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突然ショートショート「メカの足」

 小川をジェットスキーのように駆ける。まるで私でない存在になったかのようだ。

 始まりは実に唐突なことだった。
 朝目覚めて、パジャマのズボンを脱ぐと、私の両足に見たことのないメカがはめられているように見えた。
 はめた覚えはないし、誰かにはめられた覚えもない。さらに取ろうとしてみても、ガッチリとくっついていて取れなかった。

 持てる力を最大限に込めてメカを外そうとすると、まるで元の皮膚が剥がれるような強い痛みを覚えた。

 そこで気づいてしまった。私はメカをはめられたのではなく、足がまるごとメカになってしまったのだということに。

 生まれてからずっと付き合ってきた両足がメカにされた私の気持ちを、わかってくれる人はいるのだろうか。そんなことで頭がいっぱいになる。

 さて、今日も仕事がある。
 悩んでいると時間の進み方が変わるらしい。あっという間に遅刻しそうになった。

 その時、私は考えた。メカのような足でなんとか速く移動できないか、を。
 このまま歩こうとすると、足が重くてたまらない。
 理想は空を飛んで移動するか、家の裏手の川を駆け抜けて会社へ向かうか、の2択だ。

 足を眺めていると、不思議とこの足が変形しそうな気がしてくる。
 やってみなければわからない。とりあえず上は着替えた。下はメカの変形を邪魔しないようにショートパンツを穿き、スーツのズボンと靴を鞄に入れた。

 緊張しながら、家の裏手の川に向かう。
 都心の方に飛んでいけば会社まで、あるいは会社の近くまで辿り着けるかも知れない。
 会社のそばにも川があったのを覚えているから、成功するはず。

 おそるおそる川の上にジャンプしてみると、足が突然ガチャガチャと動きだした。
 やっぱりそうだ。変形できた。みるみるうちに私の足は形を変え、ジェットスキーのようになった。

 そして今、小川を駆ける。今まで味わったことのない疾走感と共に。
 すさまじい勢いで景色が前から後ろに流れていく。

 小川から大きな川へ、そこから川をいくつも通り、とうとう会社の近くまで辿り着いた。
 周りの人が驚いた様子でこちらを見つめ、距離を取っているのがわかる。

 鞄からズボンを取り出して穿き、何食わぬ顔を作って歩き出す。
 足がとても重かった。それがメカの重みによるものか、不安によるものなのかはわからなかった。

(933文字)


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