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ガブリエル・夏 29 「空中人クラブ」
「山だねえ。」
「山だねー。」
レイとまみもは、あっちの窓、こっちの窓から外を見ている。他の生徒たちが行儀良く前を向いて静かに座っている中、キョロキョロして落ち着きのない生徒2人の感じ。硬い、直線の面をたくさん持つ山の肌がかっこいい。カーブを曲がると、向こうに小さく村が見えたり、一本だけ日の当たっている木が見えたりする。
「山の中だね!」
「山の中だねー。」
キュキュキュキュキュと2人で笑う。標高が上がるのと同じペースで高揚感が高まっていくようで、なんでも楽しくて笑いが止まらない。
「あそこ! 雪がある。あんなすごいところ、滑れる? ガブくんて、スキーも上手なの?」
「まみもさん、ぼくは半分カナダ人ですよ。」
「おう〜。そうだった。」
カナダ人か。長い冬は、氷の張った池でアイスホッケーして、裏山でスキーして、タートルネックのセーターを着て、湯気がもうもう出ている熱そうなココアを飲んで。夏は、湖で泳いだり釣りをしたり、川縁でバーベキューをしたりするのかな。緑がいっぱいの住宅街の、庭の大きな家にいるのかな。庭の木に鳥がピーピー巣を作ったりして、太陽は横からで、おやつの時間ぐらいから、もう外はオレンジライトで照らされて、長い影が伸びるだろう。
でも半分か。オレンジの陽射しの中、混ざった季節の中、セーターを着て、釣り帰りに熱いココアを飲んで、長い影を伸ばしていたレイが、縦半分になる。
「ねえ、ガブリさん、半分カナダ人だったら、残り半分は何人の割合なの? 日本とオランダが、1/4ずつ?」
「ん〜〜〜〜。それはですねえ。」
レイは、少し考える。レイの緑色の目は今は、明度と彩度が高い。おもしろいことを言うときや、何かを楽しんでいる時、それに天気の良い日はこの色になっているよう。暗いところでは、深い色になる。多分疲れてる時も。薄いグレーっぽくなってる時は、死ぬんじゃないかと心配になる。宝石タイプの調子メーターを2つ、顔に埋め込んじゃったみたいだ。
「日本人とオランダ人は、少しずつです。日本は、オランダよりは多い。いや、少ない、か、なぁ〜。でも全部でも100%にならないよ。ぼくの中身は、足りてない。足りない! まみもちゃんは? まみもちゃんは何でできてる? あまり日本人じゃないでしょう?」
「ん〜〜。あまり日本人ぽくはできなかったかな。日本では、だいたいいつもはみ出したところにいないといけない。住所をもらえてないみたいなの。立たされてる時の感じでプワプワ漂っていて、いいですかー?って降りて行ったら、おめえの場所はここではねえだと言われたり、そう思われてるなと感じたり。そうですよねーってまた浮いて行くの。」
「ぼくも! 足りない分、軽くて浮かんでくるのかな。でももうすぐこういうの、なくなるかもしれないよ。なになに人とかナショナリティーとか。ただのクラブみたいになるんじゃない? こっちは合わないから、あっちに移ろうって。空中の人用のクラブもできたらいいね! ぼく、入りたい。おもしろそう。」
「私も入る。空中人のクラブ。そしたら本当に帰りたい場所ができる。」
それから2人は、空中人クラブの年間行事や制度について、キュキュキュキュ笑いながら話し合った。変人が多く暮らすことになるので、そこでは政治も、ルール作りもすごく難しそうだ。
バスは、登り坂の細い道の日陰から、開けたところに出た。眩しい。