突然ショートショート「アイコニックブルー」
彼女は久しぶりに、体を鍛えてみようと思った。魔法少女たるもの、身体能力が低ければ仕事にならないからである。
とはいえ、魔法少女は大体、変身すれば少し身体能力が上がる。普段はこれで何とか行けているものの、いつかはきっと限界が来てしまう。
無論、彼女もその「身体能力が上がる」方の存在ではあった。
けれどもこのままではダメだ、そういう考えが彼女を突き動かすように脳内に溢れていた。
とりあえず、走り込むことにした。
家を飛び出し、普段のスニーカーでいつもの街を走る。思ったよりも遅く走っているように感じていた。
見慣れていたはずの交差点。細い路地、黒い流れの続く川。親の顔よりも見たかも知れない様々な建物。そのどれもに、新しい発見が生まれてくるのを感じていた。
走りはじめて30分、迷路のように入り組んだ住宅街。
魔法少女は、三叉路の真ん中の電柱に座り込み、涙を流す少年を見つけた。
そっとしゃがみこみ、目線を合わせる。とても放っておけなかった。
「ねぇ、ぼく。どうしたのかな?」
少年はダークグレー色の空を見上げて、指を指した。
そこでは、鳥のような形をした魔物が、ぐるぐると円形の軌道を描いて飛行していた。
「怖いんだよね」
彼女の問いに少年が頷く。
「私がやっつけてあげるからね」そう口にして空を見上げた。
向こうも彼女の正体をわかっているようで、軌道がストップして円形の陣形を作るようになっていた。
「アイコニックブルー、レッツチェンジ!」
体に力を込めて変身する。髪の毛が青く染まって伸び、かわいらしい形を作る。
体にリボンがまとわりついて、コスチュームと魔法のステッキになる。
彼女は、正義の魔法少女『アイコニックブルー』に変身した。そして、ステッキから放つ魔法の力で、空中の敵を一掃した。
これぐらいなんてことはない、という得意顔で再び少年の方を見つめると、今度は泣きながら地面を指差していた。
そして、泣きながらどこかへ走り去っていった。
何があったのかわからなかった彼女は、とりあえず変身を解き、指差していた方を振り返った。
そこでは、黒い卵が割れていて、黄身が黒いアスファルトに散らばっていた。
もしも、成長したらどうなっていたか。
自分のしたことは、果たして正義だったのだろうか。彼女は放心状態で卵に目をやりながら、ただひたすらに考え込むのだった。
(完)(957文字)