笑うこえ【小説】
「しーっ……!」
ドアをそろり、と開ける。顔を出した同室の子に続いて、ひょっこりと私たちも彼女の頭の上から廊下を覗く。よし、誰もいない。
くすくす。小さな笑い声が、紅い柔らかなカーペットに吸い込まれていく。
中学校の修学旅行2日目の、夜11時30分。
私たちはひそひそと話しながら廊下を歩く。
「ほんとに怒られない? 先生、消灯時間のことあんなにがみがみ言ってたじゃん。バレたらやばいよ?」
「大丈夫、大丈夫。見つからなければね……」
先生たちを起こさないように、忍び足で階段を登る。その足音は少しずつ増えていく。かなりの数だ。
みんなあんなに尻込みしていたのに、結局クラスメイト全員が出てきているみたい。という私だって、そのうちの一人だ。
「あんたがこういうのに乗るなんて、珍しいよねえ。反対するかと思った」
「そうそう、優等生キャラなのにさ」
「う、で、でもいいじゃん、こういうの実はやってみたかったんだよね」
男子たちが提案した、この小さな計画。向かうのは、ホテルのスタッフの人がこっそり教えてくれた、星がよく見えるという屋上。
決まりを破ってこんなことするなんて、見つかったらどうするつもりなんだろうと呆れてその計画を聞いていた。馬鹿みたいだなって思ってた。
でも、思い出づくりには悪くないのかも、と思って。
しーっ、くすくす、こそこそ。
そうっと開けられた屋上へのドアの先には、きらきらと星空が広がっていた。
「わあ、すっげ……」
「ほらほら、手つなぐ! 恥ずかしがるなよ」
「輪になって踊ろ、ららら〜、らららんらん」
小さな声で、誰かが歌った。それに合わせて、みんなも口ずさむ。
ぎゅっ、と両隣のひとの手の体温が伝わる。
それが誰なのかは、暗闇に溶け込んでしまって、よく分からない。
この際、誰でもいいや。
秋の残暑がまだ残る昼間の日差しは、どこかへ行ってしまって。冬の始まりを告げるしんと冷えた空気を跳ね返すように、私たちはこれでもかとくっついた。
みんなしばらく、手を繋いだまま、無言で星空を眺めている。
漆黒の中で音もなく輝く星たち。綺麗だなあ。そんな言葉しか出てこないような、静謐な空気。
星が、笑っているような気がした。私たちのように。
「……あれが北極星で柄杓の二つの間の星の長さをあっちに5倍した先にあるあれが北極星でさらにその北西に行くと」
「わかんねー」「いやだから……」
はいここ、テストに出るよ、なんて。
「秋の有名な星座って、なんだっけ」
「っていうか、こんなに星あったらどれが何なのかなんて、わかんないよ」
「……なんか、青春っぽい」
みんなの様子を見ていて、思わず呟いた。それを誰かが拾って、笑い飛ばした。
「あはは、ぽいって。今まさに青春真っ只中だろ、修学旅行なんて。しかも真夜中に抜け出してホテルの屋上とか」
「さあて、誰が企んだんだかなあ。ああ、そうだそうだ、青春、青春とか言ってるくせに、付き合ったことはない人だっけな」
「は? 別に、恋愛だけが青春じゃないだろ。……それに、このクラスでなんかやりたかったからさ」
「なんだ、珍しくいいこと言ってるじゃん」
「確かに、みんなでこういうのもいいよね」
「ぷっ……あはははっ……」
くすくす、ふふふ。
宝石のようなたくさんの星々が私たちを見守っていて、それを仲間たちと見ていること。みんなから伝わる大きな手の温もり。言いつけを破ってしまったけどわくわくしてしまっている、妙なくすぐったさ。
全てが、たからもの。
きっと私は、この瞬間を、ずっと忘れない。
「……なあ、やっぱ寒くね?」
「上着持ってくれば良かったね」
「まあ、秋だからな」
「みんなで寒くなれば怖くない」
「ふふふ……」「何いってんだか」
「……ほんとに最高だよ」
今、間違いなく私たちはしわあせだ。
くすくす、くすくす。
星も、私たちも、笑っている。