『火炎』
「ねぇ、今日も荷物持ってくれない?」
ストレートパーマをあてていると思われる不自然なほど真っ直ぐな髪。夏休み明け前に、黒染めをした髪が、色落ちして茶色に戻りつつある。不揃いの歯並びを気にしているのか、歪んだ笑顔から不恰好な矯正器具が覗く。薄茶色に引かれたアイラインと二重幅。バレない程度に施されたスクールメイクから、悪事が明るみに出ることを恐れている小心者であることがわかる。
私は、彼女の働き蜂だ。呼び出されば、移動中だろうが課題を解いていようが、用を足していようが彼女の元へ行かなければならない。私だって、好きでこんなことをやっていない。四階にある化学室で次の授業がある。授業で必要な教科書は四冊あるが、彼女の分も合わせると抱えきれない量になる。私は深いため息をついて、四階までの階段を思い足取りで一段ずつ登る。
彼女との初めての出会いは中学一年生の四月であった。同じクラスで番号が前後だった彼女から、「同じ苗字だね。この辺では珍しいんじゃない」と笑いかけられ、それから自然と話すようになった。私以外にも友達は出来たようだが、気苦労が絶えない様子だった。次第に、彼女の明るくて活発で、ガラスのように繊細な性格に惹かれていった。
それは、まるで冷たいようで焔より熱い青白い炎のようであった。中学二年生になると同時に、彼女は転校することが決まった。引っ越し先は隣の市であったため、「同じ高校に通えるといいね」と笑い合い私たちは別れた。
その後、私から連絡をしても返信が返ってくることは無かった。同じ高校へ進学したと知ったのは入学式の学級表を見たときであった。私は再会できたことに喜び、胸が高鳴った。しかし、思い返せば、彼女からの連絡が無いことに違和感を覚えるべきであった。私が恋焦がれていた青白く燃え上がる炎はそこには無かった。
久しぶりに会った彼女は別人のようであった。昔から身なりを気にかけていたため、容姿の変化は少し派手になったと感じる程度であった。一番大きな変化は性格であった。クラス全員の弱みを握り、それを餌に脅す。私たちは彼女の企みにまんまと嵌った。彼女と同じ中学であった者を筆頭に、徐々にクラス内でお城を築き、彼女は「女王」になった。彼女に逆らう者は、先生であっても容赦しない。私たちは、巣へ花の蜜を運ぶ働き蜂のように絶えず彼女の指示に従っている。
今日も地獄のような長い一日を過ごした。家路に着くためのバスが、唯一の自由時間である。イヤフォンを付け、ある動画を見るのが私の日課だ。女王蜂の『火炎』。彼女、彼、いや性別という枠組みはそこには無い。華奢な体から生み出される変幻自在の声は、この世に存在しない者のようだ。
「身体は気づいている 僕らはいつか消える ゆるやかに若さを溶かして 泣かないで Why so serious?」
ああ。私の求めていた炎はここにある。
アーティスト・作品 「女王蜂」はアヴちゃん、やしちゃん、ルリちゃん、ギギちゃんで構成されたロックバンドで生年、性別、国籍は非公開である。『火炎』はアニメ『どろろ』OP曲で、アヴちゃんの青い髪と妖艶なビジュアルが特徴的だ。
(同人誌アンソロジー詩集『揺動』2021~2022より)