プリパロ3
(トプ画はカヲル‼️様。全体絵は以下に↓)
(1)
「CLOSED」の札がかかった店のドアを開けるとザカムが立っていた。
出前用の岡持ちに入っているチャーハンとスープを出すと、
「ん」
とジャンニに渡してくる。
駅での出来事の次の日はたまたま店休日だった。
昨日のことばかり思い出し何も喉を通らなかったが、飲食物を何とか体に押し込んでいる内に、どうにかこうにか元の調子が戻って来た。
一人でいるから気が紛れないんだろうといつも通りに店を開けることにし、朝から今日用のお菓子やケーキを焼いていたのだが、吐き気が収まった分、今度は別の問題が目立って来た。
怪物に襲われた後の感じ。
服が擦れるだけで快感が過ぎるあの感じが蘇ってしまったのだ。
服が触れれば皿を落とし、スラックスが触れれば力が抜ける。そんなことを繰り返しているせいで、商品の用意に時間はかかるし給仕に差し障りがでるしで、ついには心配したスイヒとザカムに、強制的に店を半休にさせられるハメになった。
その日、店長のジャンニは明らかにおかしかった。
いつものように学校帰りに喫茶店に寄った二人だが、
「おかえり」
と迎えてくれた様子も、何となく普段と違う気がした。
ザカムが横のスイヒに目をやると、スイヒも同じように思っているようだ。
ジャンニに気づかれないように目を合わせちょっと頷くと、二人は素早く定位置に座る。
「声に元気ないよな」
「そうよね、表情も何か暗いしね」
二人の会話を割って、キッチンがあるカウンター向こうからジャンニが声をかけた。
「今日はいつもの定番商品しかないんだけど、チョコケーキとショートケーキ、フルーツタルト、チーズケーキ、どれにする?」
コソコソ話に夢中になっていた二人ははっきり聞き取れず、
「え?…あ。えと、最初ので」言うスイヒに続け、「あっ!あたしも!」とザカムも言う。
「ザカムはフルーツタルトを選ぶと思ったんだけどな。予想が外れたよ」
笑いながら言うジャンニに
確かに…っ!私はタルトが食べたかったよっ!
と悔し涙を飲むが、もう皿にチョコレートケーキを乗せだしていて、今更変更するもの申し訳ない段階だ。
今日はチョコケーキで妥協するか…とため息をついてスイヒとの話に戻ろうとした時、ガチャンと皿にフォークが落ちる音がした。二人は驚いて音の方を見るが、そこには何もなかったように、お盆にケーキセットを置くジャンニがいるだけだ。
「具合悪いんじゃないか?」
セットを運んで来た時に聞いてみたが、何のことかな?と言う微笑みで見られるので、ザカムもそれ以上言葉を継ぐことはできない。
だが二人は知っている。
こういう時のジャンニは、絶対に何かあるのだ。
「怪我してる時って、いつもこんな感じよね?」
スイヒが言う。
そう。
ジャンニは時々、喫茶店の店長らしからぬ怪我をする。包丁がどう滑ればそうなるのか全くわからない場所に、異様に深い傷を負っていることがあるのだ。
その後も、洗っているカップを取り落としたり、運んだコーヒーを置くときにちょっとこぼしたり、完璧なマナーに則った所作を誇るジャンニが、普段はしないような細かい失敗をいくつもしている。
二人はついに、深く頷き合って強行手段に出た。
喫茶店のドアをCLOSEDに裏返し、洗い物を奪い、店の奥の居住スペースにジャンニを押し込んだのだった。
「絶対具合悪いだろ!」
「寝てないと襲うからねっ!」
と居住スペースに続くドアをバタンと閉め、二人で店の片付けをした。帰宅したザカムは、しっかり食べて早く治すようにというメッセージも込め、実家の中華料理屋で炒飯を作って持って来たのだった。
「そんなにボーッとしてるとホントに襲われるぞ」
スイヒの見立てによると、ジャンニ目当ての男性客がちょくちょくいるらしい。
「今日は家から出ちゃダメだからな」
【襲う】とか【目当て】とか言うのは喧嘩をふっかけられることで、怪我もそのせいでするのだと信じきっているザカムは、しっかりとジャンニに言い聞かせて帰ったのだった。
襲われるか…確かにそうかもな…
炒飯とスープを店のキッチンに一旦置いたジャンニは思った。
国を出てこの世界に来てからと言うもの、男性に誘われることが増えた。
国では街に出ても特に襲われたり誘われたりすることはなかった。しかしそれは「王子」という身分に守られていただけなのかもしれない。身分という鎧がなくなった今となって誘われたり痴漢をされたり襲われたりするのだから、これが本当の状態ということだ。自分の何かのせいで、尻軽に見えたりふしだらに見えたりと、軽く見られているのに違いない。
情けないな…
折れそうになった心に、だが、ふっと懐かしい面影が浮かんだ。
「そうだな。あの時以上に辛いことなんてない。大丈夫だよ」
もう永遠に会えないその相手に話しかけ、強いて笑顔を作った。
国で住んでいた城は、一階が仕事用の階になっていた。謁見室があり執務室があり、大・中・小の広間がある。父親である王は謁見室にいることが多く、その秘書的役割をするために、王子であるジャンニは謁見室の背後に位置する執務室にいることが多かった。
執務室には普通の窓に混じり、ステンドグラスがはめ込んである装飾的な形の窓があった。それにちょっと目をやり時計を見ると、ジャンニは軽く伸びをする。そろそろ紅茶の準備をする時間だ。焼いてきた薔薇ジャム入りクッキーに合わせ、今日はアッサムティーに同じジャムを入れる予定だ。ステンドグラスにコツンと小石が当たったので、開閉可能なその横の窓を開けた。
いつものように、紫と白が混じる綺麗な髪色が見える。足元の芝生に近衛鎧の羽つきヘルメットを置き壁に寄りかかり、具材を挟んだ小ぶりのフランスパンを齧っていた。
ジャンニは笑顔で声をかけた。
「今日はちょっと遅い交代だったな」
城周辺の警備は1日3交代で、早朝から昼までの担当のクガイは今から休みだ。兵舎に戻る前の昼休憩がてら執務室の外に寄る。そこからの数時間だけが二人の時間だった。
数口でパンを食べ終わると、両手についたくずを手を叩くように払いながらクガイが言った。
「交代の後にちょっと話があって、近衛も遠征に行くことになった」
何気なく言われ、紅茶にジャムを落とす手が一瞬止まった。
「…そうか。近衛は精鋭揃いだもんな」
同盟を結んでいる国が、隣国から激しく攻められているのは知っていた。緊急対応が必要なことも多い軍部は王が勅命を下すことになっており、ジャンニはそこまで詳しくは知らない。だが、毎日国に関する書類を処理しているのだ。そこに派遣されることがどれだけ危険なことかは優に想像できた。
紅茶に落としたジャムをかき混ぜ、カップをクガイに渡す。皿に盛ったクッキーを窓越しに差し出しながらジャンニは言った。
「私はもう覚悟はできてるんだ。妹がいるから王位継承に関しても大丈夫だしね」
それに、とジャンニは微笑んだ。
「私が作る菓子は評判が良い。街に出したパティスリーは開店以来売り切れ続きで、この前は貴族用の新聞にも記事が載ったんだ」
趣味の菓子作りが嵩じて、数年前から小さな洋菓子店を出していた。名前を隠しレシピを提供しているのだが、いつも行列ができて午前中で売り切れてしまう。
「元々、ゆくゆくはイートインスペースを作って喫茶店にするつもりだったんだよ。それが別の世界で実現することになっても全く問題ないからね。それに、お前は国を代表する騎士なのだから、その腕を買ってもらえる所はいくらでもある。私が喫茶店を経営し、お前はどこかに雇われて…どうだい?ここを出ても2人でやっていけそうだろう?」
「ちゃんと考えてるよ」
紅茶を飲み干したクガイは、そう言うと皿のクッキーに手を伸ばす。ジャンニもそれを取ろうとしていたので2人の指先が当たった。どうぞ、という手の形でクッキーから手を引くと、クガイが最後の1つを口に放り込む。
自分が作った物を美味しそうに食べてもらえるのは嬉しい。窓の桟に肘をつき、ニコニコと見ていたジャンニの首にクガイの手がかかる。一瞬の間に引き寄せられ、軽く唇が触れた。
「一週間くらいで帰って来る。その後何日か休みがもらえるはずだから、その時に色々話しようぜ」
けれどクガイが帰って来ることはなかった。
率いている部隊が遠征先で全滅してしまったのだ。
ジャンニは身分を捨てなかった。だが、国を出て喫茶店を作った。
夢見ていた生活は二度と手に入らない。
だがジャンニはこの喫茶店に、「行ってきます」と言って出かけ、「ただいま」と言って帰ることができる。
そしてここを、他の人にとってもそういう場所にしたいと思って来た。
「…なのに私がこれじゃあな。とにかく、ザカムとスイヒが言うようにちゃんと休もう。体が回復すれば心も回復するだろうし、私は大抵の薬物には耐性があるはずなんだ」
帝王教育の一環として、子どもの頃からたくさんの毒物や薬物を摂取させられ耐性を鍛えさせられて来た。虫の毒や植物の毒、今自分に作用している媚薬のようなものだって何回も飲んだ。普通は半日〜1日で終わる。どんなに長くても3日もすれば抜けるだろう。
「…なーんてことを思ってるかもね。王子サマはさ」
毛先にかけてオレンジから黄色になる、鮮やかなピンクの髪を持つ男が言った。顔や口の端、首にまで傷を縫った痕があり、薄ピンクのサングラスをかけている。
女物のようにも見える着物をはだけ、たくさんあるクッションに身を預けてくつろいでいた。
「俺の体液は毒でも薬でもないんでね。再度俺の体液を吸収するまではどうにもなんねえだろうなあ」
向かい合って座っているのは、先日トイレでジャンニを襲った怪物だ。
「…あーあ。それにしても良い体だったよなぁ」
言うと、体の前面が少し裂けた。中にはチロチロと触手が蠢いている。
「汚ぇもん見せてんじゃねえよ」
軽い口調で話していた男の声が、急に低くなる。
言われた怪物はビクッとし、一瞬で体を元に戻した。
コンクリートでできた、窓のないだだっ広い部屋だった。その中央付近に唐突に絨毯が敷いてあり、豪華なソファセットが置いてある。絨毯には大小様々のクッションが所狭しと置いてあり、ピンク男と怪物はそこに座っていた。
部屋には、装飾のない金属板でできた横開きの出入り口がある。そのドアが雑に開くと、男は元の口調に戻りソファ越しに振り返る。
「あ、来たー?」
入って来た白髪の男に声をかけた。
「例の王子がさ、もう少しで手に入りそうなんだよ。こいつの媚薬付きでね。楽しみだよねえ。真っ白な王子サマがさ、だらしなく溺れて媚びて懇願して、ドロドロに抱き潰されんの。お前も見たいだろ?」
白髪の男は無言でドカッとソファに座る。
「…ホーント、つまんねぇヤツだよなあ」
ピンク男は興醒めした表情で、クッションの中に身を投げ出し寝転がった。
「狭いなあ」
部屋のシングルベッドに腰かけたジャンニは隣りに座るクガイを見て笑った。
「何で私たちは、せめてセミダブルのベッドを買わなかったんだろうね」
クガイはすでに上裸だった。
ジャンニの言葉に答えないまま、ベッドに押し倒しながら唇にキスを落とす。そのキスは首をたどり、Tシャツに差し入れられた手も胸をまさぐった。
愛する相手に触られているのだ。どこをどう触れられても気持ちが良く、自然と吐息が漏れる。奇異なことをしない、実直な抱き方だった。
耳を甘噛みされると、こんな声が自分から出るのかと思うような甘い声が出る。だが同時に胸の敏感なところを弾かれて恥ずかしがっている暇もない。
と共にクチュッと音がし、耳の奥に舌が侵入して来た。
「あぁ…っ!」
ゾワっと腰回りが熱に包まれる。だが浮いた腰を押さえつけるように上に座られた。シーツを握りしめていた両手を枕に移動させようとした時、その両手も恋人繋ぎの形でシーツに押しつけられる。
快感の逃げ場がないままに、耳の浅い所から深い所まで隈なく舐め回され、訳がわからない。
「あっ、ああ…んっ、あ、あ、や…っ」
足先が少し冷たい。早々にイキそうだ。
「あ…っ、ダメ…っだ、あっあ…い…くぅっ…!」
上に乗られている体は動かず、快感が下腹から全身にビリビリと巡った。
息を詰め、2回3回と波が襲うのを受け止めると体の力が抜ける。
だが痙攣の余韻がいつまでも引かない。
「ん…は、っあ」
喘ぎながら何でかと考えたジャンニは、自分が何も放出していないことに気がづいた。
「え…?これ…何だ…?」
確かにイッたのに。
だが考える暇どころか息を整える間もなく、腰を抱えられてバックの姿勢になっていた。
何の準備もしていないのに自分の後ろはクガイのそれを容易に受け入れ、すぐに最奥まで満たされる。
それだけで気持ちよくて幸せで、どうしても言わなくては済まない気がして、息を吐くようにジャンニは言った。
「好きだよ、クガイ」
中のものがゆっくり引かれた。顔を伏せている枕をぎゅうっと抱きしめる。
「あぁ…ふ…うくっ」
と思ったら、急に強く奥を突かれる。
「うあっ!」
その場所をじっくりとかき回され、声もうまく出せないほどの快感が広がった。
「……っ、んん、んー…んぅう」
達しそうだと思う感覚がジワジワと重なってゆく。幾重にも、幾重にも。
それはクガイへの自分の、自分へのクガイの、愛する気持ちの積み重ねのようだと思った。
緩急をつけた規則的な動きが繰り返されだすと、その気持ちが体から押し出されるように、息遣いの合間に何度も呟いた。
「好き、好きだ…あぁ…、好き…」
本当に幸せだ。
「お前も…一緒に…っ」
そして背中から抱きしめられながら、同時に深い絶頂に達した。
ビクッと跳ねた自分の体に驚いてジャンニは目覚めた。
ちゃんと休もうと思って3日、こんな夢ばかりを見る。結局どうしても精は吐き出せないままなので夢精こそしないが、何かどうにかしてイッてはいるらしく、体が熱くジンジンしていた。そのせいで更に敏感になっている肌は服が触れているだけで辛いほどこそばゆく、身じろぎもできない。
「お前に会いたいよ…」
ポツリと呟いた。
どうして何回も抱かれているのが夢の中で、お前がいないのが現実なのだろう。
全部夢だったら良かったのに。
次に目が覚めたら王宮のベッドの中で、まだ外は少し暗くて、私は起き出して身支度をしクガイと食べるための焼き菓子とそれに合わせた紅茶を用意する。それから執務室で朝食をとり、いつものようにステンドグラスがコツンと音を立てるのを待つのだ。
けれど、そんな毎日は永遠に来ない。
この今を1人で、今日も明日も生きていかなければならない。
それが現実だ。
体の火照りがやっと収まったジャンニはベッドから降りた。
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