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読み切り「紙と感情」/秋ピリカ2024

 魔法の紙が失くなっていた。あれが無くなれば、魔法少女をしている私は無力になってしまう。

 駅のホームで、私は焦っていた。
 目の前、線路の向こうで、魔物がおばあさんを食べようとしている。早く止めなくてはいけないけど、そんな余裕はない。
 電車を待っている他の人はみんな無関心だ。スマホに目をやるばかり。

 魔法の紙はどこに行ったのか。普段なら鞄の中からさっと取り出して、呪文を書いて変身して救えるのに。
 最大のピンチだった。

「どいて。今はペーパーレスの時代よ」
 後ろから、女の人の声がした。私と同じくらいの年齢で、それでいてちょっと大人びているように見えた。
「変身!」
 その人は、ジャージのポケットからスマホを取り出し、高々と掲げた。
 すぐに、そのスマホは光り出し、輝きはみるみる強めていった。

 眩しくて目をつぶっているうちに、風を感じた。
 見ると、先の彼女のシルエットが線路の向こう、反対側のプラットホームへ、光と共に飛び移るのが見えた。
 ほんの一瞬だったけれども、まるでスローモーションのように、何度も何度も頭の中を駆け巡る。

 私は気づいていた。彼女が私と同じ存在なのだということに。

 あんな長い跳躍を、普通の人は決めることはできないはずだ。
 彼女の着ていたジャージが破れ散り、線路に散乱していたのも、それを裏付ける材料になった。

 彼女は魔法少女に変身した後で、おばあさんに声をかけていた。
 魔物は、奥の壁に打ち付けられて死んでいた。

 彼女の素早い動きから、「デジタル」という単語が頭に浮かんだ。

 「デジタル」の象徴であるスマホで変身し、素早く敵を倒しておばあさんを救った彼女。
 「アナログ」の象徴である紙で変身すらできず、もたもたして何にもできなかった私。

 彼女の言った通り、ペーパーレスの時代に、「紙」の力で戦う魔法少女である私は不要なのかも知れない。

 彼女を直視するのが辛くなり、線路の小石と枕木に目をやったその時だった。

「時代は私の方に向いている。けれど、だからといってあなたは不要な訳ではない」
「…え?」
 スマホの魔法少女が、いつの間にか私の側に舞い戻っていた。

「私、デジタルでメールのように無機質ってよく言われるから…あなたのように、そうやって感情が豊かな人が羨ましいの。書いた人の想いが伝わる手紙のように」
「…あ、どうも…!」
「自信を持ちなさい」
「はい!」

 振り向くと、彼女は既にいなくなっていた。

 「紙」の私が持つ「豊かな感情」って、なんだろう。そう思っていると、失くしたはずの魔法の紙が出てきた。
 私はまだまだ頑張れるんだ、という嬉しさが私を包み込む。

 手紙のように、誰かに明るい感情を届けられる存在になりたい。そう思えた、ある日のことだった。

(完)(1130文字)


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