Story of Kanoso#11「場違いな奴」
3連休初日のその日、夜の彼礎港は大きな賑わいを見せていた。
普段からこの辺り、夕刻から都心部行きバス乗り場に急ぐ客、近所のショッピングモールで遊ぶ若者、そして花澤島、樫崎島、的麻耶島などへの高速船乗り場を目指す離島住民で賑わっている。
だがこの日の彼礎港は一味違った。
バス乗り場とショッピングモールから港に続く道の両脇は大道芸人や路上ミュージシャン、そしてハンドメイド品を持ち寄るクリエイターらで占拠。そしてそれらに魅了される人々が加わり、一段と大きな賑わいを見せていた。
そんな賑わいの中で、黒いベストに身を包んだ二人組が歩みを進めていた。
楠宏夫と奥間廉太郎のコンビだ。
2人とも、今開かれているイベント「彼礎港オータムフェスタ2022」の実行委員会に所属するスタッフ。
それぞれ、楽器店店主と花屋店員という表の顔を持ちながら、実行委員会では会場内での違法行為などがないかを監視する「会場内風紀調査員」として活躍する。
28年前から続き、今年で26回目(中断した年2回)を迎えたこのイベントでは、これまで様々なトラブルが発生してきた。
多くは客と店とのトラブルや、酔客問題。
それらは実行委員会や警察の手によって解決してきたが、基本はこの「会場内風紀調査員」で初動対応を行い、次に委員会などに引き渡すのが主だ。
2004年の第11回から毎回、調査員の任にあたり続ける楠の目が光った。
「あそこ怪しいな…行ってみよう」
ボソッとした呟きに「はい」と奥間が応じ、あるブースに向かう。
そのブースは、バス乗り場のすぐ近くにあった。
目の前を都心行きバスに乗る客が通り抜けるが、全員見向きもしない。
「さぁさぁ寄ってらっしゃい見てらっしゃい!今話題のこの教材で、月収100万!100万も目指せちゃうんです!」
蛍光灯の灯る黒い屋根の下から、景気のいい声が嫌な感じに響く。
「ブース番号3-R-4、『おもしろ話と隠し芸』…ここですよね?」奥間の問いに、楠が平然と返す。「ああ。間違いない、ここだ」
面白さよりも胡散臭さが強く感じられる呼び声に、隠し芸なんぞ出来そうにない女と男の二人組、そして山積みにされた楽しさなど感じない本を見て、二人は確信した。
これは「ダミー出展」だと。
「おもしろ話と隠し芸」は実行委員会によるチェックをかいくぐるための仮の姿で、実態は教材販売の勧誘。
ましてや「月収100万目指せる教材」など、誰も信用しない。それどころか、かえって損をする未来しか見えない。
フェスタでは1994年の第1回から禁止されているこのダミー出展に、二人が立ち向かう。
「あっ、すいません実行委員会ですが」
「はい?」突然の楠の問いに、戸惑う呼び込みの男。
構うことなく単刀直入に、本題を切り出す。
「ダミー出展ですよね?これ」
当然、向こうは「ハイ」と発言する訳もなく「えーっ、違うのに。ちゃんと面白い話と隠し芸してるのに」と返す。これではダミーかどうかの判断が難しい。
そこで風紀調査員が次なる一手として繰り出すのが「販売物調査」だ。
積み上げられた本の内容を奥間が調べる。
「『金を稼ぐのに必要なメソッド』『ここに投資してみよう』『おすすめ投資サイト』…間違いないっす、投資・金儲けへの勧誘でいけます」
「そうか、よし」二人は確信を持った。
「ここで売ってる本の内容なんですが、投資や金儲けへ勧誘してますよね?」楠が切り出した。
「えっ!?それは、まぁー…」核心をつかれた男は戸惑う。
そこに奥間がスマートフォンの画面を見せてとどめを刺す。
「ここいいですか?」指差された画面にはフェスタ公式ホームページの「参加規定」のページが写し出されていた。
そこには「禁止事項・販売してはならない物品の例」の一つとして「投資や金儲けへの勧誘を目的とした書物」との項目があった。
「ね?だめだんです。規定で出ていってもらって、2年間のペナルティが付くんですよ~」
その言葉に観念した様子の男は、ボソボソと呟いた。
「わかりました。帰ればいいんでしょ」
先程までの元気は、完全に失われていた。
荷物が積み込まれて、駐車場を去っていくハイエースを眺めながら、風紀調査員の二人は会話を交わしていた。
「何がいいんでしょうね、あんなの売って」
「見てもらいたいからさ。オータムフェスタなんて、彼礎秋の大イベントだぞ?俺も昔は出展者として楽器を売ってたりライブした事があったけど、やはり見てくれる数が違う。店でやってるときの3割り増しだぜ」
ため息をつきながら、奥間は呟いた。
「ふぅ…全く、場違いな奴でしたね」
「そうだな。これに限らず、フェスタでは街宣車持ち込むバカヤロウに宗教の勧誘、後は自殺騒ぎまであったし、陰謀論撒き散らす奴までいる」
「ええーっ、何だか怖い」
驚く奥間に、先輩の楠が言葉をかける。
「何言ってるんだ。俺たちは風紀調査員。こういうのに立ち向かってこそなんだ。さ、行くぞ!」
「はい!」
二人は駐車場のアスファルトの上を歩きながら、賑わいを見せる会場方面に向かっていった。
(了)(2115文字)
この作品はフィクションです。
実在する人物・地名・団体等とは、一切関係ありません。
今回の記事の元ネタは、「2000字のホラー」コンテストの記事一覧。
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