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突然ショートショート「ガード下の不思議」

 電車のガード下。どこか雑多で、それでいて静かなこの辺りに、意外な名店が隠れている─そう先輩に教えられ、私はグルメライターとしての仕事に向かった。
 経験がないわけではない。専門誌の出版社に入社し、いろいろと経験は積んできた。なので今回は多分自信がある。

 今回選んだのは、私鉄・彼急かのきゅう電車の細野ほその駅。
 ターミナルの彼礎駅から2駅しかないにも関わらず、普通以外の全列車が停車しない。現に私も日頃の通勤でこの駅を飛ばし続けてきたので、名前を聞いても詳細についてよくわからない状態にある。
 利用客は少ないものの、駅自体はまあまあ都会な位置に建っているだけあって、いささか穴場の雰囲気がする。

 電車を降り、地上の改札をくぐってから、期待の細野駅前に出る。
 真夏の暑い日、空は想像を突き抜けるような青さをしていた。とりあえず、ガード下を歩くとしよう。

 ガード下は、駐車場や公園以外には空き店舗ばかり。
 果たして先輩の教えは外れていたのか、私の勘は外れていたのかと思いながら歩みを進めると、「ラーメン」と書かれた提灯が見えた。
 ラーメン屋だ。おいしい店を引き当てたか。そう思って中に入ってみる。

 「すいませーん……うっ!」
 中はとんでもなく暗く、蒸し暑かった。鍋で何かを煮ているようだったが、その鍋から緑色の怪しい光が放たれているように見える。

 一体何なんだ、この店は……そう思ったときだった。
 「いらっしゃい。はい、特製ラーメン一丁ね」
 「あ、ああ…どうも…」
 ラーメンが出された。なんという手際のよさ。ファストフード顔負けだ。
 しかしスープの色が怪しいぐらいに暗い。ひとまず食べてみる。

 「うっ…!こ、これは…」
 「美味しさの余り、眠ってしまうだろ?」
 「あ、あの、取材許可…」
 「取材はお断りだよ……」
 「うぅ……」
 私はゆっくり眠りこけてしまった。目覚めた時には、既に締め切りの5分前だった。

 不思議なものだ。折角のいい展開も、ふとした時にパアになってしまうのだから。
 さあ、言い訳を考えよう。ここまで来ればもうそれしかないのだから。

(了)(851文字)


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