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[短編]縫い包み先生

 うちの病院には、手術の出来ない外科医が一人いる。
 正確に言うと医師ではない。看護師の下で雑用をするパート職員だ。しかし、小児患者を慰めるのに抜群の適性があって、いつしか子どもたちに信頼される外科医の「役」をやるようになった。
 こういうと、映画にもなったおどけたクラウンを想像されるかも知れないが、そのような陽気なタイプではない。むしろ無愛想で、子どもたちの前でも黙々と壊れたぬいぐるみの修繕をやっている。これが何故か子どもの心をひきつけるのだ。

「ねえ、どうしてお医者さんなのに、ぬいぐるみの修理なんかするの?」

「こわれたままじゃ、かわいそうだろ」

「痛くないのかな?」

「そりゃあ、少しは痛いさ。でも、ちょっとだけ我慢すれば治るんだから、そのほうがいいと思わないか?」

「…………」

「キミは、どっちがいいと思う? こわれたままか、なおったトモダチか?」

「先生は、なおした方がいいと思ってるんだね」

「キミの病気は手術すれば治るからね」

 頑なに手術を嫌がる子どもたちの多くが、彼のおかげで手術を受ける気持ちになってくれた。彼の仕事は子どもが麻酔で眠るまでと、手術が終わった後の見舞いだ。子どもたちは、もちろん彼に感謝する。その点、少々妬ける気持ちもないではないが、子どもたちの身になって考えると、たぶんそれこそが最高のストーリーだと思う。

 わたしも定年まであと五年を切った。内々の話では、その頃にはロボットの導入がはじまっているらしい。外科医もロボットに職を脅かされる時が来たというわけだ。試作機を見た限りロボットの腕は確かだ。すぐに導入されないのは、技術上の課題ではなく既得権益の問題だろう。
 しかし、どの分野もそうであったように上層部は結局、金を受け取って軍門に降る。病院はやがて無人の工場のような場所になるのではないか。

 そんな病院になんか行きたくない?
 大丈夫。その時には患者には仮想現実のデバイスがあてがわれているはずだ。脳の中に映し出されるのは頼もしい医者であり、やさしい看護師だ。デバイスが脳にそのようなイメージを与えれば、それが現実なのである。

 余計なことだが、その時、彼はどうなるのか。気にならないではない。

 案外、新しい経営者も彼には今の役をやらせ続けるのではないか。そんな気がする。ロボットの弱点はロボットを駆使する彼らが一番良く知っている……。


あとがき

ぬいぐるみの修理をする外科医は実在します。本物の外科医です。その話を聞いて、そのシーンをAIに描かせてみた、というのがコトのはじまりです。何枚も描かせているウチに、こんなストーリーが浮かんだのです。
ということで、本当は絵がメイン。お話はカバーストーリーです。



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