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恐るべき公安👮‍♂️⑥-02公安と宗教団体「公安の犯人隠蔽体質」

恐るべき公安⑥-02公安と宗教団体「公安の犯人隠蔽体質

悪名高い公安の
組織や手口に迫っていきます。

青木理「日本の公安警察」

青木理「日本の公安警察」

青木理(あおき おさむ)
1966年長野県生まれ。ジャーナリスト、ノンフィクション作家。
90年に慶応義塾大学卒業後、共同通信社入社。
社会部、外信部、ソウル特派員などを経て、
2006年よりフリーとして活動



組織を揺さぶる告発

1通目の紙爆弾

衝撃的な告発の手紙は以下のようだった。
「国松警察庁長官狙撃の犯人は警視庁警察官(オーム信者)。
既に某施設に長期間監禁して取り調べた結果、犯行を自供している。
しかし、警視庁と警察庁最高幹部の命令により捜査は凍結され、隠蔽されている。」との告発が寄せられたが、一部を除いてマスコミは無視。
公安の捜査というのは、基本的に、アジトの視察や対象団体内に養成した協力者からもたらされる情報によって成り立つ「スジ捜査」であり、悪く言えば”見込み捜査”である。正しい証拠を積み重ねる捜査ではなく、いい加減。

●1通目の紙爆弾

東京・桜田門にそびえ立つ警視庁本部。
9階の一角、桜田通りを見下ろすあたりに新聞、通信、テレビなどマスコミ各社が常駐する記者クラブが並んでいる。
その各社に宛て、奇妙な1通の手紙が舞い込んだのは1996年10月中旬のことだった。封書の中にはワープロ打ちの紙切れが1枚同封されていた

国松警察庁長官狙撃の犯人は警視庁警察官(オーム信者)。
既に某施設に長期間監禁して取り調べた結果、犯行を自供している。
しかし、警視庁と警察庁最高幹部の命令により捜査は凍結され、隠蔽されている。
警察官は犯罪を捜査し、真実を糾明すべきもの。(原文ママ)

衝撃的な告発文書だった。

日本警察組織のトップである警察庁長官が何者かに狙撃されるという
未曾有のテロ事件は、手紙の送付より1年半ほど前、
警視庁による教団への強制捜査着手からは1週間ほど
後にあたる1995年3月30日の早朝に発生した。

あらためて事件を振り返れば、その発生場所は東京都荒川区の隅田川沿いに所在する巨大マンション「アクロシティ」敷地内。当日の天候は小雨。
午前8時半ごろ、同マンションの1室を住居としていた警察庁長官国松孝次が
出勤のため1階玄関脇の通用口から姿をあらわし、秘書とともに迎えの公用車に向かおうとした瞬間、銃弾は放たれた


狙撃場所は約20メートル離れた植え込みの陰。
命中したのは発射された4発のうち3発。
銃弾は腹部などを貫き、国松長官は命こそとりとめたものの
一時は危篤状態に陥る重傷を負った

事件捜査には公安警察の中枢部隊・警視庁公安部があたることになった。
既述のとおり、公安部が捜査にあたることになったのは偶然にすぎなかった。
犯行時点において、左翼、あるいは右翼といった旧来型の思想的背景に裏打ちされた組織・団体によるテロと断じる材料がない以上、
本来は刑事警察が捜査にあたるべき事件と認識されていたし、
当の公安警察ですら自らが中心となって捜査することになるとは想定していなかった。


だが当時、警視庁は地下鉄サリン事件をはじめとする大型事件の捜査に大量の捜査員を投入していた上、
同月23日には一連の事件への関与が強く疑われていたオウム真理教関連施設に対する一斉の強制捜査に着手したばかりだった。
前代未聞の全庁挙げての捜査体制が組まれ、中でも刑事部を中心とする刑事警察に
新たな事件を抱え込む余力など残されてはいなかった。

結局、当時の警視総監井上幸彦らのトップ判断により、事件発生現場を管轄する南千住警察署に設置された
捜査本部の本部長には公安部長桜井勝が座り、公安1課長と南千住署長、
刑事部捜査1課長が副本部長となり、公安警察主導による異例の事件捜査は幕を開けた。

当時、公安部の幹部は悲壮な顔つきでこう語った。

「われわれ(公安警察)にとって前例のない捜査だ。
経験もなく、手探りの作業になるが、困難は承知で全力を尽くすしかない」


3章などで記したとおり、公安警察の捜査手法は、
アジトの視察や対象団体内に養成した協力者からもたらされる情報によって成り立つ「スジ捜査」、
悪く言えば”見込み捜査”である

現場での証拠収集や、聞き込みによって捜査を積み上げ、被疑者に迫る刑事部的手法に対し、
公安警察のそれは、爆弾事件にせよ、内ゲバ殺人にせよ、最初から犯行団体は分かっているケースが多い
爆弾の構造や手口からセクトを割り出すのは公安警察にとってごく初歩的な仕事だったし、
団体側も犯行声明を発する。いずれに合致しない場合であっても、
既存の団体、人脈、それにまつわる情報から犯人を絞り込んでいく。
公安警察が情報警察と言われるゆえんだ


その公安警察に長官狙撃事件の捜査を委ねた判断が正しかったのかどうか、それは分からない。
ただ、事件は未解決のまま発生から1年半の時間が経過し、
誰からともなく「迷宮入り」の声が漏れ始めていた時期に告発文書は投げられた。

青木理「日本の公安警察」

2通目の紙爆弾

衝撃的な告発の手紙の第二弾は以下のようだった。
「警察史上、例のない不祥事と批判され、当庁の威信は地に落ちると思います。
警察庁と警視庁の最高幹部が、自己の将来と警察の威信を死守するため
真相を隠蔽されようとしても真実は真実です。
被疑者が法的にも社会的にも組織的にも許されないことは当然ですが、
組識を守るためとして、この事件を迷宮入りさせ法の裁きを受けさせなくするため
被疑者の口を封じようとする有資格者の動きは恐ろしく
これを見逃すことは著しく正義に反すると思います。」
警察にあるまじき不都合なことは隠蔽したがる性質が伺いしれる。

●2通目の紙爆弾

1通目の手紙を受け取ったマスコミ各社は、一部の社を除いては、ほとんど取材もしないまま黙殺した
もちろん、警察庁、警視庁の幹部たちも一様に手紙の内容を否定した
立ち上りかけた煙がこのまま消え去るかに思えた時、2通目の紙爆弾が撒かれた

国松警察庁長官狙撃事件の犯人がオーム信者の警視庁警察官であることや本人は犯行を自供しているが、警視庁と警察庁最高幹部の命令で捜査が凍結されていることを、先般、共同通信社など数社の皆様にお伝えしました。
各社の幹部の方々が当庁に何か弱みを掴まれているのか、
当庁と警察庁最高幹部からの圧力で不満分子の戯言とされているようです。

警察の最高責任者を狙撃し瀕死の重症を負わせた被疑者が現職の警察官であったとなれば、警察全体に対する轟々たる非難や長官、次長、警務局長、人事課長や警備上の責任とは別
警視総監、副総監、警務部長、人事1課長、人事2課長、本富士署長の引責辞任や管理者責任が問われないではすまされないと思います。
警察史上、例のない不祥事と批判され、当庁の威信は地に落ちると思います。
警察庁と警視庁の最高幹部が、自己の将来と警察の威信を死守するため
真相を隠蔽されようとしても真実は真実です。

警察官の責務は犯罪を捜査し真実を斜明することです。
警察、なかでも警視庁の威信が地に落ちることは明らかですし、
被疑者が法的にも社会的にも組織的にも許されないことは当然ですが、
組識を守るためとして、この事件を迷宮入りさせ法の裁きを受けさせなくするため
被疑者の口を封じようとする有資格者の動きは恐ろしく
これを見逃すことは著しく正義に反すると思います。

しかし、家族を抱えた一警察官の身では、卑怯ですが匿名によるこの方法しかありません。
心あるマスコミと警察庁、警視庁、検察庁の幹部の皆様の勇気と
正義が最後の拠り所
です。匿名をお許しください。(原文ママ)

青木理「日本の公安警察」

公安部長更迭

公安の隠蔽工作がバレたことで
公安経験が一切ない暴対部長の公安部長着任することになった。
だが、公安警察にとっては”屈服”をも意味するきわめて異例の人事だった。
さらに、公安部内にはキャリアとノンキャリアの対立、
そしてノンキャリア内での派閥抗争もくすぶり続けていた。
情報収集とその徹底的な保秘を信条とする公安警察にとっては、
言い訳のしようがない信じがたい失態だった。
隠蔽工作がバレて大きなダメージを受けた。
そして、監視対象を広げて、国民をさらに敵視するようになり、
大量監視、密告などファシスト化に突き進んでいくことになる。

●公安部長更迭

2通目の告発文書は官製葉書にワープロで隙間なく印字され、
警視庁記者クラブの各社以外に警察庁、警視庁の幹部、検察庁幹部にまで送付された
これを受け、裏付けを得た一部マスコミが報道に踏み切ったのを皮切りに、
10月25日未明から、一斉に報道が開始された


驚くべきことに、自供した警察官、K巡査長は、
末端とはいえ警視庁管内の所轄警察署の警備・公安部門に所属する公安警察官だった。

3日後、警視庁公安部長桜井勝が更迭される
当時の新聞報道をひろってみよう。
「『耳を疑うようなこともあった』
『遅まきではあるが、徹底的な捜査をさせてほしい』。

警視庁公安部長の更迭人事を受け、28日午後4時20分、
警察庁長官室で緊急に開かれた国松孝次長官記者会見

日本警察のトップでもある同長官は、赤い目で宙をにらみすえ、苦渋のにじむ言葉を絞りだした。
警視庁巡査長の長官狙撃の供述。警視庁の警察庁に対する報告の遅れ。
裏付け捜査の先送り

一連の問題で警察の受けた衝撃と信用失墜は余りにも大きかった」(「毎日新聞」)

「関与の供述から4か月以上も警察庁に報告がなく、裏付け捜査が進展しないまま、内部告発とみられる投書で表面化するという異例の展開。
警視庁に対する不信感を強めていた警察庁が、
適正捜査の遂行に強い意志を示した形だ」
(「読売新聞」)

常に陰に隠れ、存在自体が話題にされることすら稀だった公安警察が
これほどまでに注目され、その動向がクローズアップされるのは、かつてない事態だった

またオウムとの華々しい”格闘”に突入する契機となった長官狙撃事件の捜査が行き詰まり、迷宮入りの声すら漏れる中で現職公安警察官による自供が飛び出し、
その事実を隠蔽した責任を負って公安警察トップの1人である
警視庁公安部長が更迭されるというのは、あまりにも皮肉な展開だった。

桜井の後任として公安部長に着任したのは、
警察庁刑事局の暴力団対策部長林則清だった。
「刑事警察のエース」と呼ばれる暴力団や知能犯罪のエキスパートで、
公安経験が一切ない暴対部長の公安部長着任は、
公安警察にとっては”屈服”をも意味するきわめて異例の人事だった


公安部を襲う衝撃は、これにとどまらない。
部内にはキャリアとノンキャリアの対立、
そしてノンキャリア内での派閥抗争もくすぶり続けていた


翌年の2月18日。
日本テレビが夜のニュース番組『きょうの出来事』の中で衝撃的な映像を放映する。
公安部が依頼した「脳機能学者」がK巡査長を催眠状態に置いてカウンセリングをしている場面だった。
「おなかのあたりを狙った」
「(1発目の銃撃で倒れた長官の)左わき、しり、腰が見えたので狙って撃った」
「もう逃げろと指示されたが、敵だと思い(最後に)もう1発撃った。外れたと思う」
「撃て、撃てと聞こえた」
拳銃を構えるポーズをしながら淡々と語るK巡査長の姿は衝撃的
だった。

「放映はまことに遺憾」
「捜査妨害だ」

――警察庁や警視庁は日本テレビに抗議をしたが、
情報収集とその徹底的な保秘を信条とする公安警察にとっては、
言い訳のしようがない信じがたい失態
だった。
警視庁公安部はガタガタだった。

青木理「日本の公安警察」

信者警官はわかっていた

入力情報が暗号化されていたため解読に時間を要したものの、
ディスクには教団信者名簿が記憶されていたことが判明。
同時にK巡査長が現役の信者であることが発覚した。
だが、公安はそれを公安部長にのみ知らせ、隠蔽した。
そのため、言い換えれば公安警察官に関わる人事情報が、
公安警察内でのみやり取りされ、それが公安部によって握り潰された
――こうした事実に、公安警察の排他性、密室性を感じずにはいられない。
公安警察であるが故にはまり込んだ陥穽によって、
現職公安警察官の自供事件を引き起こした。
その結果として組織のシンボルともいえる公安部長が更迭され、
前代未聞の巨大な打撃を受けたのである。
オウム信者が公安警察内に入り込んでて、警察庁長官を狙うという前代未聞の事件だった。しかし、同じように、統一協会も信者が中央官庁や警察や公安警察に入り込んでるのにも関わらず、なぜ統一協会はオウムと同じように強制捜査されないのか?その辺からも公安と統一協会の癒着が伺い知れる。

●信者警官はわかっていた

警視庁公安部に所属するある公安警察官は今も
「もし警視庁公安部の幹部が処置を誤らずにK巡査長を視察していれば、
いわゆる『K巡査長の自供問題』は起きなかった」と断言
する。

実は、K巡査長がオウム信者であったことを、警視庁公安部は狙撃事件発生以前、
3月30日より前の段階で把握していた
のである。

情報は滋賀県で押収した光ディスクが発端だった。

話は地下鉄サリン事件の3日後にあたる95年3月23日に戻る。
この日、滋賀県警は同県彦根市付近にいた山梨ナンバーの乗用車に乗っていた信者を逮捕するとともに、所持していた光ディスクを押収した
入力情報が暗号化されていたため解読に時間を要したものの、
ディスクには教団信者名簿が記憶されていたことが判明。
同時にK巡査長が現役の信者であることが発覚
した。
情報は警察庁警備局を通じ、狙撃事件以前には警視庁公安部に伝えられた。
だが何故か、警視庁の人事・監察部門には伝えられなかった


「この段階でK巡査長を尾行し、視察していれば・・・・・・」警視庁幹部はそう言う。
だが結局、この情報は当時の警視庁公安部幹部によって握りつぶされてしまう。

名指しされた幹部はその後、転勤先の地方都市の喫茶店でこう語った。
「今になって「握りつぶした」なんて言うのは簡単だ。
でも、警官とはいえ信仰の自由はある。
あの当時、われわれに何ができたというのか。他意なんてなかったんだ」
時に激昂し、時に弱気な素振りも見せる幹部の目には、
うっすらと涙さえ浮かんでいた。
その回答が真実かどうか、推し量る術はない。


だが、K巡査長が信者であるという情報が警察庁警備局を通じて
警視庁公安部にのみ伝えられた、言い換えれば公安警察官に関わる人事情報が、
公安警察内でのみやり取りされ、それが公安部によって握り潰された」
――こうした事実に、公安警察の排他性、密室性を感じずにはいられない。


公安警察が警察庁長官狙撃事件の捜査を担うことになったのは偶然にすぎないかもしれない。
また、それを契機としてオウム捜査で”底力”を発揮したのも否定し得ない事実であるだろう。
だが、警視庁公安部を中心とする公安警察は、
公安警察であるが故にはまり込んだ陥穽によって、現職公安警察官の自供事件を引き起こした。
その結果として組織のシンボルともいえる公安部長が更迭され、
前代未聞の巨大な打撃を受けた
のである。
オウム真理教捜査において日本の公安警察が経験したのは結局、
信じがたいほど大きな「敗北」だった。

青木理「日本の公安警察」

伊丹万作「騙されることの責任」

もちろん、「騙す方が100%悪い」のは紛れもない事実である。
その上で更に「騙されることの責任」を考えよう。

伊丹万作「騙されることの責任」

もう一つ別の見方から考えると、いくら騙す者がいても誰1人騙される者がなかったとしたら今度のような戦争は成り立たなかったに違いないのである。
つまり、騙す者だけでは戦争は起らない。騙す者と騙される者とがそろわなければ戦争は起らない一度騙されたら、二度と騙されまいとする真剣な自己反省と努力がなければ人間が進歩するわけはない騙されたとさえいえば、一切の責任から解放され、無条件で正義派になれるように勘違いしている人は、もう一度よく顔を洗い直さなければならぬ。
伊丹万作「戦争責任者の問題」より


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