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恐るべき公安👮‍♂️④-03謀略工作部隊サクラ「共産党幹部宅盗聴事件」

恐るべき公安④-03謀略工作部隊サクラ「共産党幹部宅盗聴事件」

悪名高い公安の
組織や手口に迫っていきます。

青木理「日本の公安警察」

青木理「日本の公安警察」

青木理(あおき おさむ)
1966年長野県生まれ。ジャーナリスト、ノンフィクション作家。
90年に慶応義塾大学卒業後、共同通信社入社。
社会部、外信部、ソウル特派員などを経て、
2006年よりフリーとして活動



共産党幹部宅盗聴事件

暴露された盗聴

●暴露された盗聴

東京のターミナル駅・新宿から私鉄電車に揺られて約30分。
神奈川県と境を接する東京都町田市の玉川学園8丁目周辺は、ところどころに緑が残り、上品な1軒家と低層アパ―トが数多く立ち並ぶ閑静な住宅街だ。
無数に繰り返される上り下りの起伏が激しい斜面に沿って住宅の屋根がきれいに連なっている。

その高台の一角。
かつて「メゾン玉川学園」と呼ばれていた2階建てのアパートは、名称こそ変えてしまったものの、正面の空き地に鬱蒼と生い茂る木々に寄り添うように、今も立っている。

アパートというには少々洒落たつくりの「メゾン玉川学園」の2階部分の1室、
206号室に不審な数人の男たちが出入りしていたのは1985年の夏から翌86年秋にかけてのことだった。

男たちはいずれも神奈川県警警備部公安1課に所属する公安警察官。
彼らの”標的”は「メゾン玉川学園」から直線距離で100メートルほど離れた民家で、住んていたのは当時、共産党の国際部長を務めていた緒方靖夫。課せられていた任務は「電話盗聴」だった。

この盗聴工作は間もなく緒方側の調査によって発覚
東京地検によって突き止められた事実や国家賠償請求訴訟の場なども通じ、
「サクラ」を中心とした公安警察の組織的工作だったことが明らかになっている
裁判資料や当時の報道などによって明かされた事実を交えながら
工作作業の実態を可能な限り追ってみたいと思う。

青木理「日本の公安警察」

プロの手口

公安の工作活動には、「民間の大手電機メーカー」なども官民協力していた。
大手電機メーカー社員に賃貸契約に協力させたり、公安職員を大手電機メーカーが社員として受け入れたり、官民一体となって、共産党員に工作活動を仕掛けている実態が明らかになった。
そして、盗聴が発覚して、警察に通報しても「警察は静観する」と言ったきり捜査に乗り出すことを拒否するなど、公務員としてあるまじき、態度を示したりしている。なので、このようにきわめて不透明な形で行われた見分は証拠隠滅すらうかがわせるものだった。

●プロの手口

神奈川県警警備部公安1課員が「メゾン玉川学園」2階の206号室を借り受けたのは85年7月のことだった。
206号室の賃貸契約書などによれば、賃借名義人は当時、公安1課に所属していた警部補Tの息子で大手電機メーカーの社員。保証人となっていたのは同じ大手電機メーカーの労務対策部門に勤務していた社員Sで、元々は公安1課に所属していた公安警察官だった。
さらに、不動産会社に提出する保証人の住民票を取得したのも公安1課所属の巡査部長。
家賃や光熱費の振り込みも神奈川県警の間近にある銀行支店から行われていた。

「メゾン玉川学園」206号室を舞台にした公安警察による盗聴が発覚したのは86年11月27日のことだ。
電話使用中に雑音や音声の低下があることを不審に思った緒方側はNTT町田局に通報する
ただちに調査したところ、「メゾン玉川学園」前の電柱に取り付けられていた電話端子のうち、緒方宅につながっていた電話ケーブルが引き出され、1本が「メゾン玉川学園」の電話端子の「206」と記された基盤に接続されていた

1種の親子電話のような形式が取られていたとみられている。
電柱に取り付けられていた電話端子は200回線分もあったにもかかわらず、
その中の1本にすぎない緒方宅の電話線が確実に選び出され、アジトとなった206号室に引き込まれていた。

この点だけを取っても専門的知識に通じたプロの手口を想起させた。

緒方側の申し出を受け、NTT職員は現場を所轄する警視庁町田署に事実関係を通報した。
しかし、到着した町田署員は緒方側から事情を聴くと近所で長時間の電話をし、
緒方らに対して「警察は静観する」と言ったきり捜査に乗り出すことを拒否

NTT側が11月28日、同署に告発をしたにもかかわらず、これを受け取らず、翌29日になってようやく受理した

ところが12月1日になると突如として実況見分を実施し、大量の”証拠品”を持ち帰ってしまう。
きわめて不透明な形で行われた見分は証拠隠滅すらうかがわせるものだった。
一方、緒方からの告訴・告発を受けた東京地検は12月に入り、捜査の担当を公安部から特捜部に移して本格捜査に着手
12月6日には現場捜索を実施したのに続き、合計数回に及んだ捜索などによって、
間もなく盗聴に関与したメンバーとして神奈川県警警備部公安1課所属の現職公安警察官5人の名前が浮上する

青木理「日本の公安警察」

遺留品が語ること

●遺留品が語ること

東京地検特捜部などの調べによれば、206号室の室内には、公安警察による秘密任務が行われていたにしては、あまりに稚拙な証拠品が数多く残されていた。

テープレコーダーにカセットテープ、イヤホンなど盗聴の”必需品”はもちろん
公安警察官の1人の名前が記された懐中電灯、ミカンなどの果物、ベランダに干してあった洗濯物、冷蔵庫、テレビなど日常的に寝泊まりをしながら工作に励んでいた様子を推測させる生活用品、さらには購読していたサンケイ新聞や雑誌の発行日は、85年9月から86年11月付までが残されており、
1年以上にわたって工作に励んでいたこともうかがわれた。

さらに、出入りしていた公安警察官の1人が自分の田舎で購入したとみられる紳士服力バー、神奈川県警の共済組合の勧誘パンフレット、新聞には指紋まで残され、
放置されていたズボンには出入りしていた公安警察官のネームすら縫い込まれていた。

中でも、現場に残されていた東京・中野駅前のコーヒー豆専門店の袋は「サクラ」の関与を疑わせる遺留品だった。
いやが上にも公安警察の組織的盗聴の疑いは強まった

青木理「日本の公安警察」

「サクラ」にまで及んだ処分

検察が警察と取引して、「不透明な形で手打ち」にした時の、検察側の言い訳である。警察と検察の間では微妙な綱引きが行われており、検察は、警察に勝てるか。どうも必ず勝てるとはいえなさそうだ。だから、取引して手打ちにしてしまおうと。そして、どうしても盗聴の手段をとる必要があるのなら、それを可能にする盗聴法を作ったらよかろう、と検察は警察と戦わず、国民を裏切るアドバイスし、その後盗聴法が成立し、捜査のために自由に盗聴できる仕組みが出来上がってしまった。

●「サクラ」にまで及んだ処分

東京地検特捜部の調べによって現職の公安警察官5人の名前が浮上したのと前後し、警察と検察の間では微妙な綱引きが行われるようになる

事件について、当時の警察庁長官山田英雄は87年5月7日の3院予算委員会で
「警察は過去も現在も電話盗聴を行ったことはない」と強弁したが、
間もなく神奈川県警本部長の中山良雄が辞職、同県警警備部長吉原丈司が総務庁に転出する。

これに続き、警察庁警備局長の三島健二郎が辞職、同公安1課長小田垣祥一郎、
さらには「サクラ」を指揮していた公安1課理事官の堀貞行までが配転させられる人事が発令されたのである。

警察庁は当初、国会の場などを通じて「定例の人事異動を早めたもの」と抗弁していたが、後に事実上引責人事だったことを認めるに至る
こうした動きを受け、東京地検は、警察が内々とは言え事実を認めて再犯防止を約束したことを理由の1つとし、5警察官の不起訴、あるいは起訴猶予処分を決定するのである。
当時の検事総長、伊藤榮樹は、その著書『検事総長の回想 秋霜烈日』で、事件をこう回想している。

ここで、たとえ話を1つしょう。よその国の話である。
その国の警察は、清潔かつ能率的であるが、指導者が若いせいか、大義のためには小事にこだわらぬといった空気がある。そんなことから、警察の一部門で、治安維持の完全を期するために、法律に触れる手段を継続的にとってきたが、ある日、これが検察に見つかり、検察は捜査を開始した。

やがて、警察の末端実行部隊が判明した。ここで、この国の検察トップは考えた。
末端部隊による実行の裏には、警察のトップ以下の指示ないし許可があるものと思われる。
末端の者だけを処罰したのでは、正義に反する。さりとて、これから指揮系統を次第に遡って、次々と検挙してトップにまで至ろうとすれば、問題の部門だけでなく、警察全体が抵抗するだろう。
その場合、検察は、警察に勝てるか。どうも必ず勝てるとはいえなさそうだ。
勝てたとしても、双方に大きなしこりが残り、治安維持上困った事態になるおそれがある。


それでは、警察のトップに説いてみよう。目的のいかんを問わず、警察活動に違法な手段を取ることは、すべきでないと思わないか。どうしてもそういう手段をとる必要があるのなら、それを可能にする法律を作ったらよかろう、と

結局、この国では、警察が、違法な手段は今後一切とらないことを誓い、その保障手段も示したところから、事件は、1人の起訴者も出さないで終わってしまった
検察のトップは、これが国民のためにベストな別れであったといっていたそうである。
こういうおとぎ話。

青木理「日本の公安警察」

組織的盗聴と断罪

●組織的盗聴と断罪

東京地検による捜査は、起訴猶予、あるいは不起訴という不透明な結末をたどったが、緒方は一方で、国、神奈川県などを相手に損害賠償請求訴訟を起こした。
最初の判決は94年9月6日に言い渡され、東京地裁は
「盗聴は捜査員らによって県警の職務として行われ、警察庁警備局も具体的内容を知りうる立場にあった」とし、
賠償を命じた。


国側、緒方側双方が控訴しているが、97年6月、高裁でも緒方側が勝訴し、
国側が上告を断念したことで判決は確定している。
地裁判決は、公安警察による組織的な盗聴を厳しく断罪した

被告個人らは東京地検の取り調べを受けた際、指紋を採取されており、
K(判決では実名、以下同)およびHの指紋と現場の遺留指紋とが一致するのでないかと強く疑われる状況があるにもかかわらず、何らの反証活動を行っていない。

K、H、Tらの各自の分担行為の細部は証拠上不明であるが、
Kらの各行為が個人的動機に基づく独自の行動であったと見ることは到底できないと言うべきであって、同人らによる本件盗聴行為は、神奈川県警察本部警備部公安第1課所属の警察官としての『共産党国際部長である原告の通話内容の盗聴』という目的に向けた組織的な行動の一環であったと推認できる。」

青木理「日本の公安警察」

技師の証言

盗聴器を作っていたのは、補聴器メーカー大手「リオン株式会社」だった。
そしてその社員だった丸竹洋三の告白が衝撃的だった。
「(作った盗聴器は)中野の警察庁へ持っていくと聞かされた」
丸竹が製作した盗聴器が共産党の地方支部で見つかったこともあった。
「自分の作ったものだ」―――丸竹は確信したという。

●技師の証言

法廷では、いくつかの驚くべき事実が明らかにされたが、
中でも衝撃的だったのが、1人の技術者の証言だった。
補聴器メーカー大手「リオン株式会社」の社員だった丸竹洋三の告白である。

丸竹は早稲田大学を卒業後、リオンに就職。
長年にわたって技術者として同社に籍を置いた。
丸竹が上司から盗聴器の仕事を持ちかけられたのは入社直後のことだった

法廷での丸竹の証言。
(作った盗聴器は)中野の警察庁へ持っていくと聞かされた

丸竹は2年ぐらいかけて小型ワイヤレスマイクとFM受信機からなる盗聴器を作り上げ、100セット以上を警察庁に納入した。丸竹自身が修理のため中野の警察施設内にあった「さくら寮」まで出向いたこともあった
「(さくら寮に)入ってすぐのがらんとした部屋で机がいくつか並んていた。石井さんという人に会った。
35歳ぐらいだった。営業の人たちから、この人は昔で言う特高警察みたいなことをやっている人と聞いた。(石井というのは)いっぱい名前はあるけれども、リオン向けには石井と呼んでいるので石井さんと言うようにと言われた

丸竹が製作した盗聴器が共産党の地方支部で見つかったこともあった。
「自分の作ったものだ」―――丸竹は確信した
という。
技術者として自らが製作したものを見間違うはずがなかった。
子供にあったような気がした」―――丸竹はそうも語っている。

青木理「日本の公安警察」

「サクラ」の指示は「直結」

●「サクラ」の指示は「直結」

緒方国際部長宅盗聴事件もまた、明らかに警察庁警備局を頂点とする
公安警察による組織的な盗聴工作
だった。
警察庁警備局長や「サクラ」を統括していた公安1課の裏理事官にまで処分が及んだこと、あるいは伊藤榮樹の回想まで合わせ考えるまでもなく、
「サクラ」を中心とした公安警察の性癖を踏まえれば、工作に直接関わった5警察官、あるいは神奈川県警警備部公安1課が単独で、独自の判断で違法行為に手を染めたはずがない

事前に警察庁警備局公安1課=「サクラ」による承認を受け、「メゾン玉川学園」206号室のアジト設営から盗聴工作の実施、その方法まで、微に入り細をうがって指示を受け、さらには盗聴内容の報告も、逐一行われたはずである。

かつて公安警察幹部はこう語った。
「神奈川県警警備部の独自判断で、事前承認もなく盗聴などやるはずがない。
サクラの指示に決まっている。あの事件で県警の警備部長や本部長が処分されたのは気の毒だ。
なぜって、警備部長や本部長なんて盗聴が行われていたことを知らなかったかもしれないから。サクラの指示は通常の指揮命令系統とは全く別の回路で行われる。そういう組織なんだ。」


また、別の公安警察官のこんなつぶやきを耳にしたこともある。
「当時の幹部たちは“地雷”を踏んだにすぎない。運が悪かった

1999年8月、犯罪捜査において警察の盗聴を認める通信傍受法(盗聴法)が可決、成立した。
この直前、警察庁長官関口祐弘は同法案について記者会見で
「こうしたものが認められれば組織犯罪対策上、きわめて有効だ」とし、
「新しい手法だから国民のプライバシー保護に配慮しつつ、法の道正な執行と運用に努めたい」などと語っている。

しかし、神奈川県警の盗聴事件については、5月27日の衆院決算行政監視委員会でこう述べただけだった。
「警察としては、盗聴と言われるようなことは過去にも行っておらず、今後も絶対あり得ないと確信している」

青木理「日本の公安警察」

伊丹万作「騙されることの責任」

もちろん、「騙す方が100%悪い」のは紛れもない事実である。
その上で更に「騙されることの責任」を考えよう。

伊丹万作「騙されることの責任」

もう一つ別の見方から考えると、いくら騙す者がいても誰1人騙される者がなかったとしたら今度のような戦争は成り立たなかったに違いないのである。
つまり、騙す者だけでは戦争は起らない。騙す者と騙される者とがそろわなければ戦争は起らない一度騙されたら、二度と騙されまいとする真剣な自己反省と努力がなければ人間が進歩するわけはない騙されたとさえいえば、一切の責任から解放され、無条件で正義派になれるように勘違いしている人は、もう一度よく顔を洗い直さなければならぬ。
伊丹万作「戦争責任者の問題」より


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