突然ショートショート「私の正体」
撮影の仕事が入った。夜、高層ビルの屋上のプールで行う、水着撮影会。
仕事終わりに電車で向かう。今日は満月。何か特別なことが起こりそうだ。
更衣室として、普通の会議室があてがわれていた。
メガネを外し、用意されていた水着に着替える。黒髪のウイッグを外す。
鮮やかな金髪、これが私の本来の髪の毛だ。
メイク室で映えるようにしてもらった後、花の髪飾りをつけて屋上へ向かう。
屋上から眺める空は、下の方がほのかにオレンジ色に染まっていて、上に向かって青黒く色を変化させていた。
カメラマンの指示に従い、ポーズを取りながら撮影に臨む。
聞こえてくる「いいよ」や「いい感じ」の声に、気分が良くなってくる。
けれども、ポーズを変えようとした時のことだった。私の中に異変が起こったのは。
薄暗い空に、不気味な光の集まりが見えた。まるで何かにプログラムされたかのような。
そして、その光が一段と強くなった瞬間から、私の記憶は無くなってしまった。
次に記憶が残っているのは、病院の一室にいた時のものだった。
眠りから目覚めた私を見て、遠くから駆けつけた母は泣きながら言った。
「あなたね、…うん」
「お母さん」
「…うん。あなたはサイボーグだったのよ。戦闘用の」
「えっ」
「腕を見て」
腕を確かめてみると、今まであったはずの右手と左手が無くなっていて、代わりに銃のようなものが両方から突き出ていた。
「何これ!」
「しっ。声がでかい。…そうよ。あなたはサイボーグだったの。この銃を撮影会の場で撃ちまわって、足に備えられたジェットエンジンで飛び回り、ビルを壊しかけたの」
スマホで見せられた写真には、横に傾いたビルの姿があった。
「そう…だったんだ」
「あなた、本当に何も覚えてないの!?」母の表情が厳しくなる。
「うん。記憶にない」
「無理もないわ。空からの光信号とやらで洗脳されていたというんだもの……」
それから、母は泣いたっきり何も話さなくなった。
病室のテレビでも、私の行ったビルが傾いてボロボロになっている姿が映し出されていた。
ニュースでは私のことを「アンドロイド」とか「サイボーグ」と言っている。
そして、両手の代わりに突き出た銃の存在を見て、私は察した。
私は普通の暮らしをする存在ではない。「戦うため」の存在なのだと。
悲しくなった。今まで何をしていたのだろう。