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[暮らしっ句]卒業[鑑賞]
「卒業式の当日」編
名を呼ばれ 返事大きく卒業す 中山静枝
若い人が見たら、そんなの普通じゃんということかもしれませんが、人生の中ではそうあることではありません。会社によっては、大きな返事をするところもありそうですが、質が違います。
それから、同じ卒業式の場に居合わせても、皆が殊勝な気持ちでいるとも限りません。変なところに注目してる人もいる~
喉仏 むき出しにして 卒業歌 塩見恵介
ちょっとむさくるしくなったので、軌道修正。.
少女らは 髪結ひ合ひて 卒業期 坂本節子
ウィンクを 上手に覚え 卒業子 高橋澄子
小鳥逃げた と泣いた日もあり 卒業す 元田千重
作者は皆、女性。生物学的な性は安易に云えなくなりましたが、女性的なものはやはりありますね。「髪結ひ合ひ」という実体験があったから、そういう句が浮かんだというより、そもそも「髪結ひ合ひ」という行為の元になった感性があるように思います。仮に長髪の男子たちがいて、「髪結ひ合」うかというと、それはないでしょうから。
「ウィンクを上手に覚え」だってそう。男子だってウインクする者はいるし、最初は少し練習したはず。しかし、そんなことは本人の記憶にも周囲の記憶にも残らない。「両手をポケットに突っ込んでがに股で歩くようになりやがった。あのかわいかった坊やが……」というくらいなもんです。
「小鳥逃げたと泣いた日もあり」、ここまでいけば昭和アイドルの歌詞のようですが、わたしの同時代のアイドルが四十代になった頃、こんなエピソードを語っていました。
小鳥を家の中で放し飼いにされてたそうなんですが、ある日、何も考えずにソファに腰を降ろして、立ったときに子どもが絶叫したと。何かと思ったら、そこに小鳥がグッタリ……。そして、そのことを雑誌に公表するんですから。年齢は残酷ですね。いやそういう問題じゃないか。少女期が特別なんでしょう!
告白の機会なきまま 卒業す 石橋萬里
第二釦 渡せぬままに 卒業す 鈴木撫足
縁がなかったシチュエーションなんでスルーしますが、老人ホームで「第二釦(ボタン)」のことを尋ねたら、ご存じの方が多かったです。結構、古い習慣なのかもしれません。「エス」の話をしてくださるかたもおられましたし。
その方の少女期は戦前ですから、戦時中だけが特殊な時代で、戦前も同じだったと思うと、それは違うと云うことです。昭和二十年代や三十年代よりも大正から昭和初期の方が文化が熟していたようです。まあ、ある程度、裕福な人たちのことでしょうが。
最後に、個人的に共感した句。はい、ぼっち系です~
陸上部 島を一周 卒業す 片山喜久子
独りだけのシュートを決めて 卒業す 近藤栄治
卒業だ!石ころ蹴って草蹴って 岡崎禎子
自分ひとりの儀式も必要なんだ! と云ってみたい気もしますが、こういう経験をした子は、生涯、何かにつけてひとり時間過ごしてるような気もする。試合でシュートを決める人生と、あとで未練がましくシュートする人生……、わたしなんかも、かなり後々まで部活の練習メニューを思い出してやってましたからね。ずっとじゃないですよ。たまに奮起したくなると、かつての部活の練習。イタイですね。
「石ころ蹴って草蹴って」のほうが、ケリをつけてる感じがします。あ、この句の作者も女性か。いざとなったら女性の方が思い切りが良いというのはやはり本当かも。
蛇足かも知れませんが、現在の視点の句もひとつ
卒業や 蛍の光 遠き日よ 水谷直子
これたぶん反対です。あの頃に焦点を合わせると、ありありと思い出せますから。全然、遠くない。
老人ホームのレクでね、一年に一度だけ卒業の話題を出して「蛍の光」と「仰げば尊し」を歌うんです。皆さん感極まって泣かれますからね。認知症とか関係ないです。「もらい泣き」説もありますが、それこそが一体感で、孤独の一番の特効薬でしょ。
「遠き日よ」と云ってしまうのは、飛び込むこと(すっかり思い出すこと)がためらわれるからかもしれません。そのためらいは、当時、告白が出来なかったことや、シュートチャンスで打てなかったことに通じるのかも。もっとも、そういう人のほうが大半でしょうけど。
でも、そうか、多くの人は若い頃には思い切れずとも、あとで勝負すべき時に勝負できるようになっていくのか。それが大人になるということかもしれません。
でも、大人になって終わりではなくその次に老いが忍び寄ってくる。そうすると、また、あの時ああしておけば、というような、ぐずぐずとした心持ちに戻ってしまうのかな。
わたし? わたしは大人になれずにグズグズしっぱなしで、普通じゃないからなあ。近視が老眼になる前に瞬間的に目が良くなるという、そのワンチャンスに期待しますかね。チャンスはあくまで機会であって、その時にシュート打つのは自分ですけど!
出典 俳誌のサロン 歳時記 卒業