突然ショートショート「新たな我が町」
私は今、長距離バスに乗って、新たな我が町へと向かっている。
今から1年と4ヶ月前のこと。私は今まで住んでいた町を離れ、新たな町へ移り住んだ。
あの町には、懐かしい思い出がたくさん詰まっている。
一日一日を過ごす上では砂金のように小さな輝きに過ぎないように思われていたものが、振り返ってみるとまるで金箔のように輝いて見える。
だからこそ、最初に引っ越しを求められた時はショックを受けた。
住んでいたアパートが取り壊されるというのだ。
新しい住み処を探そうにも、安い値段の場所が見つからず、どうにか住める別の町へ向かうことになった。
まるで、ずっと続いていく筈だった吊り橋の渡り板が抜けるような感覚。
あの町での暮らしも、ずっと続いていくと思っていたのだから。
エンジン音がけたましく響く車内。
カーテンを少しだけ開けてみると、窓の向こうは暗いままだ。
景色が高速で前から後ろに流れていくのはわかるが、何が流れているのかまではよくわからない。
さっとカーテンを戻すと、お腹が空いてきた。
疲れているのかもしれないが、車内が暗い上に眠くて何かを探す元気もないので、何かを食べるのも面倒だ。
私はバスの座席に身を委ね、再び眠りについたのだった。
目覚める頃には、新たな我が町の空気が私を出迎えてくれることだろう。
さあ、もうひと頑張りしよう。その時はやって来るのだから。
(完)(565文字)
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