東京ヴェルディのブランディングを分析してみたら秀逸だった
東京ヴェルディという古豪
東京ヴェルディというプロサッカークラブをご存知だろうか。かつて「最強」と呼ばれたクラブも今は「古豪」。最後にトップリーグを戦ったのは2008シーズン。以来、2部リーグで戦い続け、トップリーグから離れて今年で11シーズン目を迎えている。
それでもヴェルディは未だに「名門」と呼ばれ続け、国際的な認知度も高いクラブだ。その所以は80〜90年代に積み上げたタイトルの数々にある。
与那城ジョージ、加藤久、松木安太郎、ラモス瑠偉、都並敏史、武田修宏、北澤豪、三浦知良、ビスマルク、ペレイラ、菊池新吉など各年代のスーパースターを集め、日本サッカーをリードした実績(以下参照)は、クラブに「名門」という枕詞を飾り続ける。
主なタイトル ※Wikipediaより
▼国際タイトル
【アジアクラブ選手権】
1987/88年度
【サンワバンクカップ】
1994年
▼国内タイトル
【日本サッカーリーグ】
1983年、1984年、1986年/87年、1990年/91年、1991年/92年
【JSLカップ】
1979年、1985年、1991年
【コニカカップ】
1990年
【ゼロックスチャンピオンズ杯】
1992年
【J1リーグ】
1993年、 1994年
【Jリーグカップ】
1992年、1993年、1994年
【天皇杯全日本サッカー選手権大会】
1984年、1986年、1987年、1996年、 2004年
【FUJI XEROX SUPER CUP】
1994年、1995年、2005年
設立50周年を迎えたヴェルディのブランディング戦略
そんなヴェルディは近年生まれ変わろうとしている。今年、設立50周年を迎えたクラブは様々なブランディングを張り巡らせ、その存在感を高めようとしているのだ。そして、このアプローチには国内では類を見ない狙いが垣間見え、名門復活を期待するに相応しい要素を兼ね備える。本記事ではヴェルディのブランディングという視点でその戦略を分析する。
はじめに分析の大枠を示したい。今回の分析は、ヴェルディのブランディングを伝統と革新に分けて捉えるアプローチだ。
ヴェルディのブランディングは、50年に渡り数々の歴史を作ってきたクラブの伝統をフィロソフィーと育成に落とし込み、総合型クラブとUX(ユーザー体験)によって革新を生み出す文脈で読み取ることができる。
東京ヴェルディのブランディング=伝統を生かした革新
【伝統】
・フィロソフィー
・育成
【革新】
・総合型クラブ
・UX(ユーザー体験)
フィロソフィー、育成、総合型クラブ、UX。この4要素はクラブ運営に必要な各方面に適切に向けられており、その戦略的なブランディングは緻密で興味深い。一つひとつ読み解いていく。
フィロソフィー(伝統/クラブ内部へのブランディング)
ヴェルディはサッカークラブには珍しくチームのプレースタイルについてフィロソフィー(フットボールフィロソフィー)を定めている。
一般的にプレースタイルはその時々に在籍する監督と選手によって変化するものだが、ヴェルディはその特徴を公式に定義した。「圧倒的な技術」「ボールの支配」「インテリジェンス」など、国内・アジアを席巻した伝統のスタイルの特徴を維持し続けることを宣言している。
また、フットボールフィロソフィー以外にもクラブフィロソフィーを定義し、プレースタイル以外の面でクラブが目指すべき方向性を示している(詳細はこちら)。
これらのフィロソフィーは内向きのブランディングとしての狙いが強いと見る。つまり、サポーターや育成組織の選手などを含めたクラブに関わるすべての人々へのブランディングだ。
多くの一般企業は企業理念やクレドを定めるが、その本質は組織文化の醸成にある。組織として「何をどう目指していくか」の共通認識を浸透させ、組織力を強めることにその意義を置いているのだ。ヴェルディのフィロソフィーもこれと同様にクラブの組織力向上に向けた共通言語だ。
これまで各所で語られてきた「ヴェルディらしさ」はそれぞれ好き勝手に解釈されてきた。私自身一サッカーファンとして、様々な「ヴェルディらしさ」があったことがチームが露頭に迷わせた原因でもあると思っている。それらを共通言語化し、小学生年代の下部組織からトップチームまでの全ての選手・スタッフ・サポーターが共通のイメージを持って「ヴェルディらしさ」を目指す素地が作られたと見ている。
育成(伝統/サッカー界へのブランディング)
現代のサッカー界においてヴェルディといえば「育成」である。
ここ10年間、ヴェルディは強豪チームへの人材輩出によってその存在感を保ってきたと言える。小学生年代から高校生年代までをカバーする育成組織(アカデミー)の優秀なスカウト眼と育成メソッドによって、国内外のトップリーグに多くの選手を輩出しているのだ。
アカデミー育ちの選手をトップに引き上げて活躍させることでクラブの力を上げつつ、時に育った選手を他クラブに売却し、資金不足を埋める。読売グループの撤退による経営難以降、この戦略がクラブを支えてきたと言える。
サポーターにとっては辛い話だが、クラブとしてはサッカー界に向けたブランディングとして「育成のヴェルディ」を掲げ、実質的に他チームへの選手売却を画策してきたように見て取れる。
読売グループが完全撤退した翌年の2010年以降、数々の選手が10代でトップに引き上げられては活躍。その後、多くの選手が国内外のトップリーグに移籍した。
近年の主なアカデミー出身選手
中島翔哉(ポルト)、小林祐希(ヘーレンフェーン)、安西幸輝(ポルティモネンセ)、畠中槙之輔(横浜FM)、菅嶋弘希(ポルティモネンセ)、和田拓也(横浜FM)、高橋祥平(磐田)、高木俊幸(C大阪)、前田直輝(名古屋)、吉野恭平(広島)、三竿健斗(鹿島)、安在和樹(鳥栖)、高木大輔(G大阪)など
中島、小林、安西、畠中、三竿は昨年のワールドカップ以降に日本代表に選出されている。特に中島は日本代表のエースとして10番を背負う選手にまで成長した。
また、今夏開催されたコパ・アメリカ(南米選手権)の日本代表には現在もヴェルディに在籍する渡辺皓太が選出(本記事掲載後8/8に横浜Fマリノスへ移籍)。オリンピック出場を目指す井上潮音、藤本寛也らアカデミー育ちの若手有望株が次々に育っている。
他クラブにオリジナリティの強い選手を送り続けることで、他クラブのスタッフ・選手・サポーターの中に着実に「育成のヴェルディ」というイメージを浸透させる。彼らの海外移籍や代表選出により更にその印象を強めていく。ヴェルディの育成はサッカー界において強固なブランディング戦略として成立していると言える。
女子チームの育成力
ちなみにヴェルディの女子チームであるベレーザは更にすごい。なでしこリーグ4連覇中のチームからは、今年のワールドカップメンバーに10名が選出(後に1名が離脱)。他チーム所属の選手も含め、アカデミーに当たるメニーナ出身者では8名選出された(後に1名が離脱)。日本サッカー界においては男女ともに育成の強さが際立つ独自のポジションを確立している。
総合型クラブ(革新/地域・サッカー界以外へのブランディング)
東京ヴェルディは日本初のプロフットボールクラブを設立して50周年の今年、新たなポジションの確立を宣言した。
単なるプロサッカークラブではなく、日本の首都東京を代表する総合型クラブを目指すことを標榜。既にeスポーツ、野球、ダンス、ホッケー、柔道など、他種目のクラブ運営を開始している。
「FASHION」「MUSIC」「GAME」などスポーツ以外のテーマを明示しており、総合型スポーツクラブに止まらず、あくまで総合型クラブへの昇華を狙うコンセプトだ。
これだけ多岐に渡る種目を網羅するクラブは国内では類を見ない。この狙いはどこにあるのだろうか。
私は総合型クラブを目指す狙いに地域・サッカー界以外ヘのブランディングがあると見る。つまり、サッカーに関心がない人々にもヴェルディに所属してもらうことで仲間やサポーターを増やしていく戦略だ。
サッカー以外のスポーツやゲーム、ダンス、音楽などのコンテンツを提供することで「スポーツクラブ×カルチャークラブ」として地域貢献の裾野を広げる。そして、そこに通う子供たちや地域住民、その家族をヴェルディファミリーに迎える狙いがあるのではないか。
ヴェルディのサッカークラブとしての人気は決して高いと言えない。同じ本拠地(味の素スタジアム)を利用するライバルチームであるFC東京との観客動員数の差は明らかだ。
2018シーズンのホームゲームにおける平均観客動員数
東京ヴェルディ(J2) 5,936人
FC東京(J1) 26,432人
クラブはこの差を短期的に埋めることは不可能という現実的な判断を下し、中長期的なファン層の拡大に踏み切ったと見られる。総合型クラブとして様々な年代、様々な趣向の地域住民をクラブのファミリーとして抱え、長い時間をかけてサポーターになってもらう。サッカーに関心がない人々の日常に敢えて寄り添うことで、サポーター予備軍を増やしていく戦略だ。
また、スポンサー契約にもその戦略が反映されている。今期よりモバイルゲーム事業とライフエクスペリエンス事業を主軸とする株式会社アカツキが経営に参画。FCバルセロナなど世界各国のプロスポーツチームが参画するe-sportsのプロリーグを設立するなど、競技体験の新領域を作り出そうとしている高収益企業とのタッグが総合型クラブとしての取り組みを後押しする。
UX(革新/感情・認知へのブランディング)
ここまで、東京ヴェルディがクラブ内・サッカー界・サッカー界以外に対するそれぞれのブランディングについて分析してきた。各方面で他のクラブとは異なるアプローチでその存在感を高めようとしている。しかし、そのためにどれだけ緻密なロジックを組み立てたとしても、クラブを支える経験が感情を揺さぶる魅力的なものでなければ、選手もスタッフもサポーターも熱狂し続けることはできないだろう。
ヴェルディのブランディングに秀逸さを感じるのは、クラブに関わる人々のUX(ユーザー体験)を高めるための施策を漏れなく準備した点だ。今期クラブが発表した取り組みには「ファッション」「デザイン」「エモ」といった人々の感情や認知に訴えかける要素が満載なのだ。具体的な施策を以下に記載する。
エンブレムの刷新
クラブは設立50周年に合わせ、新エンブレムを発表。2020シーズンから正式に採用される予定で、他クラブのエンブレムとデザイン性で差別化を図った。世界的なデザイナーを登用し、エンブレムやヴェルディ独自のフォントを開発。ファッショナブルで洗練された印象を確立したと言える。
▼現エンブレム
▼新エンブレム
▼デザインを担当したNeville Brody
Neville Brody
デジタル・デザイン、タイポグラフィー、アイデンティティに特化した、影響力を持つデザイナー。クリエイティヴの境界を押し広げる彼の洞察や情熱は、自身が運営するクリエイティヴ・エージェンシー『Brody Associates』の作品から見て取れる。30年以上に渡り、アルバム・スリーヴや文化施設のアイデンティティ、グローバル・ビジネスを展開する企業のデザインなど幅広く制作。ロイヤル・カレッジ・オブ・アーツ(RCA)教授、クリエイティブエクセレンスを促進する非営利団体D & A D の前プレジデント。世界中のデザインおよび教育の機関にて多数のレクチャーを展開。
※東京ヴェルディ公式サイトより
コンセプトムービー powered by Akatsuki
今期よりホームでの試合前に株式会社アカツキとの共同制作によるコンセプトムービーを放映している。『The beginning towards glory』という作品だけでも観ていただきたいのだが、非常に完成度が高くエモーショナルな演出になっている。サポーターからの評価も高く、この映像によってスタジアムのボルテージを高めていると言える。
ユニフォームデザインの刷新
ユニフォームもNeville Brodyがデザインしたフォントを用いるなど、デザインを大幅に刷新した。スポンサー各社の協力によりスポンサーロゴの配色を公式のものから変更し、トータルデザインにこだわった(通常スポンサーロゴは各社の公式ロゴの配色をそのまま引き継ぐケースが多い)。
2019シーズンのユニフォームはサポーターからの評判が高く、既に完売。追加生産予定もない状態だ。
また、クラブは設立50周年記念ユニフォームの発表。黒とゴールドを基調としたデザイン性の高いユニフォームは初回生産・追加生産ともに即日完売に至っている。
まとめ
ヴェルディのブランディングに興味を持ち、調べて書いてみると気づけば5000字以上に。クラブが実際に上記のような狙いを持っているかは不明だが、客観的に効果的な設計が随所に見て取れた。改めて東京ヴェルディのブランディング戦略をまとめると、以下の通りだ。
東京ヴェルディのブランディング=伝統を生かした革新
【伝統】
フィロソフィー
→クラブ内部へのブランディングによる組織力強化
育成
→サッカー界へのブランディングによる存在価値の向上
【革新】
総合型クラブ
→地域・サッカー界以外へのブランディングによる裾野の拡大
UX(ユーザー体験)
→感情・認知へのブランディングによるクラブに関わる経験の魅力向上
東京ヴェルディならではの伝統を生かして革新を起こす美しい設計だ。一方で、この設計は「大言壮語」や「絵に描いた餅」になりやすいとも言える。資金力はもちろん、チームの成績、クラブとしての組織力、サポーターや地域の支援などが欠かせず、継続した実行が難しいためだ。強い信念を持って粘り強く施策を押し進める必要がある。
実際に味の素スタジアムにも足を運んでみたが、サポーターによる応援歌の歌詞カード配布や、サポーター有志によるユニークなスタメン紹介(ホワイトボードが掲出されている)、サポーターとクラブの連携によるチャント(選手個人の応援歌)歌詞のビジョン表示など、クラブとサポーターが協力してスタジアムに良い雰囲気を作っていた。クラブにはもう一度這い上がる気概が溢れている。
このブランディング戦略が実を結び、クラブに関わる人たちが一体となり名門復活を実現する姿を心から見てみたいと思う。
<参照>
東京ヴェルディ公式ホームページ
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