Your bouquet you
First Day
ホントにここから入れんのかな。
カラトは目の前の、ただの建物の壁にしか見えないものを見上げた。
そのまましばらく考えていると、少し左辺りの思ってもみなかった壁が開き、青みがかった黒髪がひょいと顔を出した。
「バカ!そんなとこにボーッと突っ立ってっとバレんだろ!」
カラトが近くまで寄ると、急いで中に引き入れた。
建物の側壁だと思っていたのは、屋根付きの壁だった。
入ると中庭になっており、同じような高い壁にコの字型に囲まれている。
壁際の庭木エリアにベンチや陶器の置物、ハンモックなどがある。花はなく、よく手入れされた芝生が夕日を反射させていた。
ガーデンテーブルセットが置かれているのは庭に面したテラスだ。
テラスに出られる窓は出入り口になっているらしく、左端からレースのカーテンが靡き出ている。
「いーとこ住んでんねえ」
中庭を横切りつつ言うカラトに
「俺を幻覚提供してくれる便利なヤツくらいに思ってるだろ。これでも売り出し中のボス候補なんだよ」
いつも通りの不機嫌さで答えると、開いている窓から部屋に入った。
部屋もまた、ちょっとした貴族くらいには豪華だ。
赤いフカフカの絨毯に天蓋付きのベッド、凝った作りのサイドテーブルはアンティークのようだ。
壁に2つあるドアの一つは衣装部屋で、もう一つはシャワールームらしい。
窓横の壁際にある事務机と椅子のセットだけが機能的で、異彩を放っていた。
ジャンニは窓に鍵をかけカーテンを閉めている。
その服装は白シャツとスラックスだけの簡単なもので、背中からは天秤を持った女神のタトゥーが透け見えていた。
フワリとシャボンの香りが漂っていたので聞いてみた。
「風呂入ってたんだ」
「兵隊借りた金の代わりだからな」
隙間なく閉まったカーテンを確認しながら言った。
「なら、お前が面倒じゃねえように色々準備しとくのがスジだろ」
「へえ。それなら」
カラトは言い、自分より大柄な体に抱きつくようにしてジャンニの腰に手を回す。それを、これから使う予定の部分に滑り下ろした。
「ここももう、準備万端なわけ?」
体が少し強張ったのは、快感だけと言うわけではなさそうだ。
服の上からでも、十分に準備をしたそこを触られれば少し快感は走る。
その一方で、心にドロリとしたものが流れてゆくのを感じていた。
外でなら、こっち側だっていくらでもできる。
だが、閉鎖された空間で抱かれるのなどいつぶりだろうか。
いつからなのかもう忘れているぐらいなのに、自分でもそんなに覚えていると思っていなかったのに、シャワーを浴び準備をする途中、何回も時が止まった。
ストリートチルドレンというのは誰でもそういう経験をする。トラウマというほどのこともない。だが本を読んでいて同じ文章を辿ってしまうように、何度も思い出してしまう。
年上の少年たちに体を拘束され、あるいは誰かに急に殴り倒され、生きているトイレのように好きに処理に使われた日々。
場面が浮かぶわけでもない。
だが不快だという感触が生々しく、嫌な風のように自分を抜けてゆく。
それだけだ。それだけのことなのだが。
「ちゃんとこっち側すんの久しぶりだからな。お前が満足いくかわかんねーぞ」
回された手をそっと外し、ベッドに向かった。
ベッドヘッドに寄りかかると、カラトは伸ばした膝にまたがって座った。
軽いなと思っているジャンニの顎をちょっと持ち上げ、調べるように見る。
「意外と緊張してる?どっちも慣れてそうに見えたんだけど」
言って、サイドテーブルの上の物を見た。
「良いものあるじゃーん」
嬉々として言うと、半分くらい残ったジンを瓶から直接口に含み、口づけながら口内に流し込んできた。
否応なくゴクリと飲み込むと、40度以上あるアルコールが喉を焼き食道を焼く。胃がジワッと熱くなった。
「もうちょっとかなー」
制止する間もなくまた同じことをすると、自分の口からこぼれた物を拭い、ついでのようにジャンニの口からこぼれたものを舐め上げた。
この流れなら当然とばかりに、首筋にキスを落とす。
思ったより優しく柔らかい唇に、思わず声が出た。
溶けたチョコが首筋を流れてゆくような感覚が胸までたどり降りて来ると、体に力が入る。
敏感な部分を服越しに甘噛みされ、小さく走った電流に首を仰け反らせた。
片手は枕を、もう片手はベットヘッドを掴むのだが、膝の上に乗られている下半身が思うように動かせず、うまく力を逃がせない。
気づけば上半身が徐々に脱がされていて、手は胸をまさぐり舌では傷跡を辿っていた。
形のある快感が肌を蹂躙する。
快感はしばらく留まるとトロリと溶け、心地良さになる。
そういえばこいつは、薬なんか使わないと言っていた。
確かにこれは、そんなものを使った時には味わえない快感だった。
心地良さは体に溜まり続けると滲み出て、表皮を覆うのだろうか。
やがて、どこをどう触られても気持ちよくなって来た。
指と唇がたどる軌跡が、切なくて甘くて苦しい。
体を起こしていると、競り上がってくる快感に対抗できる力が削られる。
横になりたい。
「そこ…っ、どけろ」
足の上のカラトを手で払って避けようとしたが、その間にも与えられている刺激に服を掴んでしまい何もできない。
「一回イッちゃおうか」
楽しそうに見上げると足から降りた。
間に座り、服と下着を一緒にずらす。
「わ、すっげえトロトロじゃん」
と、出てきた物を喉まで咥えた。
「ちょ…っ、待て!待てって…!」
言っているのに喉奥まで締め、緩急をつけて動かし続ける。
こいつ、こんなに飲み込んで吐きそうにならないんだろうか。
それにしても、むちゃくちゃ上手い。訓練された高級娼婦並だ。
意識を他に逸らそうとしても強烈に引き戻される。
これは無理だと抵抗するのを諦めた途端に、放出感が駆け上って来た。
イク…っ
片手でカラトの肩を掴み、もう片手の腕で口を塞いだ。
「…っ、ん…っ、んっ」
全てが絞り出されると、ベッドヘッドに体を投げる。
「っは、あ、…はぁ」
そのままズルリと枕に滑り落ちるとティッシュがある場所を指し示した。
「…悪ぃ。口のヤツ出せよ」
言ったのに口の中のものはなくなっているようで、
「疲れてんね」
唇をペロリと舐めて笑うカラトに思わず言ってしまった。
「お前…!何飲んでんだよ!」
それには答えず、
「これで集中できるでしょ。これからが長いからさ」
言うと、下の服を完全に脱がせながら、流れるようにバックの体勢にする。
「何回イケるかな」
潤滑剤まですっかり準備ができているそこに、指を滑り込ませた。
「…も…いいって…。もうイけねーよ」
言うのとほぼ同じ回数、嘘みたいに何度も昇り詰めている。
「まだ大丈夫でしょ。さっきなんか意識飛ばしながら喘いでたじゃん」
トんでるのかトんでないのかわからないぐらい意識がぼんやりしていた。
なのに、隈なくたどる指が何本でどこを探っているのかわかるくらい、体内の狭い空間だけが鋭敏だ。
そう、まだ指だけなのに。
「そこ…あ、そこ触るの…ヤバい」
膝をついていられず力が抜ける腰をまた持ち上げられ、同じところを探られる。
「あっ…あ…っ、カラト…イクっ。またイク…っう…っ」
意識の糸がスウっと抜かれ途切れる。そしてまた、フワリと戻る。
目が覚めると正常位になっていた。
両手を、溺れる者が掴む何かを求めるように伸ばす。
「もう…勘弁しろ…保たねぇよ…」
その両手に素直に抱えられてくれたカラトが体を離す。
待ち望んでいた言葉を続けた。
「挿れるよ」
ゆっくりと体に埋められてゆくそれは、足りないピースが補われてゆくようだ。全く異物感のないものが、当たり前に体に馴染んでくる。
抱かれるというのはこういう物だっただろうか。
自分は処理道具だからと感覚を切ることでもなく、それでも自分なりに快楽を得ようと努力することでもなく。
そういう、自分と自分ではないものとの、生身同士であるというだけの無機質な関係なのではなく。
自分と相手を分けるのが無理なほど一体になり、
体と心がピッタリとたっぷりと満たされて。
温かい大きな波とうねりに、一緒に飲み込まれてゆくこと。
快楽の果てが、こんなに感動に似たものだとは思わなかった。
限界まで満ちた快感が弾けた時溢れたのは、声だったのか涙だったのか。
今この世でただ一つの頼りを抱きしめて、恐ろしいほどの絶頂に駆け上りながら、ジャンニは本気で叫んだ。
「…カラト…っ、死ぬ…っ!」
白いシーツに褐色の肌と黒髪は良く映えると思う。
…などと思うのは、隣のマフィアが枕を抱えて顔を埋め、頭の半ばほどまで布団に隠れているからだ。
「可愛かったって褒めてんじゃん」
「もうその話はいい!」
顔を上げずに言ってくる。
「ほら、声かれてる。あんなに大声出すから」
「知らねー。覚えてねえ。元々こんな声だ」
さすがにそれは無理がある。
「むっちゃ乱れてやらしかったよなー」
近づいて耳元で言うと、抱えていた枕で殴り、
「俺に近づくな!」
言ったついでに、逃げるようにベッドから降りた。
耳まで赤い。
元々着ていた服を着だしたので、尋ねてみた。
「どっか行くの?」
「お前がうるせーから酒でも買いに行く」
カラトは時計を見た。
「夜中だけど」
そして、からかうように続けた。
「いいよ、行っても。その歯形とキスマークついた首で」
言われた瞬間、運動神経を生かした素晴らしいダッシュでバスルームに駆け込む。
すぐに怒鳴り声が聞こえた。
「お前っ!これどーすんだよ!!こんなん凄みも何もねーだろ!」
くっそ、とんだ営業妨害だよ。
ブツブツ言っているのでカラトもバスルームに行き、背中に抱きついた。
今度は体に力が入るようなこともない。
1人微笑んだカラトは抱きついたまま言う。
「いーじゃん今日は休めば。体ドロドロだから、このままフロ入ろうよ」
肩越しに振り返ったジャンニはちょっと考え、無言でバスタブの蛇口に手を伸ばした。栓をして湯を溜めだす。
「首こんなだし仕方なくだからな。言っとくけど、絶対何もして来んなよ」
「…一緒には入るんだ」
とのカラトの呟きは、聞こえたのか聞こえなかったのか。
ただ、
「それってフリなの?」
と言った言葉には
「フリじゃねえ!!」
としっかり答えたジャンニなのだった。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?