【後書き②】デビュー作の完成に6年半もかかってしまったわけ
※この文章は2023年5月刊行の小説『おかげで、死ぬのが楽しみになった』の後書きです。
自分が優柔不断だということだけは、迷わず言える。
ファミレスでのメニュー選びの場だったら、そんな性分も笑っていられるのだけれど、小説の執筆に関して言えば、大問題だった。
なぜなら小説を書くという行為の大半は、「決める」ことだからだ。
登場人物の名前、年齢、性別、職業、家族構成、住んでいる場所、容姿、性格、口調、趣味、こだわり……。人物ひとつとっても、決めることは山ほどある。しかもキャラの人数分だ。それに加えて、そもそものストーリー展開や、人物同士の関係性、過去に何があったのか、なども決める必要がある。
細かな設定を考えることが小説執筆の醍醐味であることは重々承知している。ゼロから己のさじ加減で世界を紡いでいけることは至極の喜びでもある。
しかし、それにしても圧倒的すぎる自由が作者の前には広がっていて、度々、僕は戸惑ってしまった。
例えば、シャイニングのメンバーである宮瀬の職業。
当初、彼は写真家という設定だった。妻の悠子はアシスタント。協力し合っていた2人だが、悠子が先に写真賞を取ったことから関係がぎくしゃくしていく……みたいな感じだ。でも書き進めていくうちに、撮影つながりで「宮瀬が映画監督で、妻の悠子は主演女優」というアイディアを思いつく。その場では決めきれず、とりあえず映画監督バージョンも書き進めてみる。すると今度は、女優が浴びるスポットライトから連想し「ファッションデザイナーとトップモデルだったら?」と浮かび、さらには「宮瀬がメイクアップアーティストでもありか?」と選択肢が増えていく。そして困ったことに、どの案もある程度まで原稿を書いてみないと検討のテーブルの上にはのらず、いざ並べてみたところで、どれが面白いのか余計に迷ってしまうのだ。
結局、宮瀬が美容師に落ち着くまでに、半年はかかってしまったと思う。
一事が万事こんな感じ。
シャイニングのメンバーを増やしてみたり(巣立の穴を埋めるべく、ネットで募集して70歳の新入りが加わる展開もあった)、全員の年齢を80歳に引き上げてみたり、引間を女性団員にしてみたり、巣立の迷言を「オールド・ビー・アンビシャス」に変えてみたり、あらゆることに僕は迷い、悩み、そのたびに原稿の完成は遠退いた。
何パターンも書いたあげく、結局は最初の設定を採用したなんてこともざらだったし、逆に設定を変えたところは、関わる登場人物たちの言動や考え方もすべて変わるので、大幅な加筆修正が必要になった。
そして気づけば、6年半もの時間が過ぎていた。
今も僕のパソコンのメモ帳には、迷ったあげく使わなかった多くの設定と膨大な量の文章が残っている。
それを目にするたびに、ずいぶんと遠回りをしてしまったなと反省する。一旦設定を決めたなら、初志貫徹で物語を書き進められる人に憧れもする。
ただ、小説家として歩み始めたばかりで、何かの賞や誰かの推薦という後ろ盾がない僕にとって、
これだけの時間と文章を費やして迷い抜いたという事実が、「この本を読んでください」とあなたに胸を張って言うための、唯一の拠り所だったりもする。
6年半かかってしまったことは決して褒められたことではないけれど、僕にとっては必要な時間だったのだと思う。
今もまだ、自分の思いつきを素直に信じることはできない。もっと面白い設定や展開があるのではと、いつも感じる。
だからまた迷う。きっと次回作も相変わらず時間がかかるはずだ。(さすがに期間は短縮したいけど)
でも、そんな優柔不断な自分に対して、これからも誠実でいたいとは思う。
今回も迷うことから逃げなかった。
その手応えが、僕が小説を書き続けるための原動力なのだから。
photo 雨樹一期
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