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[暮らしっ句]秋の暮1[俳句鑑賞]
「孤独の妖し」編
人肌の首を撫でをり 秋の暮 山田六甲
自分の首です。他人の肌に長らく触れていないと、自分の肌に、どきりとすることがあるものですが、そんな時間がもっと長くなると、人肌を感じた手が引っ込まなくなる。すべてが遠い過去……。
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秋の暮 くびれこけしの糸引く眼 松本三千夫
西洋のアンティークドールって生気がハンパないですが、一番の特徴は、ぱっちり開いた目。映画でもそんなシーンがあったかと思います。閉じていた目が、突然、開いてこっちを見る。 キャーーー!
その点、日本の人形はさほど怖くはありません。人形塚とかにある、壊れた人形はこわいですけど、古いだけでは異様な感じにはなりません。でも、よおく見ると、目が糸を引いていた……。
この「糸引く」は細い目に「糸を引くような視線」が重ねられたもの。「糸を引くような視線」とはどんなものでしょう? 「くびれこけし」ですから、女性です。
鋭い、ではないですね。絡みつくような… も、ちょっと違う。細い目がさっと走っただけ。こっちを見たのかどうかもはっきりしない。でも、確かにこっちを見た! とか思うと、囚われてしまう…。
「目ヂカラ」なんて言葉がはやりましたが、そんなのは青眼に構えて挑んでくる剛の者で、達人ともなると、半眼一瞥で十分。これはその女性版か。
武の達人とそんな女性に共通するものは何か?
変なことを云うようですが、たまたま一昨日前に進化論の話を聞いていたんですが、そこに出てきたんですよ。メスがオスを選別する話が。
それ、進化論の初期に発見されていたんですが、長らく省みられなかったそうです。男性優位の社会では受け入れがたいことだったから。
でも、自然界にはそういう事例がたくさんある。そして、文化人類学でもそんな例はふつうに観察されている。
「糸を引くような視線」とは、女性からの挑発かもしれません。
バカな男だと、誘われたかと勘違いしますが、そうではない。
品定メ シテアゲテモ イイワヨ。自信アル?
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嗅ぐためのマッチ 擦りたる 秋の暮 前川明子
これも孤独の描写。この「マッチ」の臭いは煙草のことですね。訪問者が煙草を吸う。「訪問者→煙草→マッチの臭い」という連想が主人公にしみついてしまっている。なので、さみしいとマッチの臭いさえ恋しくなる。
しかし「マッチ→煙草→訪問者」という連鎖は起こりません。マッチを擦っても待ち人は来ない。そんなことはわかっている。でもつい、やってしまう、もののあはれ。
オスを選別していた気高いメスも、そうなることがある。いや、違うか。メスはやらない。女だけにそれが起こる。それもまた人間の哀しさ。
もちろん、作者はそんな女性も愛しいと思っている。だから句に詠んだわけですし、そこに普遍性があるから、読み手にも伝わる…
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最後は、もう少しあかるい作品を取り上げようかと思いましたが、
中途半端に気持ちを上げるより、宵越しを目指すのも一興~
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出典 俳誌のサロン
秋の暮
ttp://www.haisi.com/saijiki/akinokure1.htm