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15日間アメリカ長距離列車の旅

1996年から97年に変わる年越しの瞬間、僕はシカゴへと向かう列車の座席でうとうととしていた。サンフランシスコからシカゴへの約4千kmの道のりを2泊3日かけて走る長距離列車、アムトラックのカリフォルニア・ゼファー。僕は、15日間乗り放題のUSAレイルパスを購入し、当時住んでいたリノの駅からこの列車に乗車した。移動している間に太平洋時間、山岳部時間、中部時間とタイムゾーンが変わっていくので、だんだん現在時刻があやふやになり、気づいたら新しい年を迎えていた。年越しの瞬間、ラウンジカーの方から歓声が聞こえてきたようだったが、僕は夢うつつの状態でそれを聞いた後、すぐにまた眠りに落ちた。

海外に一度も行ったことすらなかった僕が、いきなり「留学する!」と言い出して初めて飛行機に乗って日本を飛び出したのが1993年。ネバダのリノという街の州立大学でアートとスペイン語を学ぶ日々。在学中、時々車でサンフランシスコを訪れたりしていたが、ほとんどアメリカ国内を旅行する機会はなかった。「せっかくアメリカにいるのだから、もう少しいろんな地域を訪れてみたい」と、この長距離列車の旅を思いついた。

その旅行に関する情報を得るために購入したのが、この「地球の歩き方」の特別編集本としてつくられた『アメリカ鉄道とバスの旅』である。アメリカ全土を走る長距離列車アムトラックのチケットの取り方や、時刻表、参考ルートなどが掲載されている。15日間、アメリカ全土のアムトラックを何度でも乗れるUSAレイルパスの料金は、当時355ドルだった。現在は、少しルールが変わって15日間に8回乗車ができて、389ドルらしい。

普通座席でも、飛行機などに比べて座席がとてもゆったりつくられている。飛行機で移動するよりも時間がかかるが、座席で眠ることもできるし、食堂車もあるので快適に旅をすることができる。時間に余裕のある年配の方など、よくこの長距離列車を利用しているようだった。リノからシカゴまでは2泊3日。その間、ずっと列車に乗りっぱなしだったが車窓からの景色が素晴らしく、ちっとも退屈はしなかった。15日間の旅を要約すると、まずリノからシカゴへ向かった後は、そこで1泊。シカゴから南下してニューオーリンズへや寝台車で1泊。到着してホテルで一泊した後、さらに列車で2泊3日かけてサンディエゴへ。そこで1泊して、メキシコのティファナを少し観光した後、ロサンゼルスへ。本来だと、ここから北上して列車でカナダを訪れる予定だったのだが、予期せぬ事態に。記録的な豪雨によって北へ向かう列車が全てキャンセルになってしまったのだ。

長距離列車の車中泊を頼りに、ギリギリの旅費しか持っていなかった僕は、サンフランシスコで突然止まる場所がなくなり、困ったことに。

たまたま、リノで写真のクラスを一緒に取ったクラスメイトがサンフランシスコに引っ越して住んでいたので、そこに転がり込んだ。もともと会う予定ではあったのだが、向こうも「泊めてくれー」と言われるとは思ってなかっただろう。だって、全ては暴風のせい。でも、久々に再会できて、かつ一緒に時間が過ごせるというのはうれしかった。

背の高い綺麗な女性で、モデルの仕事をしていると聞いた。写真のクラスの中でも、目立っていたと思う。シャイな留学生だった僕は、自分からは一度も話しかけたことはなかったけど、彼女が僕の写真を気に入ってくれて「ねぇ、作品を売ってくれない?」「いいよ。もし写真のモデルになってくれるならどれでもプレゼントするよ」なんていうやりとりの後、二人っきりで週末の撮影ドライブに。その後、彼女の家に遊びに行って、小さな女の子が出迎えてくれたことで初めてシングルマザーだったことを知ったり。『オズの魔法使い』が大好きで、何度もずっと観てるっていうことで、僕も一緒に観たり。

久しぶりにサンフランシスコで再会して、もしこれが映画や小説だったらロマンティックな恋愛に発展するという展開もあるのだろうが、現実にはそんなドラマはなく。彼女には、サンフランシスコにもう彼氏がいるようで。たまたま僕が転がり込んでいる間に、彼女のお兄さんとその友人もやってきて、とりあえずみんなで夜のサンフランシスコに繰り出して遊んだのが思い出。

その後列車が復旧し、なんとか僕はリノに戻ることができた。

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個人的に思い入れのある本、大切にしたい本、知人が書いた本や、私がちょっとだけ載ってる本などについて書いています。

「日曜アーティスト」を名乗って、くだらないことに本気で取り組みつつ、趣味の創作活動をしています。みんなで遊ぶと楽しいですよね。