[暮らしっ句]落第子[鑑賞]
わたしは落第未遂者なので知りませんでしたが、
二月に確定するんでしょうか?
この時期の季語だそうです。
落第や 駱駝駱駝と唱へつつ 小林貴子
落第子 空瓶ほうと 吹きにけり 坂ようこ
落第が確定して間もない時期の描写と見ましたが、何ともリアル。意識下では、いろんな考えが錯綜していると思いますが、意識の上では呆然自失。アホウ状態。
大人のノウハウとしては、常に先のことを考えておくというのがあると思いますが、落第したときのことは考えにくいですよね。というか、先が読めるなら、まず落第しないようにするでしょうし。
話が飛躍しますが、戦争での敗戦というのは似てるかも知れません。負けることを考えないでやるのではないか。損得でいえば、やらないより負けた方が大損なんですけど、そういう議論が出来なくなって戦争になる。損得づくしの世の中が、急に大義を論じ出すと危うい。
話を戻しますと、落第にも相応の理由がありそうです。惰性でサボったというよりも、消極的にせよ、何か理由があって落第しても構わないという思いがあったのではないか。であれば、学校の成績はむしろ二の次。
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豪華船 落第の子が見て帰る 大串章
先の句もこの句も、親目線。デリケートな時期ですから出来ればそっとしておいてやりたい。でも帰りが余程、遅かったんでしょう。仕方なく問うと「QE2を見てきた」と、ぶっきらぼうな返事。たぶん会話はそれで終了。どうだった? と云うのも間抜け。何のために観に行った? というのは本人にもわからない。作者にはその理解があるので、やりとりはそこまで。
一応、切符買って出かけて、ちゃんと戻ってきたわけで、ぶっ壊れてはいないことはわかった。それでよしとしようと。
子の心境としては、自分はあんな船に乗れるような人生じゃないな……とか、そんなことも頭に過ったかも知れませんが、そんなことよりも息の詰まる現実を少しの間でも忘れたかったのでしょう。その程度のことなら、逃避ではなく健康な気分転換。それが咄嗟に出来ることは素晴らしい。
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落第や 世間を少し遠くして 稲畑廣太郎
これは仕方がないですね。浪人、失業、離婚なんかは自己紹介を難しくしますから。皆が詮索するわけではないんですが、尋ねられたらどうしようと思ってしまうと、世間に出ていくことがためらわれる。
ちなみに、病気はまた別なんですよね。失業は恥ずかしくて云い難いですが「ちょっと身体を壊しまして」というのは云いやすい。だから、病気に逃げ込むという構造がある。仮病を使うのではなく本当に病気になる。「病は気から」ですから、そうなって当然。でも、それが罠!
病気に逃げ込んだ場合、しばらく病人生活をすることになり、その後にリハビリですから。かなりのロス。真面目に病人やると数年なんかあっという間です。余談の余談ですが、特効薬は錠剤じゃなく、やりたいこと。夢中になれる時間ですからね!
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落第の子が はっきりとものを言ふ 中川句寿夫
「落第してる癖に口だけは一人前だな」なんていう憎まれ口ではありませんから。早とちりは禁物。萎縮していないことに安心したという意味です。
でも、本人の前で口にすれば、火種になりそう。そこはやはり落第子は手負いの獣のようなものですから。
ただ、考えようによっては、爆発しそうな状態というのは、身体が発散したがっているということで、それは何かで発散したほうがいいのかもしれません。ケンカ以外の方法で発散するに越したことはありませんが。
怒りにもカンフル剤的な効用があって時にはそれに助けられるようなこともあるにはあるんですけどね。
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シェーカーを振つてゐるなり 落第子 福島せいぎ
詳しい事情はわかりませんが、水商売のアルバイトをはじめたということでしょうか。学校辞めて就職したのなら、もう落第子じゃありませんし。
まあでも、バイトとは云え、夜の仕事となると平凡な親であれば心配ですよね。
でも、そのお子さんにしてみれば、むしろ行動に一貫性があるのかもしれません。常識的への挑戦というか、その手前かも知れませんが、グレーゾーンに心引かれている状態。
反社会的とか落伍者とか云われている人たちのほうに、むしろ真実があるのではないかと。そんなふうに思える時期なのかもしれない。
「時期」などというと嫌らしいですが、多感になれるのも若いうちがチャンス。歳食うと、自分の正当化で手一杯になりかねませんから。つまり、重なるんですよね。競争の時期と多感になる時期が。
では、そういう時に親とすればどうすればいいのか? 難しいですが、推移を見守ったほうがいい時期もあるのでしょう。放任とか、強く云えなかったということではなく。
そういえば、介護にもそういうところがあります。転倒を防げる至近距離に張り付くことはまったく非現実的。長いスパンで介護することを考えれば、なるべく距離を置いた方がいい。家族には。間合いが大事!
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飼猫を 話相手に 落第生 山本雅子
老犬の頭をなづる 落第子 西村洋平
葱の花 落第坊がいとほしむ 定梶じょう
なんだか、ほっとする光景。こういう云い方をすると語弊がありそうですが、傷ついた植物がそれを治すために分泌する成分が、人間の役にも立つということがあります。困っている人のせつない行動には、それに似た癒やしの空気があるのではないでしょうか。
今、思い出されたのは、施設で出会ったAさんのこと。
施設にこられた時には、八十才くらい。二度目の脳梗塞をやって片麻痺になって施設に入ってこられた。でも、すごく根性のある方で毎日、懸命にリハビリに取り組んでおられました。そういう姿を三ヶ月くらい見ていて、そして三度目がやってきた。病院から施設に戻ってこられた時には寝たきりでした。神も仏もいないのか、というようなことになったわけです。
しかし、お会いすると、微笑まれたんですよね。でも、両目からポロポロ涙があふれてくる。それがものすごくきれいで、もう三十年くらい前の事ですけど、人生で一番きれいだと感じたのは、その時のAさんの笑顔と涙です。
つまり、神も仏もいないのか! ではなかったんです。その方には、おそらく最高の幸せのエッセンスが与えられた。
でね、そういう方のそばにいるとこっちまでその恩恵に預かれるんです。どす黒い心が浄化され、頑張ろうという気持ちにさせてもらえる。そこに言葉はないんですよ。弱きもの、困難に直面している者には何かあるんですよ。やっぱり!
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落第も 気にせざる子に育ちけり 安原葉
「育ちけり」ですからね! 生まれつきではありません。
「育てけり」でもありません!
どこでどう間違えて落第するような子に育ってしまったと思えば、ため息が出ますが、この句では、落第が逆にたくましさの評価軸になっている。落第しても平然としていやがる。たいしたもんだと。
親がそんな目で見てくれれば、わたしも屈折せずに済んだ?
出典 俳誌のサロン 歳時記 落第
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