見出し画像

[空想]シン仮想美術館とネオ・キュレーター 1/4

 この物語は、noteで出会った ある美術の専門家の方を
イメージして空想したものです。その説明は末尾にて。
***************************


 新しい物事は、たいてい二つの出来事の重なりからはじまる。

 一つ目の出来事は、妹からの依頼だった。
 妹の息子が仮想世界での美術館建設を担当することになり、アドバイスしてやって欲しいと頼まれたのである。

 仮想世界、いわゆるメタバースというやつだが、実はいくつもある。プラットフォーマーが巨額の資金を投じて作るものもあれば、ベンチャーがこぢんまりとつくるものもある。語弊があるが、とりあえずはテーマパークをイメージしていただければ良い。大規模な○○ランドもあれば、森の○○村もあるということだ。必ずしも大規模なものが成功するとは限らない。
 テーマパークと違うのは、そこに仕事場や学校や病院などがあること。リモートで会議、授業、診察が行えること。ちょっとややこしいことを云えば、仮想世界の中に遊園地もコンサートホールも、観光地だって作れる。ゆくゆくは、どんな人も一日の多くの時間を仮想現実で過ごすことになるそうだ。

 甥が担当することになったのは、わが国の民間事業としては二番目の規模だそうだから、小さなプロジェクトではない。上場企業も数社名前を連ねているらしい。
 しかし、だからといって成功する保証はなく、下手すれば五年後には跡形もないということだってあり得る。親としては気が気ではない。おそらく「藁(わら)にもすがる」思いで、オレに相談してきたのだと思う。

 実際、オレなど「藁」も同然だ。ざっと自己紹介をすると、オレは美術の専門家でもなんでもない。地方で小さな広告代理店をやりつつ、ちょうど生まれたばかりのインターネットで、地元の展覧会や作家を紹介するホームページを運営していた。それだけの経歴しかない。
 少々、ユニークなアイデアを出せたので、隙間を縫って何んとか生きてこれたが、それとて地方の常識や実情を理解していたからだ。変人だから、やることなすことユニークだったと思われては困る。
 アートとか美術館に関して、ユニークなアイデアを出そうと思えば、アートシーンに通じている必要がある。さもないと、自分の思いつきが、三十年も前にすでに誰かがやっていたことだった…… なんてことになりかねない。特にアートは、アイデアの超激戦区なのだ。

 世界中からアクセスが見込める仮想美術館…… その建設に助言出来る! 元企画屋にとって血が騒がないわけがなかったが、悲しいかな自分にはそれだけの能力がなかった。町の資料館を作るのとはわけが違う。そんなチャンスが巡って来るとわかっていれば、真剣に準備していたが、今急に云われてもどうにもならない。

 ところが、断りの返事を入れるまでの間に、ある美術研究者との出会いがあった。それが二つ目の出来事である。
 名をArt.note氏という。ネット上でのハンドルネームだ。本名も専門もわからない。ヨーロッパで研究しているそうだが、そこが大学なのか美術館なのか、あるいは、大手アート・ディーラーか大富豪の私的研究所なのかも不明だ。
 オレが舌を巻いたのは、アーティストや作品を紹介する、その語り口の鮮やかさだった。平易な言葉で本質に気づかせてくれた。情報の量や正確さで勝負しているのではなく、一点突破なのだ。天才のみに許される戦法だ。彼が協力してくれたら、やれる! その思いつきはすぐに確信に変わった。

 ということで、ふって湧いたような二つの出来事から、オレは世界中の野心家が群がる仮想美術館の競争に参戦することにした。これはオレが、甥っ子にアイデアを提供するまでの物語である。

 企画書を作ることはせず、イメージ・ストーリーだけをまとめることにした。企画書の作り方一つにも流行があるし、能力が如実に表れる。オレの知ってる形式など時代遅れもいいとこだし、能力もお粗末この上ない。もちろん、プレゼンは甥がやるので手直しはするだろうが、それならば、素材を渡したほうがいいということだ。
 登場人物は二人。仮想美術館のコンペに応募する零細企画会社の部長と新入社員ということにした。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

新人「部長、大仕事ですが、どこから手をつけましょう?」

部長「考えて来い、と云っておいたはずだ。いきなり上司に振ってどうする!」

新人「いや、宿題はやってきましたよ。でも、自分で云うのもなんですが、イマイチなんで、部長の貴重なお時間をムダにしてはいけないと思って自粛したんスよ」

部長「ごちゃごちゃ云ってないで、早く説明しろ!」

新人「じゃあ、云いますけど、途中で欠伸(あくび)なんかしないで下さいよ。こう見えても傷つきやすいんスから」

部長「『貴重なお時間』なんたがな」

新人「えーー、世間では、今、web3.0が注目されておりますが、アート分野でもまさに同じような変革がはじまりつつあると考えます。えーー、ここではそれをart3.0と呼ぶことにしますが……」

部長「なんだ、そのweb3.0というのは?」

新人「知らないんスか?」

部長「オレのことをクライアントだと思って説明しろ。クライアントに向かって、『知らないんスか?』とは云えないだろ!」

新人「ご存知ありませんか?」

部長「殴られたいか?」

新人「ユーモアです。えー、web1.0というのは、インターネットの目的が閲覧だった時代のことですね。ホワイトハウスのホームページを見て、うわっ猫がいる! とか、そんな時代があったんでしょ?」

部長「よくそんな古いことを覚えているな」

新人「生まれてませんよ。今、二十三なんスよ」

部長「…………」

新人「えー、それに対してweb2.0というのは、双方向になった時代です。買い物したり、SNSとかです。それから、パソコンがなくてもスマホでネットを利用出来るようになったことも大きいスね。部長なんか、今でも、そこで止まってるんじゃないですか?」

部長「その先があるのか?」

新人「それがweb3.0ですよ。今、はじまったばかりなんで、必ずしもはっきりしているとは云えません。断片的に、仮想通貨とか、NFTとかDeFiとかウォレットとかDAOとか、プラットフォーマーによる寡占が崩れて、再び分散化する時代になるとか、いろいろ云われてます。一つ一つ説明しましょうか…… お客サマ?」

部長「いい、いい。頭が痛くなる。それがアートにどう関係する?」

新人「こじつけですけど、art1.0、art2.0、art3.0というものを仮定してみたんス。art1.0というのは、貴族や宗教組織や富豪らが、絵や彫刻を発注した時代です」

部長「ダ・ビンチやミケランジェロの時代だな」

新人「そうっス。それが時代が降ると、注文を受けなくても画家が自分の描きたい絵を描いて、それを展覧会で発表するようになります。展覧会には大衆も集まるようになりました。というか、大衆に見せるための美術館が建設されたわけっスね」

部長「印象派とかの時代か」

新人「そういうことっス」

部長「しかし、それは今も同じだろう?」

新人「基本的には変わってないっスね。公募展のようなものが下火になって、アーティストが独自に発信したり、あと新しいメディア作品が登場したり、パフォーマンスが出てきたとか、そんな変化はありましたけど」

部長「それがart3.0になると、どう変わるんだ? それが仮想現実美術館のコンセプトになるわけだな?」

新人「それが、そこのところが考えがまとまらなかったんスよ」

部長「なんだと? そこが肝心なところじゃないか!」

新人「お言葉を返すようでございますが、それがわかったら、わたしくはアーティストとして成功出来ると思うんでありますが」

部長「こんなシケた代理店には居ないと云いたいのか!」

新人「それは云わぬが花だと。いや、秘すれば花でしたっけ?」

部長「花より団子みたいなツラして、ぬけぬけと……。
 まあ、話はわかった。今の分析はイントロとしては使えそうだ。そのart3.0の中身とやらを二人で練り上げようじゃないか」

新人「次は、部長の番っスよ。部長はどんなこと考えてるんっスか?」

部長「そうだな。まず方向性を決めなくてはいけないな。すでにある美術館のホームページのようなものを作っても仕方がないからな」

新人「…………」

部長「世界の主な美術館のホームページを見て回ったが、どこも洗練されていて完成度がすごく高かった。もうそれ以上、改善の余地がないというくらい、よく出来てたな」

新人「それで?」

部長「だからまず、仮想空間で作る意味を考えなくてはいけない。WEB上の最適解は、すでに出来ているわけだ。しかし、それは仮想空間での最適解ではない」

新人「あのう、前提を繰り返しているだけで、アイデアが少しもない気がするんスけど……」

部長「そう、あせるな。目標をしっかり確認することが大事なんだ。それが仕事の基本だ」

新人「…………」

部長「仮想現実って、どんなものだと思う?」

新人「また、オレっスか?」

部長「つべこべ云わずに、答えろ!」

新人「笑わないでくださいよ。いろいろ考えた上でのことなんですから。
 やっばりね、SF映画とかアニメに出てくる現実と夢が融合したような世界じゃないかと思うんですよ」

部長「たとえば?」

新人「空飛ぶスクーターで、ギュンギュン飛び回るとか、未来都市があったり、あるいは逆に、恐竜の世界があったり……」

部長「そういうのは、CGを駆使した特撮だと思うんだが、まあいい。ゆるキャラみたいなアバターが、小さな町で活動するというのは考えなかったのか?」

新人「ええっ、そっちっスか!」

部長「大勢の人が参加して、そこで出会ったり仕事をしたり、お店があったりする……そんな仮想現実といえば、そっちだろ?」

つづく

いいなと思ったら応援しよう!