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[暮らしっ句]蒲 団[俳句鑑賞]

 まずは「日当たり」のありがたみを思い出すために……

 逃げ易き日に 路地住の干蒲団  安陪青人

 生家がまさにこれでした。冬だと二階の物干しでも日が射す時間が三時間足らず。それが普通だと思ってました~
 ただ、この句は貧乏自慢(感傷)ではありません。
 不満じゃなく、おもしろがってる。そこが魅力。学がないので解説できませんが、もしかしたら、それが諧謔というものかも。
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 押入れの闇の記憶や 干蒲団  塩路隆子

 親が蒲団を干している間、押し入れが空きます。そこに入って内から戸を閉めて「闇」を体験したことを思い出された。
 親は日の恵みをムダにすまいとしていたのに、子は日から隠れていたという。一種の「親の心、子知らず」とも云えそうですが、「お母さん、ごめんね」ということではありません。母のことは特に意識されてはいません。意識されているのは、あの時の自分。
 押し入れの暗がりに潜んでいた自分と、蒲団を干している今の自分は、果たして同一人物なのか? 戸籍上はおそらくそうなのだろう。でも、中身は? 歳を重ねて意識が変わった? それともどこかで中身が代わった?

 もしやと思って、押し入れをパッと開けると、そこには、子どものままの自分が隠れていた……

 サイコごっこはそのくらいにして、日常に戻ります。
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 蒲団干す 猫と犬とに愛されつ  長沼都

 蒲団を干していると「猫と犬」がまとわりついてきたのでしょう。先方にすれば、食事の時間だというアピールかもしれませんが、愛だと思うことで世界が明るくなります。催促されていると思えば、しあわせが逃げていく~
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 勘違いの多い一日 羽蒲団  近藤千雅

 蒲団の中に入って、今日一日の出来事をふり返られた。いつもそうされているのか、その日はそうせずにはいられなかったのか。
 特定の失敗が尾を引いているんじゃなくて「勘違いの多い」ことを気にされている。高齢者、あるあるですが……

 あらためて考えてみると、ひとつの出来事をくよくよ考え続けるのと、「最近、失敗が多いなあ」と思うのと「どっちが重い」でしょう? ボケの進み具合としては後者の方が進行してそうですが、心理的な負担は少ない気がします。特定の問題について悩み続ける方がたぶんしんどい。
 そう考えると、高齢者はたくさん失敗することで、実は深手を負わないよう体質が変化していくのかも!(天然のリスク分散システム~)
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 帰りたる子のぬくもりの布団干す  武井美代子
 ぬくもりのまだある妻の蒲団干す  宮森毅

 一見するだけで違いが歴然。俳句っておもしろいですね。
 深読みしなくてもそのまま伝わってることもあれば、二度見、三度見しても、ビミョーな内容もある。
「妻のぬくもり」とありますが色っぽい話ではありません。しかしそれは読んでわかること。一見すると、もしやと思う。そのフェイントがあるからおもしろい。野暮ではありますが、ちょっと講釈。

講釈その1
 ふと感じた「ぬくもり」から、昔の妻を思い出した。「ぬくもりだけは、変わってないなあ」

講釈その2
 生々しい「ぬくもり」を感じたが、イメージされたのはかつての妻ではなく、さっきの妻。振り向きもせずに、背中を向けたまま、「ふとん干しといてね」と言い置いて出かけていった……

 こんなこと云ってるから、ダメなんですね。
 さて、最後はポジティブに
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 下宿生 屋根に布団を干し合へり  大串章

 これだけで青春が感じられますね。まぶしいくらい。
 しかし、わたしの経験からすると、ダニでもわいて、たまりかねてやったんじゃないかと……。微笑ましく眺めていたら、変なもの貰いますよ~
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 逆転の発想ありき 蒲団干す  前田美恵子

 嫌なことを忘れるとか、ストレスの発散を兼ねて蒲団を叩くという句は、わりとあったんです。でも、この句は感情の発散ではなく、具体的なプランと勝算があるようです。そういう時はきっと派手に叩いたりはしないんでしょうね。     今年こそは、わたしもかくありたい!


出典 俳誌のサロン 
歳時記 蒲団
ttp://www.haisi.com/saijiki/huton1.htm



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