「あのさ、3歳の時からずっと内緒にしていたことがあるんだ」
突然、息子がこう口にしたのでドキッとした。なんだろう。
「怒られると思ってずっと言えなかった」
「6年経てば、もう時効だよ。言ってごらん」
私が優しい口調で言うと、息子は真剣な眼差しで口を開いた。
「風邪薬のシロップを飲み終わったとき、蓋を排水口の受け皿に落としちゃったんだ」
「へ?」
「3歳の時、怒られそうで怖くて内緒にしていた」
「風邪薬のシロップの蓋を排水口の受け皿に落としたことを?」
「うん」
そんなことを3歳から9歳になるまでの6年間、ずっと抱え込んでいたのか。私もティースプーンとかお猪口とかの小さな食器を排水口の受け皿に落としてしまうことがよくある。食器を洗っていて、私の知らないうちに流れていくの。今日も夫が飲んでいる養命酒の、小さなコップが受け皿の中に入っていた。
息子が3歳くらいの頃は、小さなことでよく怒っていた。今は息子が成長したからか、毎日飲んでいる低容量ピルのおかげか自分でも驚くほど丸くなったと思う。息子がテストで簡単な問題を間違えても、アスレチックができなくても、夕食をいっぱい残しても「まあ、いいか」なんて笑いとばせるようになった。ほんの時々、自分の中のモンスターが暴れてしまうことがあるのだけど。
排水口の受け皿にシロップの蓋を落としてしまった。そんな小さなことを言えない雰囲気を作っていたのは、私なんだな。
もしもタイムマシンがあったら、6年前に戻って息子を抱きしめたい。あと、自分に会って話し相手になってあげたい。あなたの息子は立派に成長していますよ…と伝えてあげたい。