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ガブリエル・夏 25 「呼び出し音」

風とともに入ってきた、夢か幻か現実か、もうよくわからないトレインに乗り込む。
メーテルが通路を歩いてくるかもしれないし、ジョヴァンニとカムパネルラが座っているかもしれない。メーテルは歩いて来ない。車掌の顔は、光る目だけでなく、肌があって、普通の人と同じパーツが付いている。ジョヴァンニはひょっとしたらいるかもしれないけど、びちょぬれのカムパネルラらしき男の子はいない。

ハンバーガーを食べ終わったレイが、手を拭き、携帯を見る。何か新しいのが届いてるようで、ちょっと読んでから、ポイっとテーブルに置く。なんかちょっと投げやりな感じがある。

「あのね、この間ね、柚の新しい学校の先生2人と、選択科目とかの件でオンラインミーティングをしたんだけどね、その時にね、女の方の先生、Ms. Rageb か、Ms. Regab 、どっちだったかな、まぁいいか、のね、携帯が鳴ったの。それがね、小さい女の子2人の声が、“Mama, pick up the phone! Mama, pick up the phone!” っていう呼び出し音なの。かわいいでしょう? ラゲブ先生は、すぐに携帯を切って、ミーティングを続けようとしたから、柚と私は、どうぞピックアップザフォーンしてくださいって頼んだの。もう1人の男の先生も、ユーズーとミセスモリモートーがいいと言ってるんだからいいじゃないですかって。それでようやくレゲブ先生は電話をかけて、多分娘さんの2人と少しだけ話して、ミーティングに戻ってきた。ガブくんも、お母さんの携帯の呼び出し音を、ガブくんの声にしてもらうのはどう? “お母さーん、電話ですよー。お母さーん、早く出てー。” とか? お母さん、聞くたびに嬉しいし、『もう、レイ』って笑うと思うよ。 お母さんたちを働かせるなら、仕事場は、お母さんが子供の電話に出たり、子供の用事をするのを、自由にさせてあげなきゃね。お父さんもか。お父さんの方もする? "Papa, pick up the phone!" ? あぁ、やっぱりもっとカッコよくやる? ”Dad, pick it up. C'mon. “?」

苦笑気味にレイが言う。
「僕はもう小さい子じゃないから、恥ずかしいんじゃない?」

「あ、あ〜。ノンノン。 ガブくんは、まだまだ成長中の幼体だし、いつまでも子供でいいんだよ。少なくとも、ご飯食べて大きくなっていく間はずっと。何でも話していいし、遠慮もいらない。わがままも言っていいんじゃない?聞いてもらえるかどうかはわかんないけど。」

「僕はまだ子供?」

「そうだよ。お父さんとお母さんにとっては、特にもうずっっっっっと。人類全般にとっても、みんなで守って大事にしたい、未来の塊。みんなの希望ですね。私も、守って大事にしたい、みんなのレイくん。」

車両の端のドアがプシュンと開いて、ジェル状のバリアが流れ込んできて、レイを覆う。レイは水の中にいるみたいに、頬がちょっと持ち上がって、モサモサの髪の毛は、イソギンチャクみたいに揺れる。レイは、守られていることを自分でもよく感じて、これから続く山あり谷ありを生きていったらいい。

イソギンチャクの髪の森の中で、折り紙のカタツムリ を少し遊ばせてから、まみもが、バリアの中でふわふわしているレイの顔を、窓の外に向ける。

「おわ!山!」

レイが振り返ってまみもを見る。興奮で、2人とも目の大きさが普段の2割増しになってる。

「ハイジの山だ。」

しばし、青空の前でゴツゴツして優雅な岩の山肌と、下の方で広がる、草木と小さな家が続く景色に見惚れる。2人は窓にぺったりくっついたヤモリのようになる。


まみもが、半分くらい鼻歌の囁き声で歌い出す。

「♪ ふーふふーふ ふはふふん ふはふんふんふーん
 くちぶ〜えはなっぜ〜 
 遠くまで〜聞こえ〜る〜の 
 あのく〜も〜は〜なっぜ〜〜 
 わた〜しを〜 待ってるの〜
 おし……」

  「♪ おし〜えて〜 おじい〜さ〜ん〜〜
    おし〜えて〜 おじい〜さ〜ん〜〜」 

急に、普通の人間の普段の声の音域より高いところの声がきて、おし〜えて〜おじい〜さん〜を歌う。日本昔話などのアニメで、1人の声優が、登場人物全員の声をやるときの、小さい生き物の声に似てる。CO2を美味しいと言った木の精の声だ。

「ガブくん、ハイジ知ってるの?」

「知ってる。小さい時何回も見たよ。お母さんがDVDをたくさん持ってた。僕とダンが、日本語を話せるようになって欲しかったから。

♪ ヨーデレーへーへーへーへー 
 ヨーデレーへーへーへーへー
 ヨーデレーヒーヒーヒーハーハーハー」

レイがヨーデルのところを歌う時、高い音のところは、白目になって、低い音では黒目が戻ってくる。まみもも真似してみたが、すごく難しかった。



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