[暮らしっ句]日脚伸ぶ[鑑賞]
わたしが一番好きな季語かも。
元の意味は、日没が少し遅くなった。日が長くなったなあ、という気づきですね。秋の「釣瓶落とし」の逆です。秋は、どんどん短くなる気がしますが、一月も後半になると、急速に日が長くなってる気がする。
気分も秋は気ぜわしく、またブルーになりがちですが、今の時期は、少しゆるむし楽観的になります。
まあ、そのあたりは作品で実感していただくとしましょう。
日脚伸ぶ 縁の雀も長居せり 岡敏恵
「雀」を見て、「そうか、おまえも日が長くなってるのがわるんだな。だから、のんびりしているのか」と思う。
なんのヒネリもない?
それが「日脚伸ぶ」の王道なんです。若い人には退屈かもしれませんし、世間から取り残された不安感さえ感じるかも知れませんが、人生、否が応でもいろいろ出てきますから、歳を取ると、こういう「間」が愛しくなるのです~
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日脚伸ぶ 銀座に仏蘭西人形展 池本敏恵
展覧会を見に銀座まで来たのか、展覧会のポスターを見かけただけなのかわかりませんが、要するに、出かけたくなったと。長くなった時間は十分数分だとしても、気分的には大違い。ちょっとそこまでじゃなく「銀座」ですからね! 軽い気持ちでは行けない!?
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日脚伸ぶ キス人形が目を閉ぢて ふけとしこ
新しい人形ではないですね。昭和っぽい。ずっと飾られていたのか、それとも片付けをしてたら出てきたのかわかりませんけど、気づきがあったわけです。何故、気づいたかというと、ふだんとは違う気分になったから。
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部屋ごとに 時計のありて 日脚伸ぶ 増淵三良
これなんかもそう。部屋ごとに時計があるのは、ずっと前からのこと。まあ、意図して各部屋に用意したのではなく、いつのまにかそうなっていたということなんでしょうけど、それは今に始まったことではありません。
ところが、ふとそれに気づく。敢えて説明すれば、五時過ぎに帰宅したところが部屋の中がまだ明るくて、玄関の掛け時計で時間を確認した。うん、間違っていないと。
そして着替えようと入った部屋で、今度はその部屋の時計に目が行った。これは時間を確認するためではなく、頭の中が時計を意識するモードになっていたからです。そしてそのことが自覚されると、そういえば、どの部屋にも時計がある…… なのに、ふだんはどれも見ていない…… なんてことを思うわけです。
いかがですか? 日が少し長くなる、それだけでずいぶん世界が変わって感じられるでしょ? それが「日脚伸ぶ」という季語の魔法。
大げさに云えば、世界が新鮮に感じられるのは、単に日が長くなったからではなく、冬至で太陽が生まれ変わったからですが、その時、人々の意識もフレッシュになるんです!
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日脚伸ぶ 壜のビー玉 七色に 元和木恵美子
スピリチュアルに云えば、年が明けて世界が輝きはじめる。敏感な人には、それがわかる。昨日までの「ビー玉」ではない!
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保母さんも園児もバイバイ 日脚伸ぶ 甕秀麿
「バイバイ」の時間、こないだまでは日が少し傾いていた。でも今は……ということですが、もう一つ深読みすると、「バイバイ」にチカラが感じられます。さみしい別れの気配がない。これからの「バイバイ!」は「また明日!」で、今日に勝る明日が約束される!
ちょっと賑やかな方に偏りました。そっちの世界もありますが、わたしが好きなのは、顕微鏡レベルの地味な世界……
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落ちさうで落ちぬ目薬 日脚のぶ 市川伊團次
お気づきになられましたか? この句のスゴさが。
「目薬」だけの話なら、単なるあるあるですが、「日脚のぶ」の時期にこれを語ると、意味合いが全然、違ってくるのです。世界の秘密が語られる。わからない? では、特別にお教えしましょう。
日が少し長くなる…… どこかで帳尻を合わせる必要があるのです。
暦の時間調整は、閏年とかで調整しますよね。でも、それは物理的な時間のこと。感覚の時間は、そんな方法では調整できません。どうするか?
いろんな場所でいろんな裏方が涙ぐましい努力をされている。一般人はなかなか気づきませんけどね。
前置きが長い? 失礼しました。
要するに、この「目薬」君、いつもなら、ゼロコンマ7秒で落下するところを、感覚時間の調整のため、必死の力で容器にしがみついて、伸びた時間を、彼が埋め合わせたのです。
「目薬」君のこの努力がなければ、作者はプチ時差ぼけで、食欲がなくなったり苛々したり、不眠にさえなっていたかも知れません。「目薬」君が時間を調整してくれたので、危険を回避出来た。
本当はね、世界にはそういう裏方さんがいっぱいいて、我々はずい分と救われているんですが、なかなか気づくことが出来ません。不快は感じても無難には鈍感。ですから、この句は世界の真実を覗かせてくれたという貴重な証言でもあるのです。
気づいた作者も偉い?
それはどうでしょうか。目ん玉ひんむいて凝視していたわけですからね。見逃しようがありません~