Your bouquet you
My wonderful darling. 2
カラトの家はどこもかしこも暗かった。
閉まったままのカーテンを開けると、テーブルやソファに服が散らばり、キッチンには洗われないままの食器が積み重なっているのが照らし出される。
あーあー、やっぱりな。
想像していた通りの惨状だ。
カラトは定期的に鬱っぽくなる。それがまた来たようだ。
行くとか来るとかいう予定には普通ちゃんと返事を返してくるのに、今日は返事が来なかった。これはいつものかなと思ったら案の定だ。2〜3日くらい帰らないかもと伝えて来て正解だった。
ベッドルームを覗くと、ベッドに埋まっている金髪が見える。
「来てっからな」
声をかけ、またドアを閉じた。
上着とベストを脱ぎネクタイを外すと、家のカーテン全てを開ける。腕まくりをしながら部屋を見回し、どこから手をつけようかと考えた。
まず、投げ捨ててある服を拾い集め、洗濯場に持って行く。
ベッドルームやバスルームの前を抜けて廊下を突っ切ると裏口がある。そこから庭に出てすぐ、手押しポンプがある石敷きの一隅が洗濯場だ。
置いてあるたらいに水と洗濯用洗剤を入れ、洗濯物を浸した。
洗濯物をつけ置きしている間に流しの洗い物を片付ける。
食器を拭きながら見た食卓の上に見慣れた箱が重なっていて、ジャンニはヒュウッと口笛を吹いた。
「タバコの買いだめか。気がきくな」
時々吸うことがある外国産のタバコだ。そこ辺ですぐ買える代物ではない。
封を開け一本咥えると、一緒に置いてあったマッチで火をつけた。
洗濯板を使っていると、汗と水でシャツが濡れてきた。
洗ったものだけを干し、一旦着替えに戻る。
自分が着てきたものもぶち込んで残りを洗い、干し終わると、全洗濯物が青空にひるがえった。家事が特段好きなわけでもないが、やったらやっただけ成果が見える仕事というのは良い気分転換だ。
部屋自体はそこまで汚れていないのを確認すると冷蔵庫を開けてみた。
予想通り何も入っていないので、買い物に行かなければならない。
ベッドルームに入ると、来た時と同じ格好のカラトがいた。
枕元に座り、金髪を指で弄びながら声をかける。
「今から1時間くらい買い物行くからな。カーテンこのままにしとくぞ」
何も返事はないが、ないということは分かったというなのだろう。ジーンズとTシャツの上に革ジャンを羽織った。
ここはジャンニのシマではない。話し方も気をつけて抑え気味にしているし、正体に気づくものは誰もいなかった。
「兄さん見ない顔だね。何をお探しだい?」
青空マーケットの商人たちが愛想よく話しかけて来る。
「買ったもん見て料理考えるよ。旬の野菜見繕ってくれ」
いくつかの野菜の鮮度を確かめながら八百屋の主人が言う。
「兄さん料理得意なんだね」
「結構作るけど、得意ってほどじゃねーな」
ジャンニの答えに、主人は声をあげて笑った。
「料理作れるだけで奥さんも助かるだろ」
言われて、左薬指に指輪をしているのを思い出した。
つけ続けているので、最近では存在をほとんど忘れている。
「サービスしとくよ」
ニヤッと笑った主人は、肩にかけているバッグにいくつかトマトを放り込んだ。
隣ブースで果物屋の女将も聞いていたらしい。
「料理してくれる旦那ほど愛しいものはないね。ほら、これ持って行きな。1日一個のリンゴは病気知らずだよ」
同じように、艶やかなリンゴをポイポイとバッグに入れてくれる。
こんな調子で、一食分の値段で袋の持ち手が千切れそうなほどの収穫になった。
商売の邪魔だなと思っていた指輪だが、表社会では役立つこともあるようだ。
どうせ飲まず食わずだったろうからとりあえず先に食わせようと、まずはカラト用にオートミールの卵粥を作る。
それを片手にベッドルームを開けるとカラトの体勢は少し変わっており、こちらを向いて布団を被っていた。
サイドテーブルに食事を置き、ベッドに座るとモソモソと近づいて来る。
「食えるか?」
言うと膝に頭を乗せて来たので、息を吹きかけて冷やしながら、スプーンをカラトの口に運んだ。
無事に空となった食器に満足していると、腰に巻き付くように抱きついて来る。
「片付けて飯食って来るから離れろ」
声をかけ立ちあがろうとしたが、なかなかに強い力で抱きついたまま離れない。
「なるべく早く済ませて来るからちょっと我慢しろ」
言うとモソモソと離れ、拗ねたように向こうを向いてベッドの端に丸まった。
こりゃほぼ猫だな。
でっけえ猫だなあと頭をひと撫でし、部屋を出た。
抱えて連れてこられたバスルームで頭からつま先まで洗われたカラトは、泡風呂の中で体操座りをしながら考える。
なんでこいつ、俺なんかのためにここまでするんだ?
昨日今日と、散々尽くしてもらっている気がする。
寝ている間に洗濯は終わり、部屋はきれいになり、三食運ばれ食べさせてもらい、この風呂が終わればシーツを替えた清潔なベッドで寝ることができる。
撫で握りながら寝た手はカラトが離すまでそこにあり、目が覚めると何故かいつでもちゃんと起きていて、家事以外は一日中傍にいる。
ここまでされると、自分が大事なもののように思えて来てしまう。
“大事なもの“
そのフレーズが心を撫でた途端、ジワリと涙が滲んで来た。
俺でも大事なものになることができるのかな。
自分を大事なものだと思ってもいいのかな。
「…甘えていい?」
ここ数日で初めて出した声はうまく出ず、少し掠れた。
「ん」
それだけ返ってきた返答に、膝を崩して背中を預ける。
後ろから回された腕に首をもたせかけながら、カラトは呟いた。
「せんきゅ、ダーリン」
いつもなら必ず一言文句がつくダーリン呼びだが、今日は何も言われなかった。
タオルを巻かれ抱き上げられ、ベッドに連れて帰られる。
体と頭を拭かれ、服を着せられ、寝かされ布団をかけられた。
素早く身支度を整えベッドの隣に滑り込む男をチラリと見ると、どうした?と言うようにカラトの髪を掻き上げる。
こいつ、こんな顔して俺の世話してたのか。
初めて会う人間のような気がした。
優しさの粉をひと刷毛重ねたような、柔らかい微笑を浮かべた男がそこにいた。
俺がこいつに、この表情をさせてるのか?
そんな力が俺にあったのか。
それなら。
「お前笑わせられるんならまだ生きてていいよな」
カラトがケラケラと笑った。
一瞬の内に何があったのだろうか。
唐突な謎の復活だが、何にしろ、復活したのは良いことだ。
やれやれ終わったかとため息をついたジャンニは言う。
「大丈夫ならもう帰るぞ」
だがベッドから出ようとするとガッシリと抱きつかれた。
「明日も一日いるってさっき言ったのに」
「さっきはまだ復活してなかっただろ。さっきはさっき、今は今だ」
相変わらず、こういう時だけは異様に力が強い。
「その、母親が子ども叱るみたいな言い方何だよ。傷ついた」
スルリと力が抜け、ベッドの端にモソモソと動いたカラトは壁を向いて布団を被る。最初来た時と同じ状態になってしまった。
「おい、ふざけんな。また戻ってんのかよ」
声をかけしばらく待ってみたが返事はない。
「ったく、何なんだよ」
処置に困り背中を見ながら呟いていると、ゴロリとこちらを向いた。
と思ったらシャツを引っ張られ、カラトの上に倒れ掛かりそうになる。
肘鉄や膝蹴りを喰らわさないように避けたところ、ちょうど押し倒しているような形になってしまった。
これは…。
…やりてー時の顔だな?
思うと条件反射のようにその気になって来るのは仕方ない。
何しろ数日間、自己処理すらしていないのだ。
カラトを跨いで四つん這いになったジャンニは、背丈の差を補うため少し前に位置取っている。
おかげでお互いの顔が近くなり、カラトにはジャンニの表情がよく見えた。
後ろ腿から筋肉の形をたどり、触れるか触れないかに撫で上げると、付け根の段差部分でシーツを掴む手に力が入る。引き締まったまろみをまさぐった。
息を詰めるのを感じながら奥に割り入り、入り口をつついてみる。それに応えるようにキュッと絞まるのだが、風呂上がりだからだろうか。始めたばかりの割には柔らかい気がした。
ごく浅い位置を探ると荒い息に声のようなものが混じる。
少しずつ指を滑り入れた中はまだ狭かったが、温かくちょっと緩やかで、受け入れられるようになるまで時間はかからなそうだった。
ゆっくりと指を抜き差ししながら声をかける。
「今どこにあるかわかる?」
下にいるカラトを潰さないよう、崩れそうになる肘と膝を必死で立てているようだった。何とか頷いたので指を増やしながら奥に進めてゆき、目当ての位置でぐるりとそれを回転させる。
「ぅあ…っ」
息遣いがはっきりした声になり仰け反った。
おぼつかない焦点で虚空に投げた視線からすると、いいところを探り当てたようだ。
「ここ。ジャンニの一番イイとこ」
言って引き抜く時に、ついに体勢が崩れた。
倒れ込む前に支えて起こし、ジャンニのそこを自分の中心に当てがう。
「ほら、自分でしてみて」
それを待っていたというような溶けた表情で腰を沈めると抵抗なく埋まり、二つの体は一つになった。
カラトのそれが、柔らかく温かく、それでいて適度な摩擦を感じるものに包まれる。最初はゆっくりだった物がだんだん早く、慣れて来ると緩急をつけながら擦られ続けた。その内に、自分から腰を回し、その場所を抉るような動きも加え出す。
全部の動きが、カラトにも気持ち良かった。
これはヤバいなと、腰を下ろす動きに合わせてこちらも動いていると、ジャンニの動きが目に見えて鈍くなる。
やがてすっかり動きが止まってしまった上半身が胸に崩れ落ちてきた。
「…無理…力入んねぇ」
カラトも男性だ。多少の体格差があったとしても、男1人の体重をかけられるぐらいなら問題ない。
「そのまま腰落として」
膝を折って落とし切ったジャンニの腰を動けないように抱くと、イイ場所を狙い、思い切り捻じ込んだ。
限界も近かったのだろう。頂点はすぐに来た。
「あ…っ!…あ、ヤバい、そこ、なんか…スゴ…ッ、い、あ、ダメ、ダメだ…イクッ、もうイクっ!!」
カラトのそれが、中にギュウっと捕まえられる。
いつもこうなるので、抜きたくても抜けないのは本当なのだ。
ジャンニの声にならない叫びと共に、根本から先へと絞られる動きが何回か繰り返される。
「んっ…っ」
その動きに自然と声が漏れ出してしまい、カラトも同時に達した。
「お前…俺より体力ないくせに…なんでいっつも平気なんだよ…」
事後の眠気に強制的に引き込まれつつあるジャンニが聞いてくる。
この男が何の牙もなく、ぐったりと身を任せっきりに処理されている時間は、こいつは俺のものだという気がしてカラトはとても好きだ。
「ホント…どんだけのヤツとやってんだよ…」
という文末を引くように眠りに落ちてしまった。
「家でやってんのはお前だけなんだけど?」
聞く者が誰もいないセリフを返したカラトはジャンニの左手を持ち上げる。
指輪を外し丁寧に拭くと中の文言を確かめ、また薬指に嵌め戻した。
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