
散文(ブラック):❝ししゅう❞を愛する乙女
「あなたも詩集がお好きなんですね」
「はい。まあ嗜む程度ですけれど」
SNSで誰とでも繋がることができる時代。二人の女性が駅ビルに入っている喫茶店で待ち合わせをすることになった。
「ししゅう」を愛する会。
主催者は詩集か刺繍どちらでも好きだったので、あえて、ひらがな表記にした。そして年齢不詳なご婦人「ハナムケさん」も同じだと思われる。
しかし、これは失敗であった。まさか、違う「ししゅう」好きが集まるとは思ってもみなかったのだ。
「……場違いだったら、すいません。私は「死」を集めています」
ひっそりと会話に加わった、まだ二十代と思われる小柄な少女。喪服のようなドレスのような恰好をしていた。いわゆるゴシック系というやつだ。目元はほんのり青いアイシャドウ。顔も青白く、人形のようだ。
彼女のHNは「刹那ミカギリ」
「素敵な詩を集めたくなる気持ちわかります。どなたの詩集がお好きですか?」
「そうですね、最近知った素敵な死は……今朝、ニュースでやっておりました落雷による感電死が気になります。調べているところです」
「え、今朝のニュースでやっていたものを既に詩にしている方がいるんですか。不謹慎ですね」
私が刹那さんに苦言を申すと、ハナムケさんが朗らかに笑った。
「まあまあ。わたくしもそれに関しては気になります。素敵な死じゃないですか。パッと花火のようにこの世界から飛ばされるなんて」
「ですよね。ハナムケさんはわかっていらっしゃる」
私はどうにも、さきほどから二人の言う話とずれを感じていた。刹那さんの紅茶が運ばれたのを見ながら、尋ねてみる。
「あの、刹那さんのお好きなししゅうって……」
「はい。人が死ぬとはどういうことか。それを調べてはまっています。まさか同じ趣味の方がいるとは思ってもみませんでした」
私は頭が痛くなった。刹那さんが好きなのは「死を集めること」だった。ししゅうって言わないでしょうに。
私がでしたら、あなたのお仲間はこの中にはいないですよ、と言おうと思ったら、
「わたくしも死臭、好きです。解剖医なんですけれど検体が運ばれてくるのが楽しみでありません。事件性があるものだと、もっと素敵」
「えっ!?」
私はハナムケさんの言葉にぎょっとなる。彼女の言うししゅうは「死臭」ということになる。歯周でもなく。
「やっぱり。ハナムケさんとは話が合うと思っていました」
「どうです、このまま二次会に行きますか」
「いいですね」
二人は「それでは、ごきげんよう」といって二次会へ行ってしまった。
私は腹がたって、仕方がなかった。
腹いせに家に帰って、刺繍が途中になっていた作品にとりかかることにした。ハナムケさんとは針と糸の時点でもしやと思っていたのに。
アトリエにいる、大がかりな刺繍。昨日は、ようやく本体を繋ぎ合わせた。
私の作品は、この前まで生きていた。私の仕事は女性や子供を犯罪から守る特派員。誇りをもって実行している。
この人、作品にしてもよさそうな素材だと思ったら、身辺を調べて、いなくなっても構わないと思ったら捕獲、動かないようにする、腐らないように下処理、縫合、刺繍して飾り付けていくという工程をふむ。最近は本当に趣味程度だったのが、本格的になってきた。縫い目は細かくなってきたし、皮膚を一部はがして、刺繍をほどこし、再び人の体のように戻すということも可能になってきた。
作品を二人にもみてほしかったのに。
そして、最期に詩をよんで燃やすまでが私の作品。
ひとりで私はひっそりと趣味を楽しむ。
「おわりなき、業を美しく終わらせましょう
すくいなき世界に一本の糸を
意図なんてなき無垢な心でお前の躯を救いあげ
いつまでも、おわらぬ苦しみ
わたしの手で終わらせ昇華させましょう
いつだって、母はあなたのそばに
少女の笑顔がお前の詩で帰ってくる
心おだやかに 眠っておくれ……」
音読して、私は目の前に吊るされた男を見上げた。
男の体には無数のお経が刺繍されている。
腹のあたりには大きな蓮をあしらってみせた。
燃やすのは勿体ないと思ったので、誰かと共有したかったのだけど、なかなかうまくいかないものである。
おわり。
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