事、立場から離れることができなかった。他の仕事が見つかるとも思えないし、続くとも思えない。今さら半グレなんてできない。だから俺はこの歳になってもチンピラを続けている。
 そんな俺も最初からチンピラになろうと思っていたわけではない。この世界に入る人間の例に漏れず、俺は幼い頃から気が荒く、悪事という悪事に手を染め、少年院を出たり入ったりし、親からは見捨てられ、当然のようにこの道に入った。俺は自分で自分のことをエリートだと信じ、ドラフト一位だと思っていた。
 当時は暴対法などなく、半グレなども存在せず、イケイケヤクザが幅を利かせており、彼らは俺の目にはヒーローに映ったものだ。そして信じていた。俺はヒーローになれると。
 しかし、俺のような怖いもの知らずは逆にヤクザには向いていなかったようだ。いつ上に牙を向くかもしれず、また、その気性のせいで外と激しくやり合い、組を破滅へと追いやりかねないからだ。だから俺は、一度も部屋住みをさせてもらうことなく、盃を貰えないまま今まできてしまった。
 同じ時期に組の門を叩いた者の中には若頭になっている者もいる。分家の親分になっている者もいた。彼らは皆、少しだけ臆病で、頭が切れ、商才に長けていた。いわゆる武闘派ではなかった。
 そう、今や武闘派ヤクザなど存在しない。荒事をするのは半グレどもに限られている。あるいは、闇バイトで雇われた素人たちか……。
 俺は古いタイプだった。だからこそ、今まで冷や飯を食わされてきたのだ。かといって、今さら半グレになどなろうとは思わない。
 若い頃になぜ、俺を鉄砲玉に使ってくれなかったのかと今でも思うことがある。鉄砲玉から出世した人間など未だかつていないが、たとえ使い捨てであっても今よりはマシだ。同じ使い捨てなら鉄砲玉の方がよかった。しかしこれといった抗争もなく、揉め事は話し合いと金で解決するという現代ヤクザの世界では、鉄砲玉すら不要だった。
 俺は諦め半分、苛立ち半分のまま、この二十年という年月を過ごしてきた。だが最近、自分の子供くらいの年齢の部屋住みの幹部候補生に顎で使われ、時には尻を蹴り上げられ、罵られると、沸々と湧き上がってくるものがあるのだ。そしてそれを時々抑えきれないことがある。アダルトグッズ店の店長の陰で忘れていた凶暴な自分が姿を現すのだ。その時は店の裏へ行き、ポリバケツやビールケース、スナックの看板などを蹴り飛ばし、何とか抑え込む。
 このままでいいのかという声が聞こえてくる。このまま歳をとっていっていいのかという疑問も浮かぶ。だが、俺はその声やその疑問を押え込んだ。俺にはこういう生活しかないのだと自分を諭しながら。
 だが、もう限界が近かった。心の中から諦めが消え、いつしか苛立ち半分、暴力への衝動半分が心の全てになっていた。
 そんなある日、組から電話が入った。「明日、手入れだから。わかっていると思うけど、ウチとの関係を連想させるものは処分しておくこと」と、部屋住みのエリートはまるで子分に命じるように言った。
 俺の心が暴力への衝動だけになった。今こそ、俺は俺のために鉄砲玉になる時だと思った。殺されるかもしれない。いや、間違いなく返り討ちにあうだろう。だが、こういう生活を続けるくらいなら、死んだ方がマシだ。最後にパッと咲いて散った方がいい。
 俺は道具屋横丁へ行き、出刃を買った。買ってから笑いが漏れてきた。俺はとことん古いタイプの男だと。ネットで拳銃が買える時代に、出刃……。だが、俺はそれを懐に忍ばせ、組事務所へ向かった。足を踏み入れることも近づくことも許されていない場所へと足を向ける。
 死ににいくのだ、俺はそう呟いた。最後はチンピラらしく殺されよう、そう思った。だが俺は死ぬ前に生きるのだ、そう感じていた。ついさっきまでの死んだような生活にオサラバし、俺は生きるのだ。一瞬後には殺されるだろうが。
 だが、それで充分だ。満足だ。最後の最後にチンピラらしく生きることができて……。
 そう、俺は、ガキの頃から憧れ続けたヒーローにようやくなれるのだ。
 俺は一度ニヤリと笑い、繁華街を肩で風を切り、組事務所へ向かった。
                     
                               (了)

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