明かり差すニュータウンの傍らで#5「二足のわらじを履く時」
魔法少女になったような気がしてから、2日がたった1月7日。私は自宅のまわりをぶらぶらと歩いていた。
不思議なもので人間は、あまりに激しいインパクトのある体験をすると、それを夢の出来事であると思い、みるみる記憶から消し去っていくらしい。
特に私の場合はそれが顕著だ。
変身場面の前後2~3時間ぐらいの記憶が翌日からまったく思い出せない。夢じゃなかったのに。
まぁいい。こんなしつこくすがり付いてもよろしくないので、歩いて高台を目指してみる。
家に置いてあった変な形のブローチをキーホルダーがわりにスマホに付けてみた。
目印がわりになって便利だ。
「ん……?」
坂道の真ん中で、おばあさんが男に絡まれていた。
男は明らかにおばあさんに詰め寄っていた。
「や、やめてください!」
気づいた時、私は単身で男を咎めにかかっていた。
訳がわからない。普段なら見過ごすのに。
「あん?この俺様と戦うつもりかい。笑わせんな!」
男はニッと笑みを浮かべた後、私を突き飛ばした。
マンホールに尻もちをついて痛い。
その時、私の脳内に突然、例の夢の光景が鮮やかに再生されてきた。
ブローチの金属部分を回し、魔方陣と光が出て、気づいたら変身していた。そして名乗り口上みたいなのも言い放つ。
思い出した。あんな感じだったな、と記憶のピースがパズルにばっちりとはまったのを感じた時、私は反射的にブローチの金属部分を回していた。
あの時の様に光が出てきて、それが収まると手は少女のそれになっていた。
スマホのインカメを使って確認しても顔は少女になっている。
男のひきつった顔が見えた時、私は名乗り口上も決めていた。
「ちょっとの愛と勇気と希望でキミを救う!『マジカルフラペノワール』見参!」
終わった。やっぱり夢じゃなかったんだ。
しかも何が「マジカルフラペノワール」だ。私の名は「岡田高人」だってのに。
こうして、私は一般人と魔法少女の2足のわらじを履く事となった。
ああ、片方を早く脱ぎたくてたまらない。
(了)(823文字)
あとがき
今回は展開上重要な名前が二つ出てきました。
「マジカルフラペノワール」と「岡田高人」です。
主人公の名前が全く出てこないのはまずい、と思って出しました。
「記憶のピースがばっちりとはま」るのはジブンにもある体験をモデルにしています。
もっとも、こちらは平凡な事がメインですが。
「明かり差す」はひとまずショートショートメインで進めていきます。
ゆるい気持ちで付き合っていって下さい。